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三大噺

高校生の時に書いたものです。

三つのお題で話を作る、というもので学校に提出したもの。

一話=四百字以内の作品でした。

ご感想を聞いてみたくて載せるという手段に出ました。

 


【親方・下町・拳銃】


 南蛮渡来の物が未だ珍しい江戸の初め、華やかな城下より更に離れた下町に屈強な男たちが集う組があった。役人からすればおそらく面倒極まりない存在である彼らには、尊敬に値する人物がいる。今日も今日とて彼らはその人物の話題で持ち切りであった。


「聞いたか?昨日の話。」


「おう、税を誤魔化してた役人を親方が捕まえたヤツだろ?」


「そうそう。流石親方!あの人がいる限り、役人にデカい顔なんてさせねぇよ!」


 興奮気味に話す彼らは酷く楽しげで、親方と称される人物がどれ程信頼を寄せられているかよく分かる。

「そう言やぁ…」彼らの一人がふと呟く。


「この間、南蛮船の荷を見たら、親方に似合いそうな銃を見つけたぞ。」


「馬鹿野郎!何で買って来なかった!」


「無理言うなよ、オレの一月分の銭使って足りないくらいの代物だぞ!」


 どうする、どうすると眉を下げて小声で会話をしていた一人が、名案とばかりに手を叩いた。


「全員で銭を持ち寄りゃ良いじゃないか!」


 男たちはその案に目を輝かせて頷くと、立ち上がって我先に組を後にする。

 その様子を、土間の端に座ってひっそり紫煙を燻らせていた‘親方’は好々爺のような笑みを浮べて見送っていた。

 後日、嬉しそうに拳銃を手入れする親方の姿があったとか無かったとか。彼らは今日も敬愛する男の話題で盛り上がっていた。


「おい、今朝の話は知ってるか?」






【泣き虫・駐車場・法螺貝】


 ――ない。ふと手に持った携帯を見て愕然とした。彼女から少し前にもらった揃いのストラップが消え失せていた。渦巻きが綺麗な小さな法螺貝のそれは、家族で水族館に行った際に、お土産として買って来てくれたものだ。


「絶対失くさないでね。」


 彼女の言葉が頭を過ぎる。慌てて教室まで駆け戻ったが、机にも床にも落ちていない。移動教室の時に失くしたのかも…。今日行った教室全てを回ってみたのに見付からない。もう残るは駐車場だけだ。一段飛ばしで階段を走り下りて自転車の傍まで戻る。それこそ床を這う勢いで自分の自転車周りだけでなく、駐車場の隅々まで探したと言うのにストラップの姿は影も形もない。

 もしも彼女に知られたら、嫌われてしまうだろうか。大好きな彼女を悲しませ、傷付けてしまうことだけはしたくなかった。絶望的な気持ちが暗雲立ち込める空のように、どんより重くのしかかる。灰色のコンクリートがぼやけ、ポトリポトリと雫が地面を濡らしていく。…雨か?顔を上げると頬を温かい何かが伝った。僕は泣いていた。そう意識するとボロボロと涙が溢れてきてシャツの襟足を冷たく濡らす。あぁ、泣いている場合じゃない。グイと袖で顔を拭い立ち上がる。


「泣き虫。」


 聞き慣れた声にハッとした。彼女の声だ。振り返れば彼女が立っている。その手にはどれだけ探しても見つからなかったストラップが握られていた。


「…それ、」


「ごめんね。本当に大切にしてくれてるのか気になって、勝手に外しちゃったの。」


 失くした訳ではなかったらしい。歩き寄ってきた彼女の手からストラップを受け取ると安堵でまた涙がこぼれ出る。僕は何時だって君に振り回されているのに、それを嫌だと思えないくらい僕は君が好きなんだ。僕の言葉に彼女はニッコリ笑って手を差しのべてきた。






【バッカス・サウナ・鹿威(ししおど)し】


 何年ぶりだろうか?遠くから聞こえて来る鹿威しの小気味良い音に耳を傾けながら、僕はふと考えた。顔を正面へ戻せば以前の記憶よりグッと老けた父の背中がある。家業を継いだ兄が亡くなり、僕は呼び戻された。そのことに対して初めは怒りもあったが、心労で真っ青になった両親の顔を見てしまっては、そんな感情も萎んでしまった。

 漸く兄の葬儀と、滞っていた仕事が済んだ今日、僕は両親を少し遠くの温泉へ連れて来ることにした。あのまま家に居たのでは、二人共いつか過労で倒れてしまう。兄が亡くなったばかりではあるけれど、息抜きをしてもらいたかった。

 母と別れ、父と浴場へ入れば平日ということもあって人影も疎ら。体を洗い、髪もサッパリさせて浸かる湯船は少し熱めで心地よい。


「…温泉なんて、何年ぶりだったか…。」


 ポツリとそう呟いた父の横顔は悲しげだった。


「そう言えば、サウナがあったよ。父さん、サウナ好きだっただろ?」


 僕の言葉に頷いて父はサウナへ行く。先に出ているよと声をかければ、ややあって分かったと返事が返ってくる。

 服を着て外へ出るとまだ母はいなかった。僕は借りた部屋に先に戻るとグラスを三つと、冷蔵庫から一本の酒を持ち出して待った。数十分後と経たずに父と母が部屋へ来る。黙って座卓の前へ腰を下ろす両親の前へ酒を注いだグラスを差し出した。


「それは…。」


 僕の手にある酒瓶に父が瞠目する。


「うん。兄さんが好きだった酒。」


 ギリシア神話の酒の神バッカスから名付けられた酒を兄はよく好んで飲んでいた。


「父さん、母さん、僕も家業を継ぐよ。兄さん程上手くは出来ないかもしれないけど…。」


 兄さんの努力を繋げていきたいから。父と母は返事の代わりに大粒の涙を零して、互いに肩を寄せ合いながら何度も何度も頷いた。






【ステーション・天使・パイプ椅子】


 つい三日程前、僕は自損事故を起こして入院した。恥かしい話、急な下り坂を自転車で駆け下りて止まり切れず、壁とご対面してしまったのだ。全治一ヶ月の骨折。折れたのは左腕だった。することもなく院内をウロつこうと病室から出た僕の目に、ナースステーションが映り込む。人影は疎らだ。


「どうかしましたか?」


 ニッコリ笑顔で声をかけてくる看護士。


「あ、いえ…何も…。」


 何だか悪い事をしてしまったような、バツの悪い思いが心に広がる。(きびす)を返そうとして、ふとステーションの端に置かれたパイプ椅子に視線が吸い寄せられた。


「あの、あそこに置いてある椅子って…?」


 椅子の上には手の平程の小さな人形が行儀良く座っており、背中から見える白い出っ張りは羽根のようだ。僕の問いに看護士はあぁと柔らかな声を上げながら椅子を振り返る。


「この階に女の子が入院しているのだけど、知ってるかしら?」


「…いいえ、」


 そもそも三日しか経っていないのだから、同じ階にどんな人がいるのかなんて分かる訳がない。


「あれね、その子が大事にしている人形なの。天使だそうよ。今日手術で、成功したら取りに来るって、何時も座ってた椅子に置いていったのよ。」


 その話に、僕はもう一度椅子を見た。小さな天使は持ち主の女の子を待っている。自損事故で馬鹿やって入院している僕よりも、きっとその女の子は毎日を必死に生きているのだろう。そんな考えが頭に浮かぶと、どこにでもある極普通のパイプ椅子がとても綺麗な物のように思えた。

 後日、ナースステーションに行くと椅子には女の子が座っていた。顔いっぱいで笑う女の子の笑顔と抱えられた天使を、恐らく僕は一生忘れられないだろう。



 

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