さぁ、お手を拝借!(8)
段々近付いてくる姿に思わず唇を噛み締めた。馬に文句を言うわけじゃないけど、お願いだからもう少しだけ早く歩いて。一秒でも早くクレイさんに会いたいよ。
やっと顔が分かるくらいまで近付いてきて、わたしはビックリした。
だって、クレイさん、あの顔半分を覆っていた布をつけてないんだもん。人種独特の浅黒い肌にちょっと痛そうな引き攣れた傷痕が目立つ。顔が整ってるからよけいにそう思うのかも。
「お帰り。よく戻ったな」
いつの間にかおじさんがわたしの隣りにいて、クレイさん達に声をかける。
ひょいと軽い動きで馬からクレイさんが降り立つ。
「……ご迷惑、おかけします」
「何、迷惑だと思ったことなど一度もありはしなかったよ」
おじさんの言葉にクレイさんだけでなく、他に一緒に来た人達も頭を下げた。
話はよく分からないけど、クレイさんは帰ってきた。約束を守ってくれた。それだけが一番嬉しい。
「お帰りなさい、クレイモアさん!」
駆けて行って抱きつきながら言えば、すごくビックリしたような顔をされた。それからフッと優しい笑顔になる。
「父上に聞いたのか」
「うん、剣の名前だって」
「…その名に恥じぬよう、常に努力していた」
そっか。だからクレイさんの手ってタコの跡とかがあって、皮膚が固かったんだ。
でもこの手が一番好き!ギュッと手を握ったら、そのまま引き上げられて小さな子供みたいに片腕で抱えられちゃった。
恥ずかしいけどクレイさんの手が優しく頬に触れるから、手が大好きなわたしは逃げられないよ!
「あ!指輪返すね!」
親指でくるくる回って大変だった指輪。外して渡せば苦笑して受け取ってもらえた。
「ありがとう」
細いスラリとしたクレイさん指が懐から何かを取り出して、それをわたしの左手の薬指に通した。
クレイさんが貸してくれていた物にそっくりな、だけどわたしの指にサイズがピッタリの指輪だった。
えっ、薬指って……ぇえ?!慌てるわたしにクレイさんは笑う。
「これからは、それを付けていて欲しい」
「でも、これって…!」
「…私は大切な者を守るためだけの剣でいたい」
「ずっと、君を守らせてくれ…リリー」そう優しく言われて断れるわけがないでしょ!
クレイさんの手はわたし大好きだし、クレイさんだって好きだもん。
…でもこんなのって反則だよ!!
エメラルドグリーンの甘い瞳で見つめてくるクレイさんにわたしは抱き着いた。
「じゃあクレイさんの心も体も…その手もわたしにちょうだいね!」
「そんなものなら、幾らでも」
「なら、代わりにわたしの全部もクレイさんにあげる!」
ニッコリ笑うと蕩けるような笑顔のクレイさんがわたしの左手薬指にある指輪にキスをしてきた。触れるだけの、でも、とっても神聖な誓いのキス。
クレイさん、クレイモア
わたしの大好きな剣の人
わたしは手が好きだけど
クレイさんの手だけはね
離していたくないんだよ
だから絶対離さないでね
さぁ、あなたとお手を拝借!
――――→END!
リリーとクレイモアの短いお話を楽しんでいただけましたか?
多分その後はリリーの実年齢が分かり、めでたく田舎で結婚して幸せになるかと思われます。
ちなみにおじさんは元国王、クレイモアは第三王子で顔の傷は昔暗殺されそうになった時の傷。
結局クレイモアは王宮が嫌で息抜きに来た父の下でリリーに出会い、自分を受け入れ慕ってくれる彼女と一緒にいたいと王位継承権を捨てて帰ってきてしまったわけです(笑)
恐らくリリーはかなり後になってからこの話を聞きます。
その辺りはもう書きませんが、ここまで読んでくださりありがとうございました。