姫としての役目
妖犬族の姫としての〈さだめ〉にうち拉がれる千早。
だが千早には、想う相手がいて?
護衛役の忍・青桐との禁断の恋。常世ノ国・最強忍者と姫。のめり込んでいく千早の運命は如何に!?
屋敷に招かれた日、そのまま茫然自失の体で、千早は迫りくる〈さだめ〉を受け入れた。
正嗣(ちなみに祖父の名だ)の城館で暮らすうちに、千早は【姫らしく】を義務づけられるようになっていた。
華道に、和琴、裁縫、歌。
そして‐‐――もちろん身だしなみも。
しかしそれが、千早にできよう筈もなく。
「あ‐‐――もう、重いんだよこの着物っ!」
千早は、幾重にも重ねて着付けられた十二単の打ち掛けを脱ぎ捨てた。
しかしそれでも重く、五体の自由を奪うのは変わらない。
「あんたは涼しげでいいよな……どうにかなりそうだ」
千早は、縁側に寝ころんでいる青桐を、恨めしげにじっとりとねめつけた。
「しとやかで、結構結構」
「お前に分かるか、この気持ちが」
腐って床に潰れたままの千早を肩越しにふり返って、青桐はさも可笑しげにくつくつと笑った。
「なにが可笑しい」
眉間に皺を寄せ、嫌悪も露わな千早に危うくまた噴き出しそうになり、なんとかそれを耐える。
「いや、お前もそうしていると、ただの女子だな」
「なんだよ……文句あるのかっ」
「……別にぃ」
どこまでもふてぶてしい青桐に、千早は苛々(いらいら)する。
しかし祖父や、世話をしてくれる女官らがおらず、青桐と二人きりで話をするときが一番安らぐのも確かだった。
「なんで、あたしなんかが姫なんだ」
俄雨にぼやける、庭園を遠くに見つめながら、千早は虚ろにぽつりと呟いた。
その横顔に、青桐はいたたまれない想いを隠せない。
だが、これも務め。
姫の意味を、役割を教えなければ。
「姫の役目は……世継ぎの男児を産んで、一族の繁栄を図ることだな」
「……っ!?」
千早の動揺は明らかだ。
憐れで仕方がない。
「そ、んなこと……知るもんか」
青桐はいつの間にか、千早の声が、鼻にかかった涙声になっている事に気が付いた。
(そりゃあ、辛いよなぁ……まだ若いのに政略結婚とは)
うち震える彼女を、憐れだとは思う。
しかし一介の忍者が、手を下せるものではない。如何なるときも、主を忠実に護るだけの、たかが【護衛役】に過ぎないのだ。
「泣くなよ…必ずお館様がよきに計らってくれるさ」
「イヤっ……そんなのはイヤなんだっ」
「っおお!?」
勢いよく抱きついた千早に目を丸くして、まごつく青桐。
「イヤだ……イヤなのに、青桐ぃ」
だがやがて、青桐はおずおずと、千早を抱き締めた。
「泣くな……頼むから、泣いてくれるな。お前の泣き顔、調子が狂う」
「うぅっ……好きでもない相手なんて、一生かかっても、好きになどなれないっ」
しゃくり上げる千早の背を宥めながら、青桐は改めて想いを固くした。
【なにがあろうと、この姫を護ろう。たとえ、この命が失われても】と。
「青桐……?」
「……なんだ?」
先よりも、胸板に強く抱きついてきた千早に、青桐は頬を赤らめる。
「ずっと……このままがいい」
「!?」
初めて聞いた、女らしい千早の声。
青桐は一瞬、鼓動が跳ね上がったのを感じた。
それに……。
顔が、どんどんと赤くなっていくのが分かる。
どんなに勝ち気で、勇ましかろうが、彼女は【女】なのだ。
(イヤ待て! コイツは姫であって、俺の主だ……そんなこと、しちゃならねぇのは分かってる)
葛藤すればするほど意識してしまい、青桐は慌てて邪念を振り落とす。
だが、間に合わなかった。
「〈さだめ〉なんて、壊してやる……そんなモン捨てちまえよ」
「できるのか?」
もぞもぞと身じろいでから、きょとんと聞き返した千早を、青桐はより強く抱き締めて笑った。
「できるさ……二人で逃げよう」
「え……?」
「……愛してるぜ、姫」
唇同士が触れる。
「あ、青桐……んんっ」
夢中で唇を貪り合う二人を、柱の陰から千早の祖父・正嗣が見ていた。
どうも、維月です。
千早と青桐は惹かれ合い始め……逃避行へ。
ああ、またキャラが勝手に動いていく。(汗)
こんなつもりじゃなかったのにぃ……(/_;)