ダンジョンコアに転生したわたし、実は最強最弱でした!?(冒頭)
「──…え?」
目を覚ますと見知らぬ場所だった。
ここはどこだろう、と歩き出してすぐに違和感を覚えた。
足元を見下ろし、色々な意味で驚いた。
「え、ちっちゃくなってる!?」
……と言うか、声もわたしの声じゃない!!
何がどうなっているのか訳が分からない。
そう思ったのは数秒のことで、次の瞬間には酷い頭痛が襲ってきて、わたしはこれまでのことを思い出した。
わたしは元の世界でOLとして働いていた、ごく普通の一般人だった。
学生の頃から成績は丁度真ん中、運動も人並み、容姿も可もなく不可もなく、でもどこにでもいそう。そんな人間だった。
高校卒業後、大学に行き、そして中小企業に就職。
ただ、就職運だけはなかったらしい。
入ってから気付いたが、そこはブラックだった。
勤務時間前から来るように言われ、早朝から働き、新人なのに仕事量が多く、定時になっても当前帰れないし、毎日帰るのは終電間近。一人暮らしのアパートでは寝る時間くらいしかない。休日なんて夢である。
覚えているのは、終電間近だと気付いて、慌てて椅子から立ち上がったところまでだ。
それまでは期限が翌日までの仕事をこなしていた。
ギリギリ終わらせて、終電を逃しそうだとバッグ片手に立ち上がった。
そして、目を開けたらここにいた。
……わたし、わたしの名前は……。
思い出そうとしても何故か思い出せない。
それどころか全く別の記憶が流れていく。
わたしはこのウェルズシーラの街近郊にある迷宮の核である。
迷宮とはミミックという魔物の上位互換となる魔物であり、その本体は迷宮核と呼ばれている。
ちなみにミミックとは宝箱に擬態した魔物で、宝箱に釣られて開けようとした生き物を食べてしまうというものだ。
しかし迷宮が魔物だということは知られていない。
迷宮は元は魔石だ。
魔力を貯蔵することの出来る特殊な宝石、魔石に大量の魔力が溜まり、魂が宿るとそれは迷宮を形成する。
生まれたばかりの迷宮は単純だ。
いくつかの階層を形成し、入り口を作り、生き物を招き入れる。
この世界に存在する全ての物や生き物は魔力で出来ており、迷宮は生き物を引き寄せるために、食べ物や道具などを形成した階層の中に置く。
生き物、特に人族はそれを目当てに迷宮へ入る。
適当な動物や魔物よりも、人族を食べたほうが魔力を得るのに効率が良く、迷宮はそのために武器や防具など様々な物を体内に生み出し、配置することで、人族を誘い込む。
迷宮そのものが魔物であると知らない人族は迷宮が生まれると、我先にと入ってくる。
そして、迷宮の中には魔物がいる。
これも迷宮が生み出したものである。
魔物は侵入者を殺すための罠に過ぎない。
迷宮内で生き物が死ぬと魔力となり、迷宮がその魔力を吸収し、更に階層を広げていく。
階層が下がるほどに魔物は強くなり、同時に配置される物は特殊となっていく。
そのため、人族は迷宮からでしか得られない特殊な武器や防具などを手に入れるために入ってくる。
人族が死ねば死ぬほど迷宮は広がり、強くなる。
……その結果、生まれたのがわたし……?
このウェルズシーラの街の迷宮は生まれてから四百年近く経っており、迷宮核は膨大な魔力で満ちている。
四百年の間、成長し続けた核が目を覚ました。
これまでは魔力を得るという目的だけを持った、曖昧な意思しかない魔物だったが、迷宮階層が百層に達した瞬間に自我が芽生えたのだ。
「……わたしが、魔物……?」
ファンタジー小説もゲームもあまり触れたことのないわたしが、突然、このファンタジーな世界で人でも動物でもない、魔物として自我を持ってしまった。
「待って、そもそもどうすればいいの!?」
叫んでみたけれど、答えてくれる人はいない。
ここは迷宮の百階層の更に下にある。
ただ、核が存在するだけの真っ白な部屋だった。
* * * * *
「なんて悩んでたけど、意外となんとかなるものだなあ」
迷宮核として目覚めてから三ヶ月。
思いの外、わたしは楽しく暮らしていた。
この世界の物は全て魔力で形成されている。
そして、わたしは魔力から物を生み出すことが出来る。
まず、わたしは最初に自分の体を確認した。
基本的にわたしが願った物は全て生み出せるのだ。
鏡を出して確認したら、わたしは十五、六歳くらいの女の子だった。
床につくほど長い真っ白な髪にピンクレッドのぱっちりした瞳、肌は雪のように白くて、少し幼さの残る可愛らしい顔立ちである。細身で、小柄で、あとツルペタである。
元のわたしはそれなりに色々あったので少しショックだ。
……まあ、それはともかく。
わたしは迷宮核が自我を持った存在だ。
この体は擬態の一部だ。
「あー、このパーティーもう帰っちゃうんだ。どこかで死んでくれたらいい感じに魔力が入ったのに」
わたしが今いる部屋は迷宮の監視用のテレビ部屋だ。
ここではわたしの想像したものは全て生み出せる。
だからテレビも、構造がよく分からなくても、なんとなくこういうものが欲しいと願えばそれらしいものが出せる。
ただし、実際に中身が本物のテレビと同じとは限らない。
そして、わたしは人間ではなくなってしまった。
魔物となり、感覚もそうなってしまったらしい。
テレビの中で人が死んでも何とも思わない。
むしろ、魔力が得られるとその分、幸福感というか、充足感というか、食後のような心地好い感覚がある。
わたしがどうしてこうなってしまったかはともかく、わたしが迷宮であり、魔物であり、魔力を欲していることだけは確かだった。
だから自分の望むままに、今は地下で過ごしている。
ここは天国みたいな場所だった。
早起きして仕事に行かなくてもいいし、望めば食べたい物が出せるし、眠たい時に寝て、起きたくなったら起きる。
怠惰に過ごしても誰からも怒られない。
……もう、これが夢でも現実でもいいや。
わたしは百階層の更に下のこの空間を広げ、わたしだけの、暮らしやすい階層を作った。
好きな物を食べて、寝て、暇になったら人間達の様子を見て、階層の魔物や武器、防具、アイテムと呼ばれる道具などの配置を変えてみたり、階層そのものを入れ替えてみたり、それだけで十分に楽しかった。
そうして、気付けばわたしは迷宮の最下層で三十年という時間を過ごしていた。
魔物は時間の感覚も違うらしい。
「しかも全然、老けないなあ」
三十年経ったのに、わたしは十五、六歳のままだ。
……魔物は歳を取らないのだろうか?
いや、恐らく迷宮というもの自体がそういう魔物なのかもしれない。元は魔石という無機質な物だから、生き物とは違う。
とりあえず魔力がなくなったら困るため、迷宮の入り口を開けておき、常に中に人族がいるようにした。
魔力を得れば得るほど、迷宮核は強く、硬くなる。
迷宮核の目的は魔力を得ること。
それに意味はない。
生きるために食事をするのと同じだ。
そんな風にのんべんだらりと三十年過ごした。
ここへ入ってくるのは人族ばかりだった。
人族とはエルフ、ドワーフ、獣人、人間のことである。
ずっとこの人族しかいなくて、正直、少し飽きていた。
けれど、ある日、見たこともない種族が現れた。
「何だろう、この種族! 獣人とは違うっぽい?」
それは狼が人のように二本足で立ったような、不思議な外見の種族であった。
* * * * *
人狼のディルクは魔族である。
人狼とは、人間の姿にもウェアウルフの姿にもなれる種族であり、魔族の中では『人間に化ける卑怯者』と言われている。
だが魔王軍幹部のウェアウルフであるマールテンは、人族に仲間を殺されて行く当てをなくしたディルクを引き取り、片腕として育ててくれた恩人だ。
そして、マールテンの配下は皆、ディルクにとっては家族のような存在だった。
だから仲間が殺されそうになった時、躊躇いなく庇ったし、仲間達が逃げるために時間を稼いだ。
その結果、自分が捕まることになったとしても、殺されたとしても悔いはない。
……そう思っていたが……。
魔族として殺されるならまだしも、隷属の首輪をはめられ、人族の奴隷として売り払われるとは想像もしていなかった。
最下級の奴隷として売り払われてから十年。
奴隷の暮らしは最悪だった。
最初の主人はウェアウルフの姿を嫌った人間の貴族だった。
ディルクの人としての姿は、どうやら人族の中でも、それなりに整った部類らしい。
ウェアウルフの姿を禁じられ、人として在るように強要され、そしてしたくもない夜の相手もさせられた。
それだってまるで道具扱いである。
三年ほどそうして扱われた後、別の貴族へ売り払われた。
そこでも扱いはほとんど同じであった。
いや、そちらのほうは暴力も振るわれたので、より酷いと言えるだろう。
そこで五年もの間、夜の相手をさせられ、気晴らしに暴力を振るわれ、獣のように過ごすことを強要させられた。
奴隷生活では行動も思考も制限される。
主人に歯向かおうとすれば首輪の隷属魔法が発動し、全身に耐え難い苦痛を与え、首が締まり、苦しくなる。
その後、奴隷商人へ売り払われた。
すぐ後に今の主人がディルクを購入した。
正確には主人達、と言うべきか。
ディルクを購入したのは冒険者のパーティーであった。
「ほら、さっさと倒しちゃいなさいよ!!」
気の強い人間の女が喚く。
このパーティーはディルクを戦力としても見ている。
そして、パーティーの女冒険者達はディルクに夜の相手をさせる。ただし、行為そのものは今までの主人達同様にしない。ただ、道具として奉仕させるだけだ。
夜は奉仕を、昼間は戦闘要員として。
戦闘では一番最初に敵へ向かわされる。
ウェアウルフは人族よりも頑丈だ。
だが、決して傷を負わないわけではない。
魔物と戦えば当然、怪我もするが、治療してもらえるはずもなく、毎日生傷が絶えない生活だ。
それが二年、続いている。
恐らく、今後もこの生活からは逃れられないだろう。
ディルクが死ぬか、主人達が死ぬか。
しかしこのパーティー全員が主人として登録されているため、パーティーが全滅しない限り、ディルクが解放されることはない。
そんなことを考えていたせいか、魔物への反応が遅れてしまう。
脇腹に狼型の魔物が噛みついてくる。
「くそっ、使えない奴!!」
冒険者パーティーの誰かの声がする。
けれど、狼は噛みつくと壁へディルクを放り投げ、叩きつけた。
……こいつ、普通の魔物じゃない!?
ウェアウルフのディルクはそれなりに大柄で、重く、体も頑丈で、そう簡単に吹き飛ばれるようなものではない。
それなのに、この狼の魔物はディルクを容易く投げ飛ばした。
思い切り壁へ頭を打ちつけ、意識が朦朧とする。
ズシン、ズシン、と地響きのような音と揺れがする。
「な、なんだこいつ!?」
「魔物なの!? それにしては──……」
「ひっ、た、助け──……」
「うわぁあああぁっ!!?」
「待て、バラけると危険──……!」
冒険者達が恐慌状態に陥る声が聞こえてくる。
……ああ、くそ……。
視界がぼやけ、意識が遠退いていく。
迷宮内で意識を失えば、それは死に直結する。
響き渡る悲鳴と鈍い音、水気のあるものが飛び散る音がして、シンと静まり返る。
しかしそれも一瞬のことで、ズシン、と地響きが近付いてくる。
……申し訳、ありません、マールテン様……。
心の中で育ての親であり、上司でもある恩人へ謝罪をしながら、ディルクは意識を手放したのだった。
………………。
……………………。
…………………………。
「っ……!!?」
目を覚ました瞬間、ディルクは飛び起きた。
同時にガツンと額に強い衝撃を受けた。
「〜〜っ、いったぁ、え、痛くない!!?」
間近で聞こえてきた声にギョッとする。
そちらへ顔を向ければ、そこには『白』がいた。
床に広がるほど長い真っ白な髪に、雪のように白い肌で、着ている服も白いもので、足元は裸足だ。
こちらを見上げた瞳は赤みがかったピンク色である。
それだけが色を有しており、不思議なほど惹き込まれる。
「あ」
何より、人間の姿形をしているが、気配は魔の者のそれだったことに驚いた。
「体は大丈夫? 一応、ハイポーションで治したけど」
言われて、ハッと我へ返り、体を見下ろした。
……どこにも傷がない……。
火傷で爛れていた足すら綺麗な毛並みが生え揃っている。
「あ、ああ、大丈夫だ……」
「それは良かった。わたしの名前は……えっと、そう、シーラ! シーラっていうの。あなたの名前は?」
「俺の名前は……」
言いかけて、体が硬直した。
主人である冒険者達から名乗ることを禁じられている。
名乗れば隷属の首輪によって苦痛が与えられるだろう。
思わず黙ったディルクを少女が不思議そうに見る。
「あ、それと、この首輪、治療するのに邪魔だったから外しちゃったけど良かった?」
その手には隷属の首輪があった。
慌てて自身の首に触れると、そこには何もなかった。
……首輪が、ない……。
じわりと視界が滲む。
頷き、腕で顔を覆う。
「すまない。……すまない、ありがとう……」
首輪がついた十年は本当に苦痛だった。
人族につけられた奴隷の証というのもつらかった。
仲間を庇ったことに後悔はないが、こんな風に扱われるくらいならば死んだほうが良かったと思うこともあった。
ぽたぽたと雫が足に落ちる。
「これで、帰れる」
また、マールテンの顔が見られるかもしれない。
きっと酷く怒られるだろう。
なんてことをしたんだと。
でも、きっとそれと同じくらい喜んでくれるだろう。
生きていてくれて良かった、と。
……俺も、マールテン様に会いたい。
親であり、上司である、あの人に会いたい。
仲間達が無事なら会いたいし、また魔族軍に戻りたい。
たとえそれが戦闘に戻ることになったとしても、それでも、またマールテンや仲間達と過ごしたい。
「えっと、良かったね……?」
ディルクの狼生で二人目の恩人は、不思議そうに首を傾げつつ、そう言った。
* * * * *