闇属性の男主人公に気に入られるとどうなる? ──こうなります!(冒頭)
流行りの乙女ゲームものを考えてみたけど、私が書くと何か違う(´∀︎`;)
主人公とか悪役とかじゃなくて脇役が好き。
とりあえず試し書きしたので置いておきます。
闇属性持ちなクール男主人公と原作ゲームファンな脇役の物語。
芽吹いたばかりの若葉が輝く季節。
白を基調とした美しい佇まいの学園の正門を、新しい制服を身に纏った少年少女が明るい表情を浮かべて潜っていく。
その中で一人の少女が立ち止まった。
太陽の光が当たり、肩より僅かに短く切り揃えられた明るい茶髪が風にサラリと揺れる。
色白の肌に若葉のような緑色の大きな瞳が小顔に映え、華奢な体は風に煽られて倒れてしまうのではないかと思うほどだった。
その可愛らしい顔は希望に満ちている。
「ここが聖アルビエント学園ね……!」
真新しい制服に鞄を持ち、少女が歩き出す。
しかし、これから向かう建物や大きな門に気を取られていた少女は足元の石に躓いてしまった。
「あっ」
前のめりに転んだ少女が地面に手と膝をつく。
痛かったのか、可愛らしい顔が少し眉を寄せた。
門の目の前で転んだ少女を見た周囲の生徒達は、助けることもなく通り過ぎて行く。
少女が痛みと羞恥に震えていると、突然視界に人の手が差し出された。
「大丈夫かい?」
少女が驚いて顔を上げる。
そこには輝くような金髪に深い青色の瞳を持った男子生徒が立っていた。
ネクタイの色で上級生だと分かる。
ハッと息を呑むほど端正な顔立ちの男子生徒は僅かに小首を傾げた。
少女は慌てて男子生徒の手を取り、立ち上がる。
「あ、ご、ごめんなさいっ」
立ち上がると少女はすぐに手を離して制服の汚れを払い、落とした鞄を拾おうとした。
だが男子生徒が先にそれを拾い、差し出した。
「そのネクタイの色は新入生だね。これからは足元に気を付けるように」
穏やかで柔らかな声に注意されて少女は頷いた。
「はい……」
「足が痛むようなら医務室に行くと良い。医務室は一階の教員室のすぐ横にあるから」
男子生徒は少女にニコリと笑い、それから颯爽とした足取りで門を潜り、校舎へ消えていった。
その背中を少女が見送る。
「……お礼、言いそびれちゃった……」
触れた手の温もりを確かめるように、少女ラルナ=デアモントは胸元でそっと右手を握るのだった。
* * * * *
門から少し離れた木陰から、正門の前に佇む女の子をわたしは眺めていた。
肩辺りで切り揃えられたふわふわの明るい茶髪に、一瞬だけ見えたけれど若葉のような柔らかな緑色の瞳、色白で、華奢で、とても可愛らしい女の子。
それがラルナ=デアモント男爵令嬢である。
記憶通りであれば、彼女は稀有な光の属性持ちで、半年前にそれを見込まれてデアモント男爵家の養女として引き取られたはずだ。
月を模した髪飾りがトレードマーク。
彼女はわたしと同じ十五歳だ。
ラルナ男爵令嬢が校内へ消えるとわたしは茂みから道に出て、制服や髪についた葉っぱを払う。
「さあて、わたしも行かないと入学式に遅れちゃう」
あまり人気のなくなった道を鞄片手に歩く。
この聖アルビエント学園の新入生の一人として。
大陸の中でも有数の国土を持つアルメリア皇国。
その皇都にあるここ、聖アルビエント学園は十五歳から十八歳までの貴族の子息令嬢が通う学園である。
昔は貴族のみしか入学を許されなかったけれど、現在では平民でも裕福な商家の子供や、入試試験を越えられた将来有望な者も、通えるようになっている。
平民でも成績上位の者は学費を免除されるのだ。
この学院には大まかに分けて普通科、騎士科、魔術科、法学科の四つの科が存在する。
わたしは普通科だが、騎士を目指す人は騎士科、魔力が多く魔術師を目指す人は魔術科、文官を目指す人は法学科、といった感じに通う科を選べるのだ。
先ほどの少女ラルナ=デアモントも普通科だ。
何故、友人でもない彼女のことを知っているかというと、わたしは前の人生で死に、新しく生を受けたいわゆる転生者というやつだからである。
ちなみに転生者や前世持ちと呼ばれる人々は多くはないが、昔から少なからず存在している。
公言する人もいれば、しない人もいるので、正しい数は知らない。
そしてわたしもそういう存在の一人だ。
でも前世はただのフリーターだったから、知識を活かして一獲千金とか無双とかはしないし出来ない。
そもそも派手な人生は望んでいない。
それなり良い家に生まれたので、それなりに良い家柄の相手といずれ結婚して、それなりに穏やかに生きて、それなりに長生きして人生を全うしたい。
まあ、わたしのことはともかく、その前世でわたしは乙女ゲームにはまっていた。
乙女ゲームというのは主人公の女の子が素敵な男の子や男性達と出会い、選択肢によってそれぞれと関係を深めたりイベントをこなしたりして、恋愛ストーリーを進めていくものだ。
その乙女ゲームの中でわたしが一番好きでやり込んだのが『太陽と月の輪舞曲』という名前のゲームだった。
乙女ゲームの中でも珍しく、女主人公と男主人公のどちらでプレイするか選べる上に、物語構成が違う。
両主人公共にハッピーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドと三つのエンディングが存在する。
ハッピーエンドは恋愛が成就した場合、ノーマルエンドは友人で終わる場合、バッドエンドは主人公か誰かが死ぬ場合だ。
主人公が出会う魅力的な男性キャラクター達を攻略対象と呼ぶ。
そして『太陽と月の輪舞曲』では選択肢の他に主人公のパラメーターと呼ばれるキャラクターの方向性を決める数値、特別なシナリオ用のアイテムなどがあった。
パラメーターには好感度、知能、魔力、剣術、社交性、協調性といくつかの項目があり、攻略したいキャラに合わせて成長させていかなければならない。
例え全て正しい選択肢を選んだとしても、パラメーターの数値が足りなかったり、必要なアイテムがなかったりすると物語が進まない、進んでも好感度を上げるためのイベントが発生しないといった具合に影響が出る。
そして数値があまりにも足りなかったり、好感度が低かったりするとバッドエンドが待っている。
バッドエンドでは主人公、攻略対象、そして攻略対象の婚約者や家族などのいわゆる悪役と呼ばれる対抗馬となるキャラの誰かが死ぬ。
パラメーターに関しては対抗馬の婚約者や家族よりも上げていれば、多少選択肢を間違えても、バッドエンドにはならずにノーマルエンドで終わる。
ハッピーエンドは選択肢とパラメーターの数値とイベントアイテム使用によって成り立つのだ。
物語自体はありきたりだけれど、主人公の育成やイベントアイテムの獲得などのやり込み要素が面白いゲームだった。
そしてこの世界は『太陽と月の輪舞曲』によく似た世界だった。
いや、あのゲームこそがこの世界によく似ているのかもしれない。
どちらにせよ、わたしが国名と学園名を知った時にここが乙女ゲームによく似た世界だと気が付いた。
同時にとても安堵した。
ゲームだからこそ出来たが、実際に主人公になっていたら目に見えないパラメーターを上げるために、必死に努力するはめになっていたことだろう。
だからわたしはゲームに名前すら出ていなかった背景の人間に生まれ変わって良かったのだ。
ここまでは言えば分かってもらえると思うが、先ほどのラルナ=デアモント男爵令嬢は『太陽と月の輪舞曲』の女主人公である。
わたしは主人公の位置を横取りする気はない。
むしろファンとして物語や登場人物達をそっと遠くから眺めて、彼ら彼女らの人生を見守りたいだけだ。
第一、攻略対象とわたしとでは釣り合わない。
いやまあ、伯爵家の一人娘だから地位はそこそこ悪くないわたしだけれど、外見や能力が足りないのである。
入学式を終えて、廊下を歩きながらふと横の窓を見やる。
柔らかな栗色の長い髪にアイスブルーの瞳、僅かに赤みのある白い肌。
北方の国から嫁いだという曾祖母の血の影響か全体的に色味の薄いわたしだが、美しい者の多い貴族社会の中で見るとギリギリ中の上くらいかなという顔立ちは童顔で、十五歳にしてはやや小柄だ。
昔は前世よりも可愛い顔だと喜んだものの、わたしの顔立ちは貴族社会においては平凡だ。
物凄く美人でもないが不細工でもない。
……本当に背景にぴったりの顔だよね。
誇れるのは色の白さくらいだ。
両親や使用人達にはアイスブルーの瞳がとても好評なのだけれど、鏡を見る度にガラス玉みたいに見えるこの瞳はあまり好きになれない。
でもそっくりの瞳だという肖像画の曾祖母の瞳はとても綺麗なのだ。羨ましい。
窓から視線を戻して張り出されたクラス分けの紙を確認するとわたしは普通科の第二組だった。
チラと見たが、どうやらラルナ=デアモント男爵令嬢は第一組らしい。
原作のゲーム通り彼女は試験を好成績で抜けて、成績上位三十名が入れる第一組に振り分けられたようだ。
ちなみに第二組は上位三十一位から七十位までの四十人、第三組は七十一位以下、といった具合だ。
前世の記憶もあるわたしは試験ではそれなりに頑張ったし、それなりに手も抜いたので、結果は五十三位。
今年の入学生が百十人余りだから大体真ん中だ。
外見も成績もまさに平凡である。
人混みを避けて一年生普通科の第二組の教室へ向かう。
教室に入り、先に来ていた人達へ挨拶をして、黒板に貼られた座席表を見る。
教室の丁度真ん中辺りだ。
席まで行ってそこに座り、鞄を机の脇へかける。
ふと視線を感じて左横を見れば、隣の席に男子生徒が座っていた。
……き、気付かなかった。
男子生徒もこちらを見ているので目が合った。
「こんにちは」
物凄く整っているわけでもなければ不細工でもない、貴族の中では平凡な顔立ちの男子生徒に挨拶をされる。
淡々とした声にわたしも静かに返す。
「こんにちは」
男子生徒が一瞬動きを止めた。
「『御機嫌よう』じゃないんだね」
そう言われたのでわたしは思わず、まじまじと男子生徒を見てしまった。
灰色がかった茶髪に青い瞳、眼鏡をかけていて、表情は読み取れないが、頬杖をついている様子から堅苦しさは感じられない。
「挨拶をされたら同じ挨拶を返すことにしてるの。この学園は貴族も平民も通ってるから『こんにちは』って言われて『御機嫌よう』って返した相手が平民だったら嫌味に聞こえるでしょ?」
説明すると、今度は男子生徒がまじまじとわたしを見つめた。
まるで子供が初めてそれを目にした時みたいな、心底不思議そうな顔をされた。
「ふうん? 君、変わってるね」
「よく言われる」
「言われるんだ?」
あはは、と笑われたが、馬鹿にするものではなく、単純に面白いことを聞いたといった様子だったので不快さはない。
男子生徒は笑いが落ち着くと顔を上げた。
その青い瞳が初めて笑みで細められる。
「面白いね、君。僕はソル=ディゾンネ、ディゾンネ男爵家の次男だよ。これから一年間よろしく」
微笑んだ男子生徒にわたしは何とか笑みを返す。
「わたしはステラ=エストレラ。エストレラ伯爵家の娘よ。こちらこそ一年間よろしくね」
どうして男主人公が第二組にいるの?
というか主人公が両方存在するってあり?
わたしの言葉に『太陽と月の輪舞曲』の男主人公ソル=ディゾンネはニコリと笑ったのだった。
……この世界の主役はどっちだ?!