さぁ、お手を拝借!(5)
雨が降ってる。ザァザァ…むしろバシャーみたいな?バケツをひっくり返したら多分こんな感じ。
おじさんは心配そうに窓の外を眺めてる。
一昨日、森で熊が出たんだって。クレイさん達なら駆除するなり追い払うなり出来るからって朝出掛けてしまった。熊との攻防戦も気になるけど、土砂降りの雨で風邪引かないかちょっと心配。
「帰って来ないですねー」
「そうだねぇ、風邪引かないといいんだが」
優しく頭を撫でてもらっていたら、不意におじさんが椅子から立ち上がった。窓の外を見るとクレイさん達の乗った馬が駆け戻ってくるところだった。
タオル用意しなきゃ!わたしも立ち上がっておじさんの後に続く。沢山のタオルを持って玄関に行くと、やっぱりびしょびしょのクレイさん達が入ってきた。
皆にタオルを渡すと御礼を言われる。大したことじゃないけど嬉しいな。
「あれ?クレイさん、それどうしたの?」
クレイさんがいつも口元を隠してる布がかなり裂けてた。そこから浅黒い肌以外の色が見えたから、思わず聞くと、クレイさんはハッとした顔で慌てて布を手で抑える。
「……何でも無い」
視線を逸らして言われても真実味がありません!
わたしはちょっと乱暴にクレイさんの手を掴むと、ちょっとだけ布を持ち上げた。ビクッてクレイさんの肩が跳ねる。
思った通り綺麗な顔立ちだった。でも左頬から顎下辺りにかけて火傷みたいな引き攣れた傷痕があった。もうちゃんと治ってるみたい。
視線を上げるとエメラルドグリーンの瞳と視線が合った。痛みに耐えるように少し眉間にシワが寄っている。
「ここ痛い?」
そっと傷痕に触れるとのけ反るようにクレイさんが離れようとした。だけどわたしが服を掴んでいるから、首しか動かせなかったみたい。
「…もう、治ってる」
隠すようにクレイさんは自分の左手で頬を覆った。そっか、治ってるのか。
もう一回、今度はクレイさんの左手の上からわたしの右手を重ねる。…うん、すべすべできめ細かい素敵な手だ。
「痛いの痛いの飛んでけー!」
飛んでけー!で手を離す。はい、もう一回。
「痛いの痛いの飛んでけー!」
わたしの突然の行動にクレイさんが目を見開いた。切れた布の隙間からちょっとだけ開きっ放しになった口も見える。
…よし、もう痛くなさそうだ!ニッコリ笑って、今の行動の意味を教えてあげた。
「わたしね、ちっちゃい頃、坂道で転んだの。その時にここに怪我しちゃって、」
ここ、と右足の太ももを叩く。あれは痛かったなぁ。でこぼこに舗装されたアスファルトにスライディングしたんだもんね。
顎も手も擦りむいたのは良い思い出です。
「治ったけどまだ跡があるんだー。」
思いっ切り広範囲を擦りむいたから、治っても皮膚がちょっと周りより白いし盛り上がってる。
だからプールとかは適当に理由つけてよく見学してたっけ。
「それ見ると、痛くないのに痛くて。泣いてたらお母さんがやってくれたんだ」
痛いの痛いの飛んでいけ、ってね。
「傷は治って痛くなくても、怪我して心も痛くなっちゃったんだよって言ってた。心の痛いのはなかなか治らないから、どっかに飛ばしちゃえばいいんだって!」
お母さんに痛いの痛いの飛んでいけってしてもらったら、あの時、本当に痛くなくなったんだ。あれから痛くないし。きっと効くんだよ。
「ねね、まだ痛い?」
頬を抑えたままのクレイさんに効くと、ゆっくり首を振った。
「……いや、痛くない。」
「でしょ?このおまじない、よく効くんだから!」
ふっと笑ったクレイさんが嬉しくて、わたしもニッと笑う。
いつの間にか静かだった他の人達も何だかホッとした感じでタオルを使い出した。
がしがし頭を拭くクレイさんの片手を引っ張ると視線が落ちてくる。
「クレイさん、布付けてるのもったいないね。カッコイイのに」
戸惑うようにわたしをジッと見て、躊躇いがちに口が開く。
「……傷があるからな」
「傷は男の勲章!箔がついたんだよ!」
それにクレイさんが気にするほど、酷い傷痕じゃなかった。少し肌色が薄くて引き攣れてるけど、全然気にならなかったし。こういうのって案外堂々としてれば皆気にしないのに。……何より、
「顔見えないのって寂しいよね」
相手がどう思ってるとか、なに考えてるとか分からないし。顔が見える方が安心する。
「……寂しい?」
「うん、一緒に笑っても見えなきゃ寂しい」
「…そうか、」
クレイさんは小さく頷くと、一瞬目を伏せてから、口元の布を外した。皆ビックリしてたけど、わたしはやっぱり素顔の方がいいなって思えた。
どさくさに紛れて手を繋いでみたら、しっかり握り返される。わたしより大きくて指が長い綺麗な手。ほお擦りしたくなっちゃうなぁ!