Strange Love(3)
ボールが飛んでくる。それも一回や二回とかいう可愛さではない。あたし経由で全員にボールが行き渡る、みたいな。とにかく投げても返ってくるボールに心が折れそう。
女子はよりによってハンドボールだった。ゴールキーパーをやらされなかっただけ、まだマシだけど、でもやっぱりこのボールはパスとかじゃなくて絶対的にあたしに対する当て付けじゃなかろうか。
「もーらいっ」
運動神経抜群な友人がいなかったら、今頃ボールで打ち身だらけだったと思う。
それはそれは生き生きと、そして軽やかにあたしへ飛んで来たボールを掴んだ友人はまさに水を得た魚のようだ。チョコレート五百円でこの鉄壁の守りって、どんだけ甘いもの好きなの。まぁ、助かるけどさぁ。
友人の手から放たれるボールは速過ぎて若干風を切っている。誰も受け止められないから、それは綺麗に相手チームのゴールへ入った。ゴールキーパーも必死で避けるくらいの剛速球らしい。
「加減したら?」
相手チームは友人がボールを持つと蜘蛛の子を散らすみたいに逃げて行く。ボールを取ろうとか、ガードしようとか考えてすらない。
「やだ、楽しいもん」
「一応聞いておくけど、どの辺りが?」
「みんなが逃げる姿が?」
鬼だ、鬼がいる。可愛く首を傾げても言ってる内容がちょっと黒いよ、キミ。思わず半歩引いてしまった。
笛が鳴って試合が終わる。言わずもがな、あたし達のチームの圧勝だった。友人はまだ動き足りない様子で欠員している他のチームに売り込みに行ってしまった。
全く、なんであんなに健康優良児なんだろう。
他のチームに入って休む間もなくコートへ戻って行く友人に手を振れば、心底楽しげに「応援よろしく!」と返される。あたしにも休む時間をくれ。体力無いの知ってるでしょーが。
男子はサッカーだそうだ。視線を動かすと隣りではボールを追いかけて走る男子達。和気藹々とした様子が羨ましい。噂通り王子は運動も完璧なようで、数人いた相手ディフェンスを華麗に抜いて行く。
ぼんやり眺めていたらゴールにボールを蹴り入れた王子が振り向き、あたしに気付くと軽く手を振ってきた。……本当止めて、女子の視線が痛いから。多分今のあたしの顔は引き攣ってるな。
そのまま女子の方へ顔を戻そうとした瞬間、ゴッと側頭部に衝撃が走った。倒れなかったけれど踏鞴を踏んでしまう。
「七佳!大丈夫?!」
そのまま蹲ったあたしに慌てた声と足音が近付いてきた。
「あー…、大丈夫。かなり痛いけど」
「ホントに?」
「うん、平気ヘーキ」
まだ痛みが少し残る側頭部を手で撫でる。ボールに付いていたのか、髪にまで土が付いてしまっていた。それを払おうとしたら別の手が労るように髪を払ってくれた。
友人の手かと思い顔を上げた先には、予想を裏切って王子が立っていた。友人はあたしの隣り。
「な、なんであんたが…っ」
「何でって、好きな子が怪我したら誰だって心配するよ。大丈夫?酷い事する女子もいるんだね」
いつもニコニコ笑っている王子が珍しく眉を顰め、手が差し出される。ちょっと考えた後にその手を掴んで立ち上がった。
でも立ち眩みで一瞬クラリと体が傾ぐ。友人と王子が支えてくれたので転んだりはしなかったが、ボールの当たった場所が脈打っているような感覚がする。
「ちょっとごめん」
「え?――…うわっ?!」
一言何か言ったかと思うと、足が浮いて、王子の顔が急に近くなる。女子の悲鳴みたいなのや、ざわめきが聞こえた。――…え、ぇえええっ?!ちょ、これ姫抱き?!!
「やっぱり保健室に連れて行くよ」
「うん、よろしく。安心して七佳、仇は取っておくから!」
いや、仇って何?!確かにボールぶつけられたけど、あんたが言うと相手の子の方が可哀相に思えてくるから!!……って先生にも許可取ってない!!
色々頭の中がぐちゃぐちゃになって、ハッと我に返った頃にはグラウンドから離れていた。
「いい加減下ろして…!」
「あんまり暴れると落としちゃうかも」
「!?」
「そんな事しないけどね」
ぐぁああっ、なんなのコイツ?!罵倒してやろうと睨み上げたのに、言葉が出なかった。
…何て顔してんの。普段は余裕たっぷりの美形面が、今はへにゃりと眉が下がって頼りなさげだ。顔が良いだけに悲しそうな表情が地味に良心をチクチク刺してくる。
「お願いだから、保健室まで運ばれてよ」
「……わかった」
「ありがとう」
心底ホッとした様子の王子にあたしは内心で戸惑ってしまった。調子狂うなぁ。
静かな校内を運ばれて保健室へ向かう。扉を足で開けたのが意外だった。中にいた先生が驚いた顔をする。
「すみません、彼女の頭にボールが当たってしまったんですが…」
「あらあら、見せてもらってもいいかしら?」
「はい」
王子に椅子へ下ろしてもらい、ボールがぶつかった側頭部を見せる。やや年のいった保健室の先生は少し髪を退けてあたしの頭を見、触った。
「切れてないけれど、たんこぶが出来ちゃってるわねぇ。冷やしましょうか」
冷凍庫から保冷剤を取り出し、タオルで包んで渡される。それを側頭部に当てれば、じんわりと心地好い冷たさが広がった。知らず知らずの内に溜め息が漏れてしまう。
「頭だし、少し休んでいきなさい。先生には…」
「あ、僕が伝えておきます」
「そう?じゃあよろしくね」
「はい」
先生の言葉に頷き、王子は保健室を出て行った。あっさり引き下がった姿が微妙に気になるが、先生に促されてベッドへ横になる。
柔らかなシーツに寝転がれば不思議と眠気がやってきて、あたしはそのまま眠ってしまった。