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さぁ、お手を拝借!(7)

 



 食堂にもいない。中庭にもいない。お部屋にも、どこにもクレイさんはいない。当たり前だよね、だって出掛けていったんだもん。…でも寂しいよ。

 寂しくて仕方ないからクレイさんと手がよく似たおじさんのところに行くと、苦笑して抱き締めてくれた。それから足元にカーペットに座って、おじさんの膝に頭と腕を乗せていれば、おじさんがわたしの右手を見て「おやおや、」と呟く。


「それはクレイがリリーにくれたのかい?」


「うん。帰ってくるから、それまで預かってるの」


「…そうか。大切にするんだよ」


「うん」


 優しく頭を撫でてくれる手が好き。でもクレイさんの手はもっともっと好き。ちょっと皮膚が硬くて、かさかさした指先が時々髪に引っかかるの。だけど全然嫌じゃない。慣れてないんだなって分かるくらいぎこちなく、そっと頭を撫でてくれるその優しさがこもった手が好き。

 よく見ると薄っすら怪我の跡があったり、爪が欠けたりしていたけど、それでもわたしには一番素敵な手の持ち主がクレイさん。

 往復だけで一週間近くかかるから、最低一週間は会えない。きちんと行ってらっしゃいくらい言いたかったなぁ。クレイさんの意地悪!

 くるくる親指の指輪を回していたらふと指輪の内側に何か書いてあるのが見えた。

 …なんだろ?文字、だよね?読めないけど。

 指輪を外してジッと内側を見ていたら、おじさんの笑う声がする。見上げる目を細めて笑っていた。懐かしそうで、だけど少し悲しそうに、眩しい物を見るみたいにおじさんは指輪を見てた。


「その文字が気になるのかい?」


ズバリ当てられてわたしは頷いた。


「うん、なんて書いてあるの?」


 おじさんが貸しなさいという風に手を出してきたので、そこにそっと乗せる。指輪をしばらくジッと見た後に返してくれた。とても大切な物を扱うみたいな手付きだ。


「――クレイモア。そう書いてあるんだよ、リリー」


「クレイモア?剣の名前みたいだね」


「そう。剣の名前だ。息子の…クレイの名前だよ」


 言われた言葉にビックリしてしまった。クレイさんの名前はクレイモアっていうんだ?!

 渡された指輪の裏に彫られた文字をまじまじと見てしまう。クレイモア、クレイモア…。剣の名前だって聞いたからかな。強くて折れない、そんなイメージが浮かんだ。


「どうして剣の名前にしたの?」


 不思議に思っておじさんに聞くと「そうだね…」と遠くを見るような目で窓の外へ目を向けちゃった。


「大切な人を守れる強さ、剣のように真っ直ぐな性根、決して物事を諦めない忍耐強さ。そういったものを持つ子に育って欲しかったのかもしれないね」


「それは欲張りだよ、おじさん」


「そうかな?」


「そうだよ。欲張り過ぎて、クレイさん自身のことがなんにもないよ。皆のことを守って、我慢して。それじゃあクレイさんは誰が守ってあげるの?クレイさんはいつまで我慢しないといけないの?…きっと疲れちゃうよ」


 だからいつもクレイさんの手って硬かったんだ。剣も持ってるし、わたしが知らないところで沢山頑張って沢山無理して。タコが出来た跡とかもあったもん。

 だけど頑張りすぎたからクレイさんは顔に怪我をしちゃったんだと思う。皆のことばかりで自分のことが後回しになっちゃったんだね。それは悲しいな。


「……そうだね。そうだねぇ、リリー…」


「? おじさん?どうしたの?」


 見上げてみるとおじさんの目から涙がこぼれてきた。ビックリして、あわててハンカチで拭くけど、おじさんの涙は止まらなくて。なんでかギュッと抱き締められた。抱き締められるのは好き。あったかくて、優しくて、ほっとするから。

 おじさんもほっとすれば、きっと泣き止むよね。おじさんの背中に手を回して擦ると肩の辺りが少し冷たくなった。大丈夫、見てないからおじさんも泣いていいよ。






* * * * *






 クレイさん達が出掛けてから、もうすぐ一月が経っちゃう。

 わたしは相変わらずおじさんと少年と三人で畑仕事をしたり、一人で遊んだりしてる。でも、ほとんどはおじさんと一緒にいてお屋敷のバルコニーから遠くまで伸びる道をずっと眺めてた。

 今日は帰ってくるかな。明日は帰ってくるよね。そうやって二人でクレイさん達を待つの。一人だったら寂しいけど、二人なら寂しくないもん。

 …なんて、嘘。本当はすごく寂しい。会いたくて会いたくて仕方ないよ。

 だけどおじさんが「クレイは今頑張っているから、リリーも頑張って待ちなさい」って言うから、王都に行きたい気持ちを我慢して一緒に待つ。おじさん一人だけになったら寂しいしね。

 それで、クレイさんが帰ってきたら一番最初に名前を呼ぼうって決めてるの。クレイさんじゃなくて‘クレイモア’って本当の名前。驚かせてやるんだから!


「……あぁ、リリー」


 クッキーを食べていたらおじさんがわたしの名前を呼んだ。嬉しそうな声に、わたしも嬉しくなる。口の中にクッキーを押し込んで顔を上げると道のずっと先に見慣れた服装の人たちがいて、こっちへ向かってくる。

 …帰ってきた!クレイさん達が帰ってきたんだ!!

「先に行きなさい」って促されてわたしはすぐにバルコニーから屋敷の中を抜けて玄関に向かう。途中使用人の人に怒られたけど、今は謝ってる時間も惜しいの。ごめんなさい。

 バッと玄関を押し開く。まだ姿は遠くに小さくしか見えない。だけど確証があった。


 あれは絶対クレイさんたちだ。



 

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