とある国での物語
銃撃音に続いてたくさんの悲鳴が響き渡る。
「おっ、始まった。」
予想以上の迫力にきもち声を弾ませて、昴は茉利に微笑みかけた。
「……そうね。国が、終わり始めた。三年間、長かったわ。」
茉利の抑揚のない声が雇い主に届く。
「ははは。わるい、わるい。でも、今日でラストじゃん。大目に見てくれよ。」
昴が笑いながらそう言うと、茉利は、こくりと頷いて、静かに昴に背を向ける。
彼女にとって最後で最大の仕事に就くために。
「なぁ、最後くらい一緒にやんね?」
背中に声をかけてみる。彼女との契約ももう終わる。
「俺、暇なんだよ。うちの策士さんが俺に役をくれなかったから。」
「遠慮するわ、あなたのアシストなんて必要ないもの。」
茉利は振り替えることもしなかった。
ただ返事だけをしていつもどおり仕事へ入って行った。
「ったく、つれないなぁ。」
***
やっと終わった。
昴と別れてから五時間ぐらいは働いただろうか。
日が沈み始めている。
はぁ、はぁ。
口から漏れる荒い息の音に肩で呼吸しているのだと気づく。
こんなに息が上がったのは久しぶりだ。
だが、敵も全員拘束したし最後の仕事として完璧にこなしたと思う。
(三年間、思ったより短かった。)
茉利が昴の下に就いたのは今から三年前のことだった。
それまでは普通に高校生活を送っていた。
きっかけは自殺サイト。
ネット上で知り合った彼は茉利に望み通りの死を約束してくると言ったのだ。
少しの間彼の下で働くことを条件に。
茉利は条件をのんだ。
茉利の望む死、遺されたものが悲しまない、安らかな死に比べればそんなこと容易いことに思えたのだ。
最初の仕事は簡単だった。
親友の思い人を聞き出して昴に教えるだけでよかった。
そして、その仕事が終わった次の日には願いの半分が叶えられていた。
昴は、どうやったのか、家族や知人から茉利の記憶をすっぽり奪い取ってしまっていたのである。
そうして茉利の帰る場所はなくなった。
寂しくなかったといえば全くの嘘になるが、確かに茉利は安堵していた。
その後、仕事は急激に過酷なものとなった。
強盗、誘拐、詐欺……。
最初の仕事とは次元の違うものを依頼された。
異論がなかった訳ではないが、約束を破って死んでしまうのはなんとなく死に心地のいいものでなかったし、何より昴は茉利に殺人までは要求しなかった。
ほかの部下たちにはそういった命を下していたのかもしれないが、少なくとも茉利には、無理をしなくていい、行くだけ行って、駄目そうならそのまま帰ってくればいい、と優しい笑顔でそう言った。
仕事の度にそう言われて、いつも笑顔で送り出された。
その笑顔ももう見納め時だ。
昴の目的が果たされればもう自分達には用がなくなる。
腹心である策士も捨て駒である茉利も皆、同様に必要とされなくなるのだ。
夜の冷気が茉利の肌をさす。
気づけば頭上に星空が展開していた。
(もう、終り。)
しばらくすれば昴が来るだろう。
どこからともなく、あのいつもの笑みを携えて。
自分が死ぬその瞬間まで、彼は自分に笑いかけていてくれるだろうかと、なんとなくそんなことを考えていた。
***
(あとは茉莉か。)
昴は目の前の男に契約料を払い終え、その場を後にする。
最後に茉利に契約料を支払って事後処理は全て終わりだ。
といっても、昴は茉利を殺すのだ、それなのに契約料を払うというのは不適切な表現かもしれない。
上守 昴が一国を落とそうと思ったのは単につまらなかったからだった。
毎日が退屈で、そしてちょうど彼の住む国が腐っていた。
だからそんな国なら落としてしまっても誰も文句は言わないだろうし、暇つぶしにはちょうどいいと思った。
思ってからは早かった。
高校二年生にして裏の世界に足を踏み入れ、さまざまな部下を雇い、彼らを使って国を少しずつ侵略していった。
そんな中で、菊野茉莉は極めて異例で最も優秀な部下だった。
もとが一般人であるため殺人までは頼めなかったがそれ以外の依頼はどんな犯罪でもこなしてくれた。
策士ことサキモリは、昴のせいで茉莉の性格が歪んでしまったと嘆いていたが、それはきっと間違いだ。
いくら約束だからとはいえ、文句なく犯罪に手を染めてきた彼女は元からそれなりに歪んでいたのだ。
それにサキモリの言う失われた表情も昴が微笑めばそれなりに姿を見せる。
だが、そんな彼女とももうお別れだ。
茉利はもう自殺の動機などは覚えていないだろうがいかんせん頑固者だ。
何度聞き返したところで彼女の望みは変わっていないだろう。
嵐が去った後のような静けさの中、昴の足音だけがその路地裏に木霊する。
新月の今夜は地面に自分の影を見ることもない。
「あー、つまんない。」
暇つぶしを終えてしまって、また退屈になった。
国はもういらなかったのでサキモリにあげてしまったし、なにか良いおもちゃはないものかと考えるが、まずは茉利に契約料を払わなければならないことを思い出す。
はぁ。
なぜか急に面倒臭くなって、つい溜息が出てしまった。
それでもまた、いつかおもしろいことを見つけるだろうと、静かに笑みをこしらえた。
***
カツ、カツ。
と音がして、昴が茉利の前に姿を現した。
いよいよ契約料が払われる。
「とうとう、望が叶うときが来たわけだけど、」
昴はいつもの調子で微笑みながら最終確認を取る。
「茉利の望みは変わんないわけ?」
「えぇ、全く。」
「茉利はよく働いたからな、変えてもいいよ。家族のもとに帰りたきゃ帰してやるし、新しい人生を歩みたいなら手配してやる。」
「けっこうよ。私は死ぬの。」
「おまえは優秀だ。死ぬのはもったいないんじゃないか?」
「あなたには関係ない。」
「どうせ死にたい理由なんか忘れちゃっただろ?」
「否定はしないわ。」
「なら、生きたって問題ないだろう?」
「契約よ。」
「本当に、変わんないのかよ。」
「えぇ。」
茉利の答えに迷いはなかった。
彼女は昴をまっすぐ見据え、ほんのわずかに笑ってみせる。
「……そっ、姿や口調が変わっても、心だけは変わりやしないのな。」
昴の笑みが種類を変えた。
「じゃあ、目を瞑って。」
茉利はゆっくりと目を閉じる。
昴もまた、緩慢に、茉利の頭部に触れないギリギリの距離で拳銃を突きつけた。
「おやすみ、茉利。」
乾いた音がして、硝煙とともに鮮血が飛び散る。
昴は返り血を浴びながら倒れゆく死体を見つめていた。
(茉利……。)
血に混じって、頬に透明なしずくが落ちてきて、雨でも降り出したかと空を見上げたが生憎今夜は晴天だった。
「ったく、俺は最悪の部下を持ったよ。」
震えた声も気のせいだ。その証拠に、やはり彼は口元に笑みをつくっている。
「おやすみ。」
パンッ
星空の下、乾いた音が飛び散った。
昔書いた短編。
彼らははたして満足だったのだろうか。




