Strange Love(2)
「北下さん教科書貸して」
何を思ったのか、あの告白騒動の翌日から王子はあたしに付き纏うようになった。休み時間の度にいちいち離れた教室まで来ては理由をつけて声をかけてくる。大概は他の女子達が挙って自分の物を渡そうとするので、嬉しいことにあたし一度も王子に物を貸したことがない。
廊下の窓からやや身を乗り出してよく通る声で名前を呼ぶ王子を見ないように明後日の方向へ顔を向ける。
「断固拒否する、帰れ!」
「こんなに愛してるのに、どうして僕の気持ちは北下さんに届かないんだろうね」
「それはあんたが残念イケメン変態野郎だからじゃないの?」
「酷いなぁ。僕は見た目じゃなくて、北下さんの中身が好きなのに」
それは‘中身’がでしょ。普通、中身っていうのは性格のことで、あんたはまさしく体の中身である骨格が好きなだけじゃないか。周りでキャーキャー言ってる子達には悪いけど「君の骨格が好きだから付き合って」と言われてトキめく女子はいないと思う。少なくともあたしはトキめかない。
お得意の爽やかスマイルが逆にイラッとくる。美形を見て腹が立ったのは初めてだ。
「あの玲夜君、これ良かったら使って…?」
同じ女子のあたしから見ても超絶可愛い女の子が王子に教科書を差し出す。ちょっと上目遣いで小柄で女の子らしい。
ぶっちゃけあたしは女子の中でも結構長身だし、遺伝なのか肩幅があってわりと体格がしっかりしてる。声も高くない。顔だって平凡、成績は頭から数えた方が少し早いけど運動神経は並。
「ありがとう。でも僕は北下さんから借りたいんだ。ごめんね。」
なのに、この王子は可愛い可愛い女子の教科書を断った。こら、あたしの名前を出すな!思わず振り向くと俯いた女子にキッと睨まれるが、悪いのはあたしじゃないはずだ。王子は窓枠に肘をついて「教科書貸して?」と少し小首を傾げながら言う。
「絶対イヤ」
「そっか。残念だな、北下さんと仲良くなれるチャンスだと思ったのに」
……あんた、本音駄々漏れなんですけど。
ニコニコしながらまたね、なんて手を振って颯爽と教室から去っていく王子。残念そうな女子の声に溜め息が出てしまう。
「お疲れ〜」
「…そう思うなら助けてよ…」
棒状の焼き菓子がチョコレートでコーティングされた国民的人気のある某菓子をポキポキ食べる友人をジロリと見る。恋愛に興味のない彼女らしく平然とした顔で菓子を咀嚼して飲み込んだ。
「ってかさ、なんでフったの?カッコイイし成績良いし、それなりに金持ちで将来有望の超優良物件なのに」
友人の言葉にあたしは某菓子に伸ばしかけていた手を止める。正論だ。確かに王子は優良物件だろう。……傍からみたら、だが。
「あの時、聞いてたでしょ?‘君の骨格が好きだから付き合って’って言われて、あんたソイツと付き合う?しかも墓まで一緒とか重いっての」
「あははははっ!アレは確かにちょっとね〜」
「絶対ない」
「うん、ないねー」
なら何故笑うし。めちゃくちゃ可笑しそうな表情の友人が袋から、また菓子を食べる。あ、結局菓子食べ損ねた。空っぽの袋を箱に戻して友人が投げる。それは綺麗な放物線を描いてゴミ箱に入った。
「ナイス」
「イエーイ!」
相変わらず絶妙な運動神経に賞賛すればピースが返ってくる。
ガラリと扉の開く音がして生物の教師が入ってきた。友人が慌てて前を向いて生物の教科書やらノートやらを取り出す姿を見つつ、あたしは号令に立ち上がる。
とりあえず授業中は王子も来ないので、勉強はそんなに好きではないけれど平和な時間をのんびり過ごすとしよう。着席しながらノートを開き、前回の黒板の写しが書かれたページに目を落とす。
今日の生物はDNAについてだった。
* * * * *
「―――…え?」
更衣室で体操着に着替えている途中、聞き捨てならない言葉が友人の口から飛び出した。腕だけを体操着に通したまま固まるあたしに友人が呆れた顔でもう一度言う。
「黒板に貼ってあった紙見なかったの?今日の体育、D組と合同だってさ」
「ちょ、ちょっと待て!D組って確か…」
「うん、王子がいるクラス。ってか服着なよ七佳」
「あ、うん」
ツッコまれて体操着をきっちり着込む。初夏だし暑いからジャージは必要ないだろう。……って、現実逃避するなあたし。
まさか王子のいるクラスと合同体育だなんて考えもしなかった。そういえば月に何回か他クラスと合同でやる日があったっけ。完全に忘れてた。バタンとロッカーを閉める。嫌だ、行きたくない。しかし運動好きな友人は「さ、行くぞー!」と上機嫌にあたしの手を掴んで連行していく。
グラウンドには既にかなりの人数がいた。他クラスとあたしのクラスの人々が入り混じってる。この中に王子がいると思うと果てしなく憂鬱な気分になってしまう。唯一救いなのは男女で行う種目が違うことだ。もしも一緒だったらとは思うまい。考えただけでゾッとする。
鳥肌が立ちかけた腕を摩りながら友人を見た。
「いざとなったら助けてクダサイ」
「チョコレート五百円分ね」
「よし任せた」
「よし任された!」
嬉しそうに笑う友人に溜め息がまた漏れる。甘味に釣られるのもどうかと思うが、若干面白がってる節のある友人に肩が落ちた。
お願いだから本当に助けて。グサグサ背中に突き刺さる視線に気付かないふりをしてクラスごとの列にあたし達は混じることにした。