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さぁ、お手を拝借!(2)

 


 なんだその言い方。まるでわたしが悪いみたいな言いがかりは止めて欲しい。

 パッと襟から手が離れたので、急いでおじさんの下へ逃げる。これ以上少年の傍にいると雷が落ちてきそうだ。おじさんはびしょ濡れの少年を見てから「困った子だねぇ」と言ってわたしの頭を撫でる。おじさんが頭を撫でてくれるのは好きだ。綺麗な手が優しく撫でてくれると嬉しくなる。

 それからおじさんは少年が連れて来た数名の人の顔を見た。


「久しぶりだな。」


「…父上もお元気そうで。」


 おじさんの言葉に返された返事に驚く。父上って…じゃあおじさんの息子さん?

 思わずまじまじと見てしまう。おじさんと父上って呼んだのは一番若い人だった。短いプラチナブロンドに浅黒い肌、多分顔は整っているんだろうけど、鼻から下を布で隠しているから見えるのは目元だけ。目は綺麗なエメラルドグリーンだ。……うん、目元だけしか分からないけど、その目元がよく似てる。

 わたしの頭から手を離したおじさんはゆっくりと畑を横切ってその人に近付いて行く。いつもと変わらない穏やかな感じだけど、なんだかその背中が違う人のように思えてわたしは動けずにいた。するとおじさんが振り返ってわたしを呼ぶ。


「おいで、リリー。今日はもう屋敷に戻ろうか。」


「畑はいいんですか?」


「急ぐ事でもないからねぇ。」


 ほんわか笑うおじさんは、いつものおじさんだ。ホッとして差し出された手を握り返す。

 他の人の視線を感じたけど気付かないフリ。だって目が合うと気まずいし。わたしこんな性格だけど実はちょっと人見知りなんです。あぁ、でも、あの人の手に触りたい。じっくり眺めて、触って、確かめたい。

 うずうず、チラチラ。多分そんな感じのわたしに気付いたおじさんが笑って、息子さんを手招く。息子さんはおじさんの横に立って何か耳打ちされると、眉を下げた。

 なんの話だろ?見上げてみればエメラルドの瞳がわたしを丁度見下ろした。すぐにおじさんがわたしの手を息子さんの手に握らせる。硬くて、少し骨張っている。でも手の平よりも長い指はおじさん同様スラッとして、関節部分の節は意外と滑らか。ごつくないけど男らしさのある手を思わず握ってしまった。

 わたし好みのすごく素敵な手だ。こんな手なら一日中見ていても触っていても飽きない。息子さんは困惑した様子でおじさんとわたしを交互に見るけれど、申し訳ないが一度掴んだものは離さない主義なので。主に手に関してだけど。


「父上、…」


「すまんな。リリーはどうも人の手が好きらしくて、お前の手が気になっていたみたいだったからついなぁ。」


「…?」


 おじさんはわたしをよく分かっていらっしゃる。きゅっと手に力を込めてみると息子さんが見下ろしてきた。


「わたしはリリーです。お兄さんは?」


 本当の名前は違うんだけど、日本の名前はあんまり好きじゃない。よく名前でからかわれたのだ。だからここでは名前をもじってリリーと名乗っている。息子さんは戸惑いながらも名前を教えてくれた。


「……クレイ」


 そうか、クレイさんか。素敵なお手ての持ち主の名前なので絶対に忘れないぞ。

 屋敷に戻るまでの数十分の道のりの間、クレイさんはずっとわたしと手を繋いでいてくれた。全く喋らない人だったけど全然気にならない。話しかければ頷いたり、こちらを見たりと反応を見せてくれるので特に問題もなかったし。

 ただ屋敷に着いた後、手を洗いに行くのを思わず渋ってしまった。

 十八歳なのに何してるんだと言われそうだが仕方がない。だってあの綺麗な手を離さなければいけないなんて、わたしにはとてもじゃないが出来ない。結局わたしは井戸まで少年によって引きずられていったんだけどね。

 客間に行くとおじさんと数人の人たちが難しい顔で話をしていた。

 頭悪いからわたしはよく分からないけれど、顔をみれば良い話じゃないことくらい分かる。わたしはいない方が良さそうだ。諦めて客間を離れて中庭で遊ぶことにしよう。






* * * * *






 中庭で遊んでいること数時間。ワンピースの裾をたくし上げ、膝より少し上で縛って現在噴水に足を突っ込んでおります。今日は暑いから水遊びに最適だ。少年を誘ったけど先に川へ落としたのが拙かったらしく、水遊びなんかするもんかと逃げられてしまった。

 わたしが住まわせてもらっている屋敷はそれなりに大きい。使用人が五、六人くらいいて、おじさんは趣味で畑をやっているんだとか。土いじりは好きなのでわたしも便乗させてもらっている。

 バシャバシャ水を蹴って遊んでいたら咎めるように名前を呼ばれた。顔を上げるとおじさんと、今日来た人たちがいて、おじさん以外は皆浅黒い頬が少し赤くなっていた。


「お話終わりましたか!」


 噴水からそのまま地面に足をつける。濡れたまま流石に靴は履けない。


「終わったよ。それよりスカートの裾を元に戻しなさい、いくら子供でも嫁入り前の娘が足をさらしてはいけないと言っただろう?」


「でも服が濡れちゃいますよー。」


「…着替えれば良いから、戻しなさい。」


 溜め息混じりに言われて渋々裾を戻す。膝下まであるワンピースでは噴水に入ると裾が完全に水面について濡れてしまうのに。裾を戻すと何故か他の人たちもホッとしたような顔をする。ちなみに足を早く乾かそうとスカートの裾をバッサバッサさせていたら珍しくおじさんに怒られた。あんまり女の子らしくないことをするようなら教育係をつけるといわれたので、すぐに止める。勉強はわたしの最大の敵である。



 

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