さぁ、お手を拝借!(1)
手フェチなお馬鹿娘と寡黙な訳有り青年のお話。
色々適当すぎる内容ですので、ゆるーくお楽しみください。
唐突だが、わたしは異世界にいます。えぇ、そうです。巷で流行りの異世界トリップというやつですよ。普通いきなり知らない世界に飛ばされたら泣くか叫ぶか絶望に打ちひしがれるか前向きに頑張って生きて行こうとするかですよね?わたしは言わずもがな一番最後の前向きです。
……というのは建前で、わたしが何故この世界にいるのか実は何となく‘これじゃね?’と思い当たる節があり、それがわたしにとっては幸運とも言うべき事柄なのです。それはなにか。
「この世界の人って手が綺麗ですよね~!」
ざっくざっくと畑の土を鍬みたいなもので掘り返す大柄な男の人にわたしは振り返る。この人はわたしがお世話になっているお屋敷の人だ。よく分からないけどずっと前は王都にいたらしい。でも後を若い人に任せて今は田舎で隠居生活なんだとか。
男の人って言っても多分五十代くらいでわたしからするとお父さんよりも年上だ。
「そうかい?普通だと思うがねぇ。」
朗らかな笑いながら地面に鍬を突き立てる。その手は大きくて色黒で、年を取っているせいか皺があって筋張っているけど指一本一本が長くてスラリとしているのだ。わたしはおじさん――名前は知っているけれど何となくこの呼び方が定着してしまった――のその手を見る度に危ない人よろしく鼻息が荒くなってしまう。
そう、そうなんです。わたし、手フェチなんです。それも自他共に認め、時にはドン引きされてしまうくらいお手てが大好き!な人間なんです。ちなみに友人には「アンタから手フェチを抜いたらネジの抜けたおバカさん」と言われるくらい。あれ?言っててなんだか悲しくなってきた…。
「そんなことありません、手が大好きなわたしが言うので本当です!なんなら語ってみせましょうか!」
「それは遠慮しておくよ。リリーが手の話をし出すと止まらなくなるからね。…さて、採った野菜を川で冷やしてきてくれるかい?」
「はぁーい。」
おじさんの言葉に頷いて沢山野菜が入ったかごを持ち上げる。三ヶ月も経てば農家さん生活もだいぶ慣れてきた。というか、結構体力仕事で大変だけど最初より痩せたのが嬉しいです。身長に合わせた大体平均的な体重だったけど、やっぱり女の子なので色々気にしてました。
かごを持って川に行くと数人の人がいて、その中に見慣れた背中があった。……よし。
「いっやー、お疲れさーん!」
「どぅわぁあっ?!」
かごごと背中に突撃していけば悲鳴と共にその背中が川へどぼん。わたしより少し背が高いくらいだもん、後ろからの不意打ちに少年は見事に予想通りのリアクションを見せてくれた。
「こんの…!馬鹿リリー!何しやがる!!」
川の中に座り込む少年にわたしはどや顔で言う。
「何って、挨拶だけど?」
「川に突き飛ばすのがお前の挨拶かっ?!」
「まっさかー。そんな挨拶する人いるわけないじゃん。これは君限定だよー。」
「オレだけかよ?!!」
だってすごく的確にツッコミ入れてくれるんだもん。こういうのって、ほら、あれだよ。どんな場所にも世界にも最低一人はいる弄られキャラってやつだ。
ついでとばかりに少年にかごを渡す。冷やしといてー、って頼むと不機嫌そうにしながらもしっかりかごを水に浸けてくれる。ちゃんと流されないようにかごと近くの木の枝を縄で縛ってくれるのも忘れない。うんうん、いいお兄さんタイプだよね。まぁ、一応彼はわたしと同じでおじさんに拾われた身だから、一緒に住んでるわたしのことは妹みたいに思ってるんじゃないかな。
ずぶ濡れで川から上がってきて少年が「すみません、」と誰かに謝る。
そこでやっとわたしも他の人たちに意識が向かった。その人たちもわたしを見ていたようで、バッチリ視線が合わさる。
「あれ、もしかしておじさんのお客様でしたか?」
「そうだよ。ったく、案内の邪魔すんなよなぁ。」
「おお、これは失敬しっけ……」
手の平で頭を叩いてやっちまったぜポーズを取りかけていたわたしの動きが止まる。ついでに声まで止まったので、少年が変な顔でわたしを見た。周りもわたしを見るけど、それどころではないのだ。
あの、あの手は…!!動きだそうとした途端少年が容赦なくわたしの服の後ろ襟を引っ掴む。酷い、カエルが踏み潰されたみたいな声が出たじゃないか。振り返ると口元を引き攣らせた少年がわたしを見ている。…あ、ヤバい。この顔はお怒りモードの顔だ。
「リリー?オレ言ったよな?客だって。」
「う、は、はい…。」
「いつも言ってるだろ?我慢しろって。特に客には突進していくなって毎っ回言ってるよなぁ…?」
「その通りでございますです、お兄様。」
子猫よろしく襟首を引っ掴まれたまま、ごめんなさいと謝ると溜め息を吐かれてしまった。おじさんの居場所を聞かれたので畑の一つの名前を言うと引きずられる。離してはもらえないみたいだ。無念。
わたしを捕まえた状態で少年が「こっちです」と他の方々を案内する。足はつくので歩けるけど扱いが酷いと思う。でもきっと、そうでもしない限りわたしが止まらないことを分かっているんだ。
チラリと視線を動かせば後ろをついてくる人は皆、微妙な顔をしている。
この国の人は皆、肌の色が浅黒い。なんていうか日焼けのあの小麦色の肌と違う、人種独特の綺麗な浅黒い色合いだ。黄色っぽい肌のわたしだけ違うのですごく目立ってしまう。それに顔の彫りも深い。童顔な日本人のわたしは十代前半と間違われてしまうが、実年齢はこれでも花も恥らうお年頃、十八なのだ。
…言っても信じてもらえないので、ここでは十三歳になっている。この若さでもう既に五歳もサバを読む羽目になるとは。侮り難し異世界。
畑に着くと少年のかけた声におじさんが振り返る。わたしと少年を見て苦笑した。
「なんだ、また何かやらかしたのか。」
「主にリリーがですけどね。」