ロディルオレキオスという悪魔
ぽたり、手にしたナイフから雫が落ちて地面に紅い跡を残す。
人気もなく薄暗い歩道橋の真ん中でわたしは立ち尽くしていた。
目の前には倒れて動かない細身の男が一人、その体の下からナイフに滴るものと同じ紅が地面にじんわり広がっていく。ぴくりとも動かないのはもう死んでいるからだろう。
それをぼんやり見下ろしながら思う。
…わたしはわるくない。急におそって来たのは向こうだし、抵抗したら男のもっていたナイフが男自身の腹部に誤って刺さってしまった訳で、わたしは正当防衛しただけである。
「あ、きゅうきゅうしゃ…けいさつ、よばなきゃ」
震える手で落とした鞄を取ろうとして気付く。手が真っ赤だ。
それを見た途端に恐怖が一気に駆け上がった。
…どうしようどうしようどうしよう、人を殺してしまった!人殺しになってしまった!!
もし今誰かが通ったら完全にわたしが悪いと勘違いされてしまうだろう。いくら人気がないといっても全く人が通らない道ではないし、歩道橋の下はずっと車が絶え間なく走っているから、運転していた誰かに見られたかもしれない。
未だ手に握ったままだったナイフが急に恐ろしくなって投げ捨てる。からんと乾いた音を立てて男の傍に落ちたが、やっぱり男は微塵も動かないまま、呼吸に伴う胸元の上下運動すら見られない。
「あ、あぁ…やだ、やだよ…」
わたし捕まるの?逮捕されて何もかもがなくなっちゃうの?
「助けてやろうか」
唐突に響いた男性の声にビクリと体が跳ねる。
慌てて周囲を見渡してみるけれど、誰も見当たらない。
「だ、だれ…?」
「俺だよ、俺。あんたが今刺し殺した男」
「え――…」
嘘だ、と思った瞬間、死んだはずの男がむっくり起き上がった。
悲鳴を上げてしまいそうになって、でもここで叫んで人が来たらと思うと咄嗟に出かけた声を呑み込む。血だらけだなんてどうでも良くなって両手で口許を押さえ込んだ。
起き上がった男は口から血を垂らしながらニヤリと笑う。
「い、いきて…」
「いんや、もうコレは死んでる。俺が勝手に動かしてるだけだ」
男は軽い口調で言って血の滲む腹部をぱんぱん叩いた。
何がどうなっているのか全く理解出来ずにいると、男が口を開く。
「なあ、お嬢ちゃん、人殺しになりたくないよな?」
ヒ ト ゴ ロ シ。
びくっと肩が跳ねると男の笑みが深まる。
「じゃあ俺と契約しよう」
「け、契約…?」
「そうさ、俺がこの男を消してやる代わりにお嬢ちゃんは俺について来る。簡単だろ?」
訳の分からない問いだった。
男は死んでいる。なのに動いて喋って、自分を消す代わりに自分について来いという。意味が分からないけれど、でも、この条件を飲まなければわたしは捕まってしまう。
血の気が引いて白くなっている手が差し出される。
「人殺しの道か俺の下へ来るか、選べ」
選ぶことの出来ない選択肢を突きつけられ、わたしは男の手をとった。
その死んだ男を操る者の名は――…
何故か唐突に浮かんだ序盤。
これ以上は続きません(苦笑)