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さぁ、お手を拝借!(6)

 



 あの雨の日から、クレイさんは時々わたしの部屋に遊びにきてくれるようになった。お手て、お手て!手を触っても困惑した顔はしなくなったし、わたしが手を見てても何も言わずに待っていてくれる。もしかしてクレイさんも手の魅力に気が付いたとか?!…それはないかー。

 でも前と違ってわたしがいても肩に力が入ってないから多分緊張はしてないんだと思う。相変らず顔に布を付けてるけどクレイさんが隠したいなら、それはそれでいいんじゃないかな。顔全体が見えなくても目が見えるから大体表情は分かるもん。目は口ほどにものを言うってね。


「そーいえば、クレイさんっておじさんに何か用があったの?」


 クレイさんの部屋で美味しいクッキーを食べながら何となく思い出したことを聞いてみた。最初の日になんだかすごく難しい雰囲気で皆で話してたし、やっぱりなにか大事なのかな?

 わたしの質問にクレイさんは首を振った。そっか。おじさんの息子さんだもん、理由がなくたって会いたい時くらいあるよね。わたしなんか二十四時間クレイさんと一緒にいたいよ!

 二人でのんびりお茶を楽しんでたら扉がノックされる。……む、この続けて三回ノックするやり方は…。思わずソファーの後ろに隠れると不思議そうにしながらクレイさんが「入れ、」って言う。入ってきたのは予想通りクレイさんと一緒に来た人の一人。未だに紹介されないから名前も覚えてない。


「失礼します。三日後の事について…っと、」


 扉を開けて、何か言いながらクレイさんの傍に来て、ソファーの後ろにいたわたしに気が付いた。一度目を丸くした後に呆れたように溜め息を吐かれる。失礼な!唸ったわたしの頭をクレイさんが撫でてくれる。うん、クレイさんは優しいなぁ。爪の垢煎じて飲ませればいいよ!


「また来てたんですか」


「うるさい!わたしの勝手でしょ!」


「はいはい、そうですね」


 この人、絶対わたしのこと馬鹿にしてる!どーせあんまり好きじゃない手だし噛み付いてやろーか!臨戦態勢に入ろうとしたらクレイさんがその人に注意してくれた。


「……止めろ」


 その人は肩を竦めるだけで反省した様子はなかった。海よりも深くふかーく反省すべきだ!クレイさんはこんなに優しくて良い人なのに、どうして一緒にいるこの人は優しくないんだろう。足して二で割らないとダメなのか。

 ソファーに戻ってクッキーに手をつけ直す。美味しいものを食べると機嫌が直っちゃうって不思議だよね。魔法みたい。


「それで三日後のことですが、本当に戻られるおつもりですか?」


 三日後に何かあるの?クレイさんは聞かれた言葉にちょっと眉を顰めたけど頷いた。どこかに行くみたいだけど、そしたらお別れなのかな。


「…仕方無いだろう」


「ですが危険過ぎます。やはりこのまま…」


「くどいぞ」


「…分かりました」


 二人の間だけで話が進んでいく。あぁ、ほんとにどこかに行っちゃうの?違う、帰っちゃうんだ。たった数日だけど一緒にいて楽しかったのに。帰っちゃうことも教えてもらえなかったなんて、やっぱりわたし嫌われてたの?ほろりと涙が目から落ちた。クッキーがなんだかしょっぱい。


「…リリー?」


 ギョッとした声でクレイさんに名前を呼ばれる。顔を上げると驚いた顔をしたクレイさんともう一人の人。


「帰っちゃうの?もうクレイさんたち来ないの?」


 ほろほろ、ぽろぽろ。瞬きをしなくても涙が止まらない。悲しいな。わたしが泣いてるからかクレイさんがすごく慌ててる。ごめんね。クレイさんがポケットからハンカチを出して涙を拭いてくれるけど、雨みたいに零れてくる。そのうち身体の中から水がなくなっちゃいそうだ。


「リリー、泣くな。帰ってくる」


「…ほんと?」


 聞き返すと「あぁ」と返事をくれた。いつもは頷くだけなのに、きちんと声を出して答えてくれるクレイさん。でもわたしは馬鹿だから一回聞いただけじゃ信じられないよ。


「ほんとにほんと?嘘じゃない?」


「嘘は言わない。」


「どこ行くの?」


「…王都だ」


「王都!」


 ビックリ!クレイさん達は王都から来たんだ!だってここから王都まで馬車でも二、三日かかるっておじさんが言ってた。ビックリしたら涙も止まっちゃった。王都。人が沢山いるこの国のまんなか。


「お土産買ってきてくれる?」


「…あぁ」


「じゃあ絶対帰ってきてね。お土産もらえなかったら、わたし追いかけてくからね?」


 わたしの言葉にクレイさんが笑った。「それは怖いな」って、なんだか嬉しそうに言った。全然怖がってないし困ってないじゃん!むっとしたけど、クレイさんはわたしにハンカチを持たせると左手で右手の中指にはめてあった指輪を抜いた。

 ハンカチを持っているわたしの右手をジッと見て、抜いた指輪を親指にはめてくれる。


「きれい…」


 シルバーかプラチナの綺麗で細い指輪。二つの輪を繋ぐみたいに植物のツタみたいな金色の金属が絡まっていて、真ん中にはクレイさんの目と同じエメラルドグリーンの石。これって本物の宝石?


「それは…っ!」


 部屋にいたあの人がなんだか驚いた声を上げた。でもクレイさんが無言で睨む。

 それからわたしを見て、親指にはめられた指輪に触りながら言った。


「預けておく。必ず帰って来るまで、持っていろ」


「……うん」


 大きすぎて指輪は触るとクルクル回る。落とさないように気をつけないと。顔を上げればクレイさんと目が合った。指輪をもらってちょっと安心した。へにゃっと笑ったらクレイさんもふっと笑ってくれる。

 こんな高そうな指輪を貸していてくれるなんてクレイさんって何者なんだろう?聞きたかったけど止めた。クレイさんが誰でも構わないかなって思った。だってどっちにしろクレイさんはクレイさんだもんね。

 それからもわたしはクレイさんとお話したり、お茶をしたり、遊んだり。毎日楽しく過ごして、できるだけ寂しく思わないようにした。また泣いたら迷惑だよね、きっと。


 そうして三日後、クレイさんは王都に行っちゃった。


 朝起きたらもういなくて、やっぱりわたしは泣いた。



 

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