ご主人様にろうらく!
HP本館の『発掘』においていたものを、
参加させていただいている「和風小説アンソロジー」のサンプル掌編集「Tiny tales」用に書き直したものを、
ちょっとだけ書き足したお話になります…(長い。。)
ちなみに、『発掘』時タイトル:【イケマセン、ご主人様!】
『Tiny tales red』時タイトル:【ご主人様のいうとおり!】
でしたが、今回さらに【ご主人様にろうらく!】に変えてみました…あまり変わらない。。
いいとこの坊ちゃんと雇われ少女のお話。
要するに、変態と天然に立ち向かう乙女のお話。
内容に特に変更はないです、どうぞ。
*・*・*・
「ご主人様」
クリーム色の軽くウェーブのかかった髪を揺らし、エレナはにこりともせずにそう言った。
ご主人様——そう呼ばれた黒髪の青年は、椅子に腰を下ろしたまま、気まずそうにすこし眉根を寄せる。
彼の名はルカ。黒髪はふんわりとして柔く、長めの前髪からのぞく瞳は冴えるような青色で、白い肌によく映えた。
「エレナ……あぁ、うん。それ、着たんだね」
「ええ、まぁ」
「とてもよく似合うよ」
ルカはエレナの白のレースで飾られた黒いエプロンドレスを見て、やさしくほほえんだ。
「旦那様が、見立ててくださいましたもの」
口の端を引き上げ、皮肉を込めてエレナは彼を見た。突き飛ばせば折れそうなくらい華奢なのに、この男の体躯は意外としっかりしたつくりをしている。人間のくせに生意気なのだ。
言いたいことは、山ほどある。
ルカはそんなことにも気づかない様子で、いったいなにが彼女を苛々させているのかを思案するように首を傾げた。けれどその暢気な様が逆にエレナの癇にさわる。
わかっているのだ。彼が怒りの原因がわからないフリをしていることくらい。こちらの機嫌を伺うような表情をしながら、心の底ではこれっぽっちも申し訳ないだなんて思っていないくせに。
その証拠にじっと深緋色の瞳でにらむように見つめつづければ、彼はおもしろそうに口元をわずかに緩めた。待ってましたとばかりに、エレナは避難がましく眉をつり上げる。
「ご主人様、あたし、自由になりたいって言いましたよねぇ?!」
「ああ、そうだったね」
ルカはまたにっこりと微笑を浮かべる。
それがさらにエレナを煽った。彼女は髪を振り乱し、顔を真っ赤にして、ルカの襟首をぐいっとひっつかむと、そのまま額がくっつかんばかりの勢いでまくしたてる。
「なら、なぜこんな目にあわなくちゃなんないのよっ! あたしはねぇ、あんたの父親のどうしようもない趣味に付き合うほど暇じゃないんだからねっ! よーく言い聞かせておきなさいよっ! このヘタレ!!!」
「うーん、そんなこと言われてもねぇ? 『命令』だし」
「わかっているわよ! でも、納得できない!」
――こんなもの、とエレナはつけていた黒のカチューシャをとり、床に投げつける。そしてキッとルカをにらむと、息も荒くさらに言い募った。
「だいたい、あたしはアンタが気に食わないのよ! いつもニコニコして、馬鹿みたい。どうして、あんたが……どうして……あんたなんか――」
「――素敵なご主人様、でしょ?」
ルカはエレナの言葉を受け継いで、さらりと言った。
* * *
エレナ――彼女は魔法のランプならぬ魔法の花瓶に宿る精だった。
なんの因果か知れないが、エレナが数百年の眠りから覚めて花瓶から出てみれば見惚れてしまうような男ふたりが迎えてくれ、彼女は心を躍らせた。きっと今回の主人はいい人間にちがいない。裕福そうだし金銭面で願いを乞うという馬鹿げたこともないだろう。容姿にも困っていなさそうだし従順な恋人が欲しいなどという要望を突き付けてくることもないだろう。
そうしてひとり自己完結し、満足したエレナは威厳たっぷりに問うたのだ。魔法の精霊のプライドにかけ、できるだけ神聖なイメージを作り上げながら。「どちらがあたしの主人だ?」と。
ふたりの男は一目で親子だろうことはわかった。やさしげな目元がそっくりだ。そのうち、若いほうが「主となるに条件はいるか」と問うてきた。すぐさま願い事を口にしないあたり、内心聡いなと舌を巻きつつ、表面上はそのままで「花瓶に触れた者だ」と答えてやった。
花瓶の精を従えることができるのは、精を目覚めさせた者だけ。眠りから呼び起された精は魔法の力を得て、『みっつの願い』を叶えるまでという期限付きで従属する。
父親と思わしき男が眉根を下げてすこし残念そうにしながらも、「ならば息子だ」と答えた。一見やさしそうで思慮深く、堀の深いハンサムな顔立ちをしているが、肩をがっくりと落とし意気消沈している様は玩具を横取りされた子供に見えなくもない。
内心引きつりつつも、主となった青年へ顔を向ける。ちょうどこちらを熱心に見ていた冴えわたる青の眼とかちあって、無意識に息を呑んだ。
魔法の精霊たるもの、いかなるときも動揺してはならない――誤魔化すように咳払いをしたあと、さっそく願いを叶えてやると言えば青年はふんわりと、顔をほころばせた。
――なんだ、これ……。
心臓がむず痒い鼓動を奏ではじめたことに戸惑うエレナに構わず、ふたりの男はこそこそと相談しはじめた。
ひとつめの願い:僕のことをご主人様、父のことを旦那様って呼んで。
口をぽかんとあけ、一瞬呆ける。そのあとで正気に戻り、すこし頭にくるものがあったが、ぐっと堪えエレナはそれに従った。なにしろ、久しぶりの目覚めだ。寛大な精霊はちっぽけな人間の頼みを無下にはしない。
主人となった青年はそれに満足し、己をルカと名乗ってからさらに命じる。
ふたつめの願い:旦那様が見立てた洋服を着て。
エレナはこのとき、男物の服とマントを身にまとっていた。それが数百年前から愛用しているもので、精霊の衣装のように思っていたのだが。
仕方ない、残りの願いを叶えるまでだと我慢し、旦那様の見立てた洋服――フリフリ・ふわふわのメイド服というもの――に袖を通す。
このときの『旦那様』の表情といったら! 思わずエレナは人間ごときに身震いしたくらいだ。
だがしかし、耐えに耐えた。
さぁ、次で最後の願いだ!
嬉々として「ご命令を、ご主人様」と言ってやる。若い主はとってもいい笑顔を浮かべて――。
* * *
少女はぎゅっと唇を噛み締めると、あえぐように声を発した。我慢も限界だ。
「あたしの、服を、かえして」
「なぜ? その格好、似合っているのに」
「いいから!」
ルカが「せっかく着たのに」とぼやいても耳を貸さず、有無を言わさない彼女の剣幕に、彼は渋々とエレナの言う『自分の衣服』である薄汚れた男物の洋服とマントを取り出した。ルカの父親が悲愴さを漂わせ、「ああ、こんなかわいらしさの欠片もないものを乙女が身にまとうなど!」と胸が張り裂けんばかりに嘆き悲しんでいたのも記憶に新しい。
フンと鼻をならし、エレナは急に着ていたエプロンドレスを脱ぎはじめた。
「もう、いや。我慢できない……なんなの、アンタ……腹がたつっ! こんなお屋敷、出ていってやる!」
いいとこの坊っちゃんかと思いきや、とんだ魔王だ。『ご主人様』だなんてこっ恥ずかしいセリフを、よくもまぁ花も恥じらう乙女――といっても花瓶の精であるが――に言わせるものだ。エレナはそんなことをぶつぶつと本人に聞こえるようこれ見よがしに毒づく。
しかし当のルカは、癇癪を起こす姿もかわいいものだとでも言いたげに苦笑まじりに肩をすくめ、ただ黙ってエレナを見つめていた。と、その視線に気づいた彼女は、さあっと顔を赤くして、着ていたフリルを投げつける。
「変態! あっち向いてなさいよ、変態!」
「ひどいなぁ。そっちが勝手に脱ぎはじめたのに。しかも、二回も変態って言ったね」
「うるさい、腹黒! スケベ!」
文句を言いながらも律儀に背を向けるルカを確認し、エレナは急いで男物の服に袖を通した。
やがて着替え終わるとそのまま踵をかえす。
――と、そこで。
「ねぇ、『僕の精霊』さん?」
絶妙なタイミング、まさにエレナが出ていこうと扉に手をかけた瞬間にルカが口を切った。声には隠せないよろこびが――というよりは悪戯を思いついたような響きが――こもっている。
すこしだけ躊躇した。エレナは、振り返りたくなかった。
それでも、今は、彼の命令に従わなくてはならない。
「最後のお願いをきいてくれる?」
思わず反射的に振り返ると、思いの外近くにいたルカと目が合う。青色の瞳がきれいだ、なんて柄にもなく見惚れた。
最後の願いは、いまだ聞いていなかった。
ひとつめ、ふたつめと願いを叶えてやり、さぁ最後だというときになって、にっこりと笑ったルカは「最後のお願いは、もうすこし経ってからにするよ」と言ったのだ。だから仕方なく、今までずるずると彼の屋敷に住みついていたということになる。
エレナは瞳を輝かせた――これで最後だ! やっと自由だ!
いつになっても『願い』を言わないルカにじれて、最近は「自由になりたい」というのが口癖だった。だから、心の底からうれしいはず……なのに。
「どうしたの?」
「……いいえ、なんでもないわ」
胸が苦しくて、けれどそれを振り払って顔をあげる。
サミシイ、なんて感情は、知らない。
「本当に?」
ひどくやさしい、そんなふうに誤解してしまいたくなる声でルカは問うてくる。考えるより先になにか口走りそうで、あわてて顔をそむけて唇を噛みしめた。
つい先ほどだって、まさに出ていこうとしていたのだ。最後の願いを決めるまで、ぶらりと旅でもしていようと、屋敷なんか出ていこうとしていたのに……。
期待、していたのだろうか。この掴みどころのないご主人さまは、きっと自分が出ていくのを止めてくれるだろう、と……。
エレナは小さく舌打ちする。
なにを考えているのだ。さっさと願いを叶えて、変人親子とおさらばしよう。
「エレナは、自由になりたいの?」
すっとエレナの髪に指を滑らせ、ルカはすこしかがみ込んだ。せっかくそらしたはずの視線が絡む。
「最後の『願い』はさ、エレナの『願い』を叶えてあげることもできるよ」
頬に手があてがわれた。まるで壊れものを扱うような、繊細な手つきでいやになる。
ひどい、ルカはひどい。
理由もわからず、エレナは憤慨した。カッと怒りが目を剥いた。
「じゃあ、自由にしてくれるっていうの?」
挑戦的なまなざしでにらみつける。視界が潤みそうだ。なぜだろう。
ルカは相変わらずゆるく笑みを浮かべている。けれどそのまなざしは、いつもよりすこしだけ苦しそうに見えるのはなぜだろう?
「花瓶の精霊はね、願い事を叶えたら一時の自由を得るの。だげど、いずれまた眠りにつくの。永遠の自由は、手に入らないのよ!」
だから自由になりたかった。そうしたら、時間を気にせず好きなところへ行ける。好きなところへとどまれる……。
胸に引っかかる。もし、自由になれたら、自分はどうするのだろう?
「ここから出ていきたいの?」
「あ、当たり前でしょ」
やっぱりため息まじりにルカは笑ったけど、困ったような、どこか悲しげな表情。そんなのはじめて見た。
もやもやした感情に戸惑う。知らない、こんな気持ち、ワカラナイ。
両の手でエレナの頬を包み、瞳をじっとのぞき込んでくるルカ。まっすぐ見つめ返し、エレナは愕然とした。
――やっぱり、ルカはひどい。ずるい。自由すら手放したいと、思わせる。
願いを叶えてやれば、一時の自由が待っている。心から待ち望んでいた瞬間のはずなのに。
青い瞳はまばたきもせずにこちらを見つめてくる。エレナは動揺を隠せなかった自分に苛立ちながらも、次の瞬間には表情を一切消し去って口をあけた。
「それで、願いは?」
ルカはエレナから手を離し、すこし考える素振りをする。やっと距離が取れたと思ったのもつかの間で、彼はおもむろに髪をなで、そのまま腰をかがめて再び顔色をうかがうようにして視線をあわせてきた。
吸い込まれるように見つめ合う。冴えるような青色が、熱っぽく揺れた気がした。
すっ、とクリーム色の髪に指を絡め、彼は軽くそこに口づける。そして、やはりきれいに相好を崩した。
最後の願い:ずっとそばにいてね?
「ふざけないでよっ!」
顔を真っ赤にさせ、エレナは怒鳴る。心臓の音がうるさい。
「命令だなんて、ひ、卑怯なんだから!」
彼女は奥歯を噛みしめる。気を抜けば頬が緩みそうで、そのことに動揺した。
「エレナ」
「な、なによ」
呼ばれ、なんとか『怒っている』威厳を保ちつつ応える。
と、くいと顎を持ちあげられ、青の瞳が近いな、なんて思っていた矢先――ルカが、触れるだけのキスをした。
見事に硬直する少女に構わず、彼の口元にはいつもの微笑が浮かんでいる。
「これからずっと、『自由』に、『僕のそば』にいていいからね?」
ほら、やっぱり。ルカはひどい!
そうやって、こちらの気持ちなど見透かしてしまうように笑うのだから。
なんて奴だ。なんてご主人さまだ。
ずるくて、ずるくて、ひどく、やさしい。
「ばか! ばかルカ!」
力を込めてドアを閉め、少女は部屋をあとにした。
ルカは、きっと気づいたのだ。自分が、離れがたいと感じていることに――エレナは熱くなる頬とうるさい心臓に、しばしの間戸惑うのだった。
扉の背後でひとり部屋に取り残された青年はくすくすと笑った。
「ちょっと――意地悪が過ぎたかな」
それでも、手放しがたい。
偶然手に入れた精霊は、予想外に心を惑わす悪魔のようだ。ルカの言葉にいちいち反応し、怒りに柳眉を逆立てたり、戸惑いに瞳を揺らしたり、果ては初なほど頬を染めてみたり……。
人間ではない不思議な存在。けれど、ヒトよりも随分人間じみたイキモノだ。
「エレナはかわいいなぁ」
のんびりとつぶやいた声には、どこかやさしい色がある。
手放したくないと、これほどまで執着したのははじめてだ。ルカはそんな自分に驚きつつ、笑みを浮かべ、深める。
「覚悟しておいてよね、僕の精霊」
これからのことを考えながら端正な顔に笑みをのせ、彼はまたしばらく、頬を赤くした少女へ想いを馳せるのだった。
—end—
……あとがき(という名のつぶやき)……
『ろうらく』は『籠絡』です。
ちなみに最初、エレナの名前は『エデ』でした。フツーの女の子でした。
でも名前がちょっと他の作品の子とかぶっているし(ぶっちゃけルカとかかぶりまくってます。でも、ルカはなんか名前変えるとしっくりこなくてこのまま)、ちょっと設定つけちゃったらこんなことに……
ルカはちょっと天然な腹黒です。
好きな子限定への変態はめげちゃいけないと思います←
エレナみたいな猪突猛進タイプも楽しいです。
意外と、お父さまの変態タイプも大好物です(ぇ
冗談(?)はさておき、書くのは楽しかったです^^
三年前にちょっと小話的に書いて、書き足して、さらに修正して、結構思い入れもできました。
ただ、『着替えを見ちゃってヒロインに「変態!」って言われる残念なイケメン』が書きたかっただけだった気もします(ぇ
他の作品でシリアス系な場面だったので、がっつり『テンション高め』をなぶり書きしたかったような記憶が……(遠い目
ともかく、すこしでも楽しんでいただけたなら幸いです。
*【イケマセン、ご主人様!】/2009・07
【ご主人様のいうとおり!】/2011・07
【ご主人様にろうらく!】/2012・07
(全部七月に執筆したという奇跡!笑)




