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Strange Love(4)

 



 保健室からグラウンドに戻って来た玲夜は、その過ぎる程に整った顔を珍しく不愉快そうに歪めていた。

 原因は言わずもがな、七佳の事である。好きな人を傷付けられて腹が立たない人間なんていないし、それを許せる程の聖人君子でもない。

 詰まる所、玲夜は怒っていた。

 だが女子達は運ばれた七佳を羨ましがったり大袈裟に痛がっているのではと言ったり、ともかく神経を逆撫でする言葉ばかり口にする。高い声はヒソヒソと声量を抑えていたが、反ってそれが(かん)に障った。

 表情らしい表情を見せない玲夜に女子生徒達も思う所があったのか次第に囁きも途絶える。広いグラウンド内から音が消え、サッカーをやっていたはずの男子生徒達まで恐々たる有様だった。


「おっ、お帰り王子!七佳は〜?」


 似つかわしくない明るい声で話しかけてくる強者(つわもの)を見て、玲夜は目許を少しだけ和らげ、その人物の名前を口にした。


麻岡(あさおか)さん、その呼び方はちょっと恥ずかしいな」


「今さらじゃん。って、私の名前知ってたんだー?」


 不思議そうに首を傾げる彼女に玲夜はやや困り気味に苦笑する。


「何時も北下さんと一緒にいるから」


「なるほどねー。で、七佳は?」


 ある意味、蔑ろな発言だったにも関わらず納得した様子で数度頷き、最初の問い掛けに戻った。

 玲夜が今まで出会った女子の中でも七佳とはまた違った珍しい対応である。敵意はないが、好意もない。一番近い単語を述べるなら‘無関心’だ。


「頭を打ったからしばらく休んだ方が良いって――――…構いませんよね、先生?」


 静かなグラウンドだから聞こえたはずだと体育教師に玲夜が振り向くと、少し歳のいった男性が詰まりながらも肯定の返事をする。


「そっか、なら心置きなく仇討ちできるね」


 良い笑顔で穏やかじゃない言葉を放つ目の前の人物を、流石の玲夜も思わずマジマジと見つめてしまった。そうしてその両手でわし掴みにされたボールから微かにギチギチと軋む音がすることに気付く。

 笑顔でいても内心彼女もかなり腹を立てているらしい。玲夜はニコリと微笑む。


「僕の分までお願い出来る?」


「チョコ千円分」


「いや、二千円分出すよ」


「毎度あり〜!」


 ニッと彼女も笑う。その後ろでボールを持った女子生徒達が顔を青くしていたが、玲夜の知ったことではない。

 女子のハンドボールが阿鼻叫喚の嵐となったのは言うまでもないことだった。






* * * * *






 ガサガサとビニール袋が擦れ合う音で不意に意識が浮上する。続いて誰かを注意する声が聞こえて、目が覚めた。


「あ、」


「おはー」


 変な組み合わせが枕元にいた。…頭打って、きっとありえない夢見てるんだあたし。もう一回寝直そうとすれば友人が手元の袋を漁る。

 ガサガサがさがさ…、


「うっさいわ!寝てる人間の枕元でガサガサすんな!!」


 袋に手を突っ込んでいた友人が目を瞬かせる。


「七佳起きてるじゃん」


「今さっき!その音で!!起きたんだけどね!!!」


「それより気分どーお?」


「人の話聞けよっ」


 相変わらずなマイペースさに、その手にあったビニール袋をぶん取った。中身は全部チョコレート製品の菓子ばかり。板チョコから始まりクッキーや菓子パン、一口チョコまである。

 どんだけ食べるつもりなの?!パッと顔を上げると友人は「あげないよ」と言う。


「いらないよ。ってか、見てるだけで胸やけしそう。何でこんな買ったの?」


「これは報酬。ちなみに商談相手は王子」


「…………何でアンタが?」


 友人の隣りに立つ王子を見る。妙に良い笑顔だ。


「ちょっとお願いをして、その御礼がこれ…かな?」


 待て、一体何を頼んだの王子?!どう見ても千円以上はかかってるって!!購買に売ってただろう、ありとあらゆるチョコレート味の物が詰め込まれた袋を抱える友人は随分機嫌が良さそうだ。

 ベッドから起き上がると王子が下に入れてあった上履きを出してくれる。それを履こうとしたら膝を付いた王子に足首を触られたので思わずその手を蹴ってしまったが、多分あたしは悪くない。

 自分で上履きを履いて顔を上げれば王子が寂しそうな表情をしていた。


「惜しいなぁ…」


 至極残念そうな声音に鳥肌が立つ。こいつ、マジで変態だ。蹴って正解である。


「でも今日はもう触ったし良いか」


「…………」


「冗談だよ。その目はさすがに傷付くなぁ」


 変態過ぎる発言に白い目を向けると王子は眉を下げたが、傷付いている風には欠片も見えない。

 こいつのいくつか妙な方向にひん曲がってる頭のネジを誰か矯正して。でないとあたしの精神衛生上大変よろしくないのだ。

 王子から距離を取りつつ時計へ目を向ければ、もう放課後だった。苦手な数学の授業は出来れば休みたくなかったなぁ。次の授業が分からなくなるし。

 ………あ、お昼も食べ損ねた。

 いったん自覚するとお腹が空いたような気がして、溜め息が漏れる。この時間じゃ購買は閉まってるから諦めて家に帰ろう。

 ベッドの脇に置いてあった自分の鞄を掴もうとしたのに手は空を切った。

 顔を上げると王子の手にはあたしのスクールバッグがあって、もう片手には多分王子自身のだろうスクールバッグと小さなビニール袋が持たれている。こうもビニール袋が似合わない人はいないだろう。


「返して」


 手を差し出すとなんでかビニール袋を渡される。

 なんなんだ。一応手の中の袋を覗き込む。


「お昼食べてないからお腹空いてるんじゃないかと思って買ってきておいたんだよ。食べられそうなら、食べてから帰ろう。家まで送ってくから」


 袋の中にはコーヒー牛乳とチョコチップメロンパンで、どちらもあたしの大好物だ。…って、なんでアンタがあたしの好きな物知ってるの?!しかも重要なことを最後にサラっと言ったよね?!


「一人で帰れるし」


「ダメ、途中気分悪くなったりしたらどうするの?ボールとは言え頭を打ったんだよ?それにもう暗くなって来てる。最近不審者も出てるみたいだし女の子の一人歩きは危ないよ」


「そしたらバッグで顔面ぶん殴って急所蹴り飛ばしてやる」


「勇ましいね」


 でもダメだから。ハッキリ言い切られ、バッグを人質にされてしまってはどうしようもない。

 仕方なくチョコ菓子を食べる友人の隣りに座ってあたしもメロンパンにかじり付いた。



 

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