さよなら、さんかく
春がきた。新しい春、始まりの春、出会いの春――…そして別れの春。
柔らかな薄紅色のひらひらとした雨の中で、あなたは唇を噛み締めていた。きっと同じような顔をわたしもしているのだろう。
「……ごめん」
呟かれた謝罪は震えていた。
彼が悪いわけではないのに、約束を破ることを気にしているらしい。
「ばか、謝らないで」
まるで今生の別れみたいになるじゃない。
わたしの言葉にあなたは顰めっ面をすると、小さく息を吐く。
「そうだね、ごめん」
「……わたしの話聞いてた?」
「あ、ごめ…、ん…」
結局また謝り、何を言えばいいのか分からない様子で固まるあなたに耐え切れずにわたしは噴き出した。
顰めっ面から一転、情けない顔をしたあなたの手を握る。
「メールしてね」
「もちろん。電話も毎日かけるよ」
「ならモーニングコールとかどう?わたし朝起きられないし」
「こら、俺は目覚まし時計か」
呆れたように文句を言うくせに、満更でもなさそうに苦笑が返ってくる。
同じ高校に通う約束は叶わないけれど、約束なんてものは、また重ねてしまえばいい。
だって、これからわたし達の間に開く距離はいつか埋めることが出来るから。
これはあなたとわたしの新しい約束。
「必ずこっちに戻って来るから、それまで待っててくれ」
まっすぐに見つめてくるあなたの瞳の中には笑顔のわたし。
「うん、待ってる」
繋いだ手を握り合いながら、精一杯わたし達は笑う。
遠くへ行ってしまうからこそ涙で送り出したくはなかった。
あなたは口を開けて、でも名前を呼ぶ声に遮られてしまう。もう行く時間だ。ゆっくり名残惜しげに離れた手が冷たい空気に触れる。
その温もりを消したくなくて、両手の平を合わせて握り締める。
「それじゃあ、また…」
「…うん、またね」
さよならは別れの言葉だから使わない。わたし達はまた逢う日まで少し離れるだけ。
あなたの乗った車が小さくなっていくのを見送るしか出来ない。
けど、あなたが頑張るならわたしもきっと頑張れる。
見上げた空には綺麗な飛行機が二つ、わたし達の未来みたいに交わっていた。