変若(おち)
異種族・妖犬族の姫として連れてこられた千早。
千早はそこで、自らの守護者であり『常世の国』最強忍者・青桐と恋に落ちて駆け落ちを画策した!
一族から二人だけで逃げれられが……?
「くっ……‐‐―‐‐血が足りねぇ」
逃げて。
逃げて、もうどのくらい逃げたのか分からなくなった頃、遂に青桐が膝をついた。
このまま雨に打たれるのは、傷を負った彼にとって芳しくない。
千早は肩を貸して、大樹の根本まで青桐を連れて行った。
目の前には、どこまでも遥かな草海原が広がる。
雨にけぶる草原は、美しかった。
「泣いて、いるのか?」
弱々しい手が、千早の頬を拭う。
千早は、その手を握りしめて頬擦りした。
「だって……お前が」
瞬く間にその頬を、ぽろぽろと涙がこぼれていく。
「……死ぬなよ」
深く息を吐いて、青桐は「ああ」と頷いたきり、動かなくなった。
「青桐……青桐っ!」
‐‐―‐と、彼の体が、大きく歪んだ。
ミシミシと骨が歪む音、鼻先が細く尖り、牙が剥き出しになる。
変化を見送るうちに、そこに大きな狗が現れた。
「……青桐?」
おずおずとした千早の声に、彼の尖った黒い耳が、ぴくりと反応を返した。
「まだ泣いてるのか」
黒い大狗になった青桐は、ぶるりと身震いして千早を組み敷く。
「俺もお前も……これが本性だ。恐ろしいか?」
うるると唸って、首筋に牙をかける。
「……心配して損した」
むくれ顔で明後日の方を向いてしまった千早の頬を、青桐はべろりと舐めて牙を剥いた。
‐‐―‐というか笑った。
「お前が心配してくれるなら、怪我も悪くないな」
「バカか……」
千早は青桐を捕まえると、きつく頬を寄せた。
その顔は、赤い。
「嘘……心配した」
「……千早……」
青桐は、尖った鼻先で千早の口許に触れた。
「…ん」
唇が触れ合い、二人は暫しの情事に酔う。
長い、長い口づけだった。
「それにしても…どういう事だ? ホントに人間じゃないんだな」
千早は唇を拭って、青桐の胸板を押し返す。
「あー……さっきのか? あれは変若だ。狗一族なら皆持ってる力だよ。大した傷じゃなきゃ、さっきのようになる」
「あたしも、ああなるのか?」
そう考えると、どことなく嫌な気もする。
もし自分が狗になるのなら、どんな姿だろう?
想像もしたくないが、紛れもなく、自分も彼と同族なのだ。
「そうだなぁ……お前は目覚めて間もないし、変化は未定だろう」
未定。
いつか分からない、変化の時期。
「いつか分からないのか……」
不安げに表情を曇らせた千早の頬に、青桐は再度口づけた。
「そう心配するなよ……自然に出来るようになるからな」
はたはたと尾を振る青桐の背を、千早は不思議そうにまさぐった。
「千早?」
「傷……もう治ってる?」
「浅かったから、すぐ消えちまったよ」
「変若って、あたしにも使えるようになるか?」
すっかり悩み込んでしまった千早を慰めるように、風に送られた細かな小糠雨が撫でる。
「少し、休もう……明日から旅を始めるぞ」
雨宿りの木陰で、青桐は千早に寄り添いながら、大欠伸を噛みころした。
「青桐……」
「……なんだ?」
眠そうに薄目を開けた青桐に、千早は羽織っていた打ち掛けを掛けてやった。
「これからも、傍に……いてくれるか?」
「ばぁか…決まってんだろ」
溜息交じりに言って、青桐は千早の手を甘噛みする。
「一族の跡取りは産みたくないが……お前の子なら、産んでもいいかもな」
「はぁっ!?」
千早のトンデモ発言に、青桐は慌てて跳び起きてしまう。
「お、お前」
うろたえる青桐の目ははちきれんばかりに見張られ、毛皮は逆立っている。
「イヤか?」
ニッと不敵に笑う千早に、青くなっていた青桐の顔が、急速に熱を帯びた。
「ほ、本当か?」
顔を朱に染めて詰め寄った彼は、いつの間にかに人間の姿に戻っていた。
「もう寝る……明日から旅なんだろう?」
ころりと大樹の根本に寝転んで、わざと寝息を立てる千早。
「た、確かに聞いたぞ、もう取り返しはつかないからなっ」
しどろもどろに言う青桐は、千早を揺り起こすと、こう付け加えた。
『冗談は抜き』と。
ああ、相変わらず青桐がスケベ臭い……(汗)
不快に感じられた方、申し訳ありませんん(>_<)