またきて、しかく
あれから八年が経った。
高校を卒業して、大学にも通って、それなりに有名な企業に就職して。やっと異動先を希望出来るようになった。
君と離れ離れになった八年間、一日だって忘れたことはない。
毎朝五分かそこらの短い電話をして、眠る前に数通のメールを交わす。本気で会いに行こうと思えば行けない距離ではなかったけれど、君も頑張っていたから無理はしなかった。
ガタゴトと電車の揺れすらも懐かしい。
昔は見慣れていたはずの景色が窓を流れていく。電車内のアナウンスすら変わっていない。
目を閉じれば君の姿が瞼の裏に浮かぶ。最後まで笑顔だった君が見えなくなるのを、車の中から見つめたあの日。俺達の約束は破れ、新しい約束が交わされた春の日。
あれは別れではなかった。暫しの離れであって、俺達の時間はあの時から停まったまま、大人になってしまったんだ。
「待っててくれ、か…」
中学生のくせに何でかい口叩いてたんだか。
未来どころか一寸先も分からなかったあの頃、俺の言葉にそれでも君は頷いてくれた。満面の笑みで待ってると言った君を支えに、がむしゃらに進んだ八年は思い返してみると馬鹿みたいに長い日々だったかもしれない。
でも、それも今日で終わりだ。
両親を説得し、異動先の許可を得て、俺はやっと君に胸を張って会える。
そっとポケットの中に収まっている小さな箱を指先で撫でた。君に伝えたい言葉がある。渡したい物がある。
【次は××駅、××駅。お降りのお客様は――…】
アナウンスに顔を上げれば八年前より少し古くなった駅のホームが見える。滑り込むように電車が入り、扉が開く。
「…変わらないな」
記憶の中と同じホームに苦笑して階段を上がる。そこそこ人通りの多い改札を抜けて辺りを見回した。
その中で柱につけられた時刻表を見つめる小さな背中に視線が吸い寄せられる。
八年も会っていないのに、不思議と君だという確信があった。振り返った君が顔を上げ、俺を見て目を見開く。
「待たせてごめん」
「…謝らないでよ」
「うん、ごめん」
君は変わってないね、と笑う。俺も変わってないよ、と笑う。
ポケットから箱を取り出して君の手に握らせると、キョトンとした顔をした。そうして中を見た君は俺をパッと見る。
「もう待たせないから。だから、これからは一緒に居よう」
毎朝のモーニングコールも、夜中のおやすみメールもなくなるけど。代わりに毎日、毎晩、嫌になるくらい一緒にいよう。
君は箱を持ったまま「ばか…っ!」と俺をなじる。
それから、あの日よりもずっとずっと綺麗な笑顔に涙を滲ませながら頷いてくれた。
「破ったら針千本ね」
「それは痛そうだなぁ」
差し出した右手に重ねられる細い君の左手。
俺達の時間は八年経った今、ようやく動き出した。
さよなら、さんかくの続き。
これは多分二話で終わりです。