夢は現か、現が夢か。
最近変な夢を見るので載せます。
私的には悲しみも恐怖もない、淡々とした夢でした。
酷く古びた石造りの教会、その廊下に私はいた。
廊下の広さは両手を広げて少し足りないくらいだろうか。両脇に木で出来たベンチが並んでいる。
右手のベンチにはブラウン色のキャスケット帽子を被り、白い髭を蓄えた老人が俯き加減で座っていた。ここまで歩くために使っていたであろう、黒い杖がベンチに寄り掛からせてある。傍らに小さな犬も。
その老人の背に斜めの格子状に硝子が細かくはめ込まれた窓があった。
少し透明度の悪いそこを覗き込めば、向こう側に多数の人影が見えた。
長椅子に腰掛けている彼らは一心に正面にある十字架へ祈りを捧げている。
私はそれを横から眺める格好で覗いていた。
どこからともなくスカボロ・フェアの静かな合唱が聞こえて来た。
美しいパイプオルガンの音に、ともすれば聞き逃してしまいそうな囁き声の歌がする。
しかし廊下は前も後ろも固く扉は閉ざされている。
私はここから出ることは出来ない。
この世界は全てが紫色一色である。老人も、祈りの人々も身動き一つしない。
老人の傍らに横たわる犬は生きてはいなかった。
* * * * *
あるところに海上輸送で生計を立てる夫婦がいた。
私は孤児の一人として、彼らに引き取られて養子となった。
だが本当のところは私は暗殺者であった。
理由はとかく知らぬが夫婦の仕事に何か不都合なことがあったのだろう。
本来であれば養子となったその日のうちに殺す予定だった。
けれども夫婦の優しさに私は不覚にも喜びを知ってしまった。
だから時折訪れる元同胞達をこっそり返り討ちにする。
一人目は首の骨を折った。二人目は背骨を折った。
三人目は殴り殺した。四人目は溺死させた。
このままでは埒が明かないと夫婦の下を去ることにした。
向かう先は自分の元飼い主。
生きて帰ることは叶わぬだろう。
ボディーガードを殺した。絞殺し、溺死させる。
飼い主を殺すこと自体はあっけない。
上から命令するだけの何の力もない男だった。
しかしボディーガード達は強く、私は負傷し、海へ落ちた。
これで死んでも私は全く以って本望であった。
目を覚ますとあの夫婦が傍にいた。
私は負傷が酷く、右足と右目を失うことになった。
それでも夫婦は私を自分達の子だと言ってくれた。
これから私はこの二人の子供になるのだ。
そう思うと、ないはずの右目から雫が零れ落ちた。
* * * * *
我が家にいる。家内は真っ暗だ。
どうしてか私は非常に眠く、足取りも覚束無い。
時折ふっと意識が抜けかけて膝がかくんと落ちそうになる。
それでも何故だか部屋を一つ一つ見て回っていた。
いつもならば誰かしら家族がいるはずであった。
けれど、どこを見ても誰も見当たらない。
見当たらないのに私はまた最初から部屋を見て回る。
ぐるぐる、ぐるぐる、永遠に回り続けている。
これが夢か現実なのか私には分からない。
* * * * *
真っ暗な深い森に立ち入った。
しばらく進むと足元が全く見えなくなり、仕方なく引き返す。
歩くたびに草はがさごそいうし、遠くで何かの獣の遠吠えもする。
翌朝、森の外に一つ、死体があった。
どういうわけか、それは自分が殺した死体だと自覚があった。
その死体を引き摺って大きな寺へ行った。
モアイのような顔を幾つも重ねたトーテムポールのようなものを掘る。
沢山あるそれと共に死体を焼いた。骨が残った。
どこからともなくやって来た僧が骨を丁寧に拾い、真っ黒な壷へ納めた。
壷は寺の御釈迦様が安置されている部屋へ持っていかれた。
御釈迦様を囲むように同じ壷が置かれており、死体の骨はその一つとなった。
中には古過ぎて割れた壷もある。
それからは真っ黒になった骨がいくつか覗いていた。
僧は御釈迦様の前へすすすと進み、音もなく座り込んだ。
老齢さを感じさせない真っ直ぐな背筋で経を唱え始める。
私はその斜め後ろに座って、ただじっと経が終わるのを待っていた。
これが終わったら死のうと思った。
経は日が沈み、月が出て、月が沈み、日が昇っても途絶えることはない。
これが終わる頃には私は風化してしまうのだろうか。
朗々とした経は続いている。
僧の手元にある経の巻物は終わりと始まりが繋がっていた。