これから全力で悪役令嬢に恩返しをします。(冒頭)
流行りの転生・悪役令嬢ネタを書いてみたくて気分転換にやりました。
とりあえず冒頭のみをザカザカ書き出しただけなので、今後続くかは気分次第です。
多分書くとしたら「ざまぁ」になると思いますが。
個人的に名前の響きがちょっと気に入っています。
私は目の前で行われる茶番に唖然とした。
その理由は予想外の出来事だったからではなく、随分と遠い昔にいくつも読んだ流行りの小説にあるお約束な展開だったからだ。
「……殿下、今、何と?」
テーブルを挟んだ向かい側に座る彼女が聞き返す。
気丈に振る舞っているけれど、よく見ればティーカップを持つ手は僅かに震えており、声も言葉尻がほんの少しだが震えかけていた。
しかし、それは当然の反応だ。
「聞こえなかったのか? 私、ユースウェル・リディム・フィオ=ユニアスティードの名において、シェリーファ・フィニス=ミュラディエット公爵令嬢との婚約をこの場で破棄すると言ったのだ」
生まれた時より婚約者と定められた相手に、事もあろうか公衆の面前で婚約の破棄を一方的に申し渡されたのだから、驚きや怒り、羞恥などで恐らく彼女の内心は煮えたぎっているはずだ。
それでも曖気にも出さず凛とした佇まいを保つのは、公爵令嬢としての矜持と長年叩き込まれた王妃教育による賜物だろう。
まあ、四年近く傍にいた私には彼女の気持ちは痛いほど感じ取れたし、第一王子に対する評価は地を這うどころか地球であったならば地層も岩盤も突き破ってマントルに達するくらい最低まで落ちた。
「何故とお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「其方は王太子妃、いや、次期王妃として相応しくない振る舞いをした挙句、人としても良識を欠いた。それが分からないのか?」
「わたくしには殿下のおっしゃる振る舞いについて思い当たる節がございません」
そもそもユースウェル殿下は第一王子だが、王太子ではない。立太子は学園卒業後とされているため次期王太子とは言えるものの、成績優秀で飛び級する第二王子や武に秀でて軍事方面が得意な第三王子に比べて、文武両道で優秀だがどちらも弟達には及ばずといった具合の人物である。
真っ直ぐな気性で貴族の言葉の裏を読むのに疎く、社交も不得意であり、ハッキリ言って王太子になるには色々足りない。それを補うため、地位も容姿も才能も釣り合う婚約者に選ばれたのがシェリーファ・フィニス=ミュラディエット公爵令嬢……―—シェリー様だった。
「では教えてやろう。其方はここにいるミレイア・アイラ=レイクドール男爵令嬢を非道に虐げた。彼女の持ち物を盗み、壊しただけでは飽き足らず、彼女を心無い言葉で罵り、暴力を振るったそうだな?」
フンッと不愉快そうに殿下が鼻を鳴らす。
「いいえ、何一つとしてやっておりませんわ」
シェリー様は即答で否定する。
それに殿下が更に責めようと口を開きかけたので、私は殿下の声が発される前に口を挟んだ。
「殿下、恐れながら発言をお許しください」
「……誰だ?」
ようやく私の存在に気付いたらしい。
訝しげに見られ、私は席を立ってシェリー様直々に教えていただいた美しいカーテシーをする。
ゆったりと丁寧に制服のスカートの裾を摘まんで軽く広げ、背筋を伸ばして王族への敬意を示すために深く頭を下げた。見目麗しい貴族の中で、私の外見はギリギリ中の上程度だ。容姿で劣るのなら作法や立ち居振る舞いで良く見せるしかない。
「ルクレイト子爵が娘、メイルリーデ・ウィレア=ルクレイトと申します」
名乗りと同時に殿下の後ろから「成り金の癖に」という呟きが聞こえたが、一々取り合うのも面倒で無視した。我が家は祖父の時代に商売で一財産を稼ぎ出した結果、爵位を得た。正確には金で地位を買った訳ではないのだけれども、ほとんどの貴族は我が家が何故爵位を得られたのか本当の理由は知るまい。
殿下は何やら思い出した風に眉を顰める。
「確か、シェリーファの取り巻きの一人だと聞いたことがある。ミレイア嬢に対するいじめを黙認していたとサヴァークより聞いているぞ」
「取り巻きではなく友人でございます。それはさておき、シェリーファ様はいじめなどしておりませんし、私もそれを黙認した覚えはないのですが、ミレイア様の勘違いでは?」
殿下の背にくっついて怯えたように肩を震わせている少女へ視線を向ける。
小柄で、華奢で、可愛らしい顔立ちで、今は不安そうな表情を浮かべているものの、明るく天真爛漫な男爵家の庶子というのがミレイア嬢の噂だ。令嬢の間では嫌われているがミレイア嬢は自分の外見をよく理解しているのだろう。怯えた姿は男性の庇護欲を誘う。
ミレイア嬢の周りに侍るのは殿下の他に、シェリーファ様の弟でもある宰相閣下の御子息、王弟殿下の御子息、騎士を目指す伯爵家次男、そうして私の婚約者である名家の伯爵家の三男などと地位と財力と容姿を併せ持つ者ばかり。もっと言うと全員婚約者のいる身だ。私の婚約者が一歩前に出る。
「知らないふりとは小賢しい真似をするな。貴様がミレイア嬢を無視し、陰口を聞こえよがしに口にしていたと証言が上がっている」
昔からあまり頭の良くない男だと思っていたが、本当に脳みそが空っぽかもしれない。
意地悪く吊り上がる婚約者の口元は今にも笑い出しそうだ。
「では証言した者をこちらへお連れください。私も商人の娘ですから信用を失うような真似は致しません。いつ、どこで、誰が、どのような陰口を聞いたのかハッキリさせなければ」
「そうでしょう?」と問い返せば婚約者の口元が引き攣った。
私はにっこり笑って追撃を加える。
「それに、もしも私がミレイア様を虐げるのならば、そんなつまらないことはしませんわ。我が家の商会に在籍する商人達にレイクドール男爵家と商売をせぬよう申し付ければ良いだけですもの」
それだけでレイクドール男爵家は生活必需品どころか紅茶や食料品の購入すら難しくなる。
我がルクレイト子爵家は元は平民で、ルクレイト商会という名で商いをしていた。現在は大商会となり傘下には小規模の商会を複数有し、個人商人も数多く在籍し、多くの国々に流通ルートを持った上で様々な品を扱う。それこそ王家に献上出来る高級品から平民が使う日用品まで多種多様だ。自国でも他国でもルクレイト大商会の名を聞かぬ国はないと謳われるほどだ。
生活に必要な物が全く手に入らなくなる様を想像したのか婚約者の顔色が悪くなる。
この世界では数は少ないが前世持ちがいる。公言していないが私もそうだ。前世と今世を合わせたら四十を越えるおばさんで、たかだか十数年甘やかされてい生きてきたお坊ちゃんになど怯む訳もない。
「ようやく本性を現したか。昔から貴様はどうにも信用ならないと思っていたが、こうも意地の悪い女だとはな」
いやいや、単に自分より頭の良い女が嫌いなだけでしょ。
「俺もサヴァーク・ハイネン=ドレイクの名において貴様との婚約を破棄する!」
しかも救いようのないお馬鹿ときたものだ。
「本当によろしいのですか?」
「ああ、貴様と婚姻など結んだら裏で何をされるか分かったものではない!」
「しかと承りました。では婚約破棄に対する賠償金の支払い並びに婚約時よりドレイク伯爵家にお渡ししていた結婚準備金の返金、ルクレイト大商会で借り上げている借金の返済額とそれら全ての支払い期限について後ほど書類をお送り致しますので、ご家族でよく話し合ってくださいまし」
「…………は?」
思った通り、この婚約者は何もしらないらしい。
前ドレイク伯爵は堅実な方であったが今のドレイク伯爵、つまりこの婚約者の両親は金遣いが荒く、家計は常に火の車状態で困りに困った末、下手な貴族より金のある我がルクレイト子爵家に名家の血筋をやる代わりに金銭を要求したのだ。要はサヴァークは金のために身売りされたようなもので、家の事情を知っていれば、まかり間違っても婚約破棄など言えるはずもない。
家のためと考えて我慢していたが、コブ付き不良品が自ら離れてくれるなんてありがたい。
「メイルリーデさん、話が逸れておりますわよ」
「そうでございました。私情を持ち出してしまい申し訳ありません」
シェリー様に言われて我に返る。
殿下の私を見る目が先程よりも冷たいが、元から私も殿下に好意など微塵もないため痛くも痒くもない。
「そもそも、もしわたくしがミレイア様を虐げたとして何が悪いのでしょうか?」
私達の様子を見て気分が落ち着いたらしいシェリー様が、殿下を真っ直ぐに見据えて問う。
「認めるのだな?」
「いいえ、違いますわ。ですが殿下もこの国の身分制度をご存知のはず。例え公爵家が男爵家を虐げたとしても罪には問われません。この場合は公爵家の婚約者を誘惑する不届き者として、ミレイア様とその御実家に非があると判断されましてよ」
そう、身分の差が厳しい貴族社会において公爵家が下位の貴族を冷遇しても罪にはならない。ましてや婚約者がいる男ばかりに粉をかけるような女は貴族の常識では、はしたないとされ、どれほど美しくとも嫌がられる。ミレイア嬢を天使か何かのように担ぎ上げているのは、外見と上辺の優しさにコロッと騙された男達だけだ。
「そんな、あんな酷いことをしたのに罪に問われないなんて! シェリーファ様、メイルリーデ様、何故自分の罪を認めてくださらないのですか?!」
少女特有の甲高い声で騒ぐミレイア嬢に、私もシェリー様も呆れてしまう。貴族の令嬢が声を荒げるのも、はしたないのだ。更に言えば人目を憚らず殿下の腕に抱き付いてるのもダメだし、制服のスカートを短くしてるのも足が出過ぎていてダメだ。
一目で貴族の教育が欠片も身に付いていないのがよく分かる。
「以前も申しましたけれど、ミレイア様、わたくしが口にした言葉は全て貴族令嬢としての忠告ですわ。婚約者のいる殿方と二人きりにならない、体を密着させてはならない、廊下を走ったり大声を上げたりしてはならない―—……これらは令嬢の常識ですのよ?」
後半に至っては子供への注意みたいな内容だ。
私も参戦してしまおう。
「それに貴族としての教育が身に付いていないのは、ミレイア様が覚えられないからか、もしくはレイクドール男爵がご自分の子供への教育を怠ったのでしょうか?」
頬に手を当ててワザと困惑して見せる。
「お義父様は良くしてくれているわ! わたしが元平民だからって馬鹿にしないで!」
「私も平民の血筋ですから貴女を馬鹿になどしません。ただ、学園には平民の方も多く在籍しておりますけれど、その方々も入学後から礼儀作法をきちんと学んで実践されていらっしゃるものですから……」
言葉を濁したが、こちらの言い分は伝わったようで、ミレイア嬢は羞恥か怒りで顔を赤くして俯いた。
それを見た殿下がミレイア嬢を庇うように立つ。
「彼女を笑い者にするのは止めよ!」
それを殿下が言うか。
「それを貴方様おっしゃるのですか? わたくし達を晒し者にしていらっしゃる殿下が」
心の声がシェリーファ様と被った。
自分達の行いについて突き返された殿下の顔もサッと朱に染まる。
「〜っ、不敬だぞ! おい、そこの無礼者達を引っ捕らえて牢へ入れろ! 罪を認めれば罰も軽くしてやったものを、王子たる私を侮辱するとは許しがたい!」
声を荒げる殿下の命令に学園の警備を担う騎士達も戸惑いを隠せない。
この騎士達は学園の平穏を守るため、貴族の令息を守護するために存在するのであり、理事を務める王弟殿下の定めた学園の法に則って行動する。
だからこそ、一連の流れを見ていた騎士達は誰も動かなかった。
しかし何事にも例外というものがある。
「父上の代わりに僕が許可する。そこの者達を捕らえろ」
王弟殿下の御子息がそう告げた。
それには流石の騎士達も息を呑む。
シェリーファ様が小さく溜め息を吐き、席を立つ。
「メイルリーデさん、ごめんなさいね」
申し訳なさそうにシェリーファ様に謝罪され、私は思わず彼女へ駆け寄った。
触れた手はまだ震えていて、白い肌は血の気を失くしていた。
「謝らないでくださいまし。むしろ、ここでシェリー様に切り捨てられたら、私は悲しみのあまり死んでしまうかもしれません」
「……ありがとう」
ああ、私に感謝の言葉をくださるなんて、これ以上の喜びはないだろう。
繋がる手を握り返してくれたシェリーファ様が強い眼差しで言葉を紡ぐ。
「王族のご命令とあらば従いましょう。しかし、わたくしとメイルリーデに無体を働く不埒者はミュラディエット公爵家が許さぬと知りなさい」
本当にお優しい方だ。初めて声をかけられたあの時から変わらない。
「姉上、次期公爵家当主としてその言葉は認められません」
シェリーファ様の弟君が口を挟んだ。
どうしてミレイア嬢の周りはこんな男ばかり集まるのか。
「わたくしの言葉を認めるか否かを決めるのは現当主のお父様のみ。貴方が認める必要はなくってよ」
そこで初めて、シェリーファ様が見下すように嗤った。
彼女は弟を切り捨てる覚悟をしたのだろう。
「僭越ながら、シェリーファ様と私に許可なく触れた者は我がルクレイト子爵家—―……いいえ、ルクレイト大商会を敵に回す覚悟をなさるよう申し上げます」
私とシェリーファ様が抵抗しなかったことと、先の宣言のお陰もあり、騎士達は私達を城の牢へ移送する間で非常に神経を擦り減らしたみたいだが、最後まで紳士的な対応だったことは述べておこう。
さあ、ここからが私の腕の見せ所。受けたご恩を今こそお返し致しましょう。