妨害
異種族・妖犬族の姫として本拠地・【常世ノ国】に連れてこられた千早。
彼女は迫り来る〈さだめ〉をかなぐり捨てようと決意する!
そして、守護者でもある、この国の最強忍者・青桐との激しい恋。
駆け落ちを画策する二人だが……?!
「あ、風見……青桐を見なかったかっ?」
千早は、偶然朝餉を運んできた風見という女官に尋ねた。
「お、畏れながら…姫さま、存じ上げませぬ。しっ、失礼致しました」
その顔には、動揺も明らか。
彼女はさっと顔を青褪めさせると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
「待って! 待ってくれ……頼む、なにか知っていたら、教えてくれないか。青桐がいなくなって、もう七日過ぎた。流石にヘンだろう?」
女官の慌てように感づいた千早は、嫌がる彼女を拝み倒して、なんとか話を聞き出すのに成功した。
「青桐殿は、お館様のご命令で……東の離れに繋がれております。姫さま、どうかこの事は他言なさらぬよう」
すべてを話した後、風見は手を揉みしぼって哀願した。
「分かってる、ありがとう風見。東の離れだね!」
「……いいえ」
礼もそこそこに駈けだして行った千早の姿を見送って、風見は落胆の溜息をついた。
彼女の姿が歪んだ。
‐‐―‐それは恰も、飴が溶解するよう。
そこには、千早の祖父・正嗣が佇んでいた。
「千早は……毒されとる」
正嗣は、戸口の影に寝込んでいる本物の風見を振り向いて、小さく呟いた。
東の離れには、厩がある。
小屋の中の檻に、彼は捕らえられていた。
「……くそ……」
手足を戒める鋼の鎖が、さりさりと耳障りに揺れる。
戒めさえなければ、今すぐにでも千早姫を攫って、ここから逃げるのに。
青桐は、むざむざと捕らえられている己を呪った。
「この【常世ノ国】最強忍者のお前が……なにを血迷うたか」
冷淡な声の主に、青桐は忍ばせていたクナイを梁に向けて投げつける。
轟音と共に梁が崩落し、家畜の悲鳴が小屋を震わせた。
「初めてだな、お前が私に逆らうなど……それ程のことか」
戒められた青桐の目前に佇むのは、紛れもないこの城館の主・正嗣だった。
「千早は我が一族の希望……むざむざ渡すわけにはいかぬ。それでも逆らうというならば‐‐―‐―‐お前には、ここで死んでもらおう」
半眼を開いた正嗣に、青桐は憤りを隠せず遂に怒鳴った。
姫の〈さだめ〉が重いと。
心細い、と。
苦しい、と。
彼女は泣いていたのに。
あんなにもか細くて、若い彼女を。
この男は、計画のために殺すという。
彼女は泣いていた。
「本人の意思はどうなる! 彼女は苦しんでもいいというのか。そんな定めなど、俺が断ち切ってくれる!」
「うぬ……」
「生憎、こんな処で死ぬ訳にはいかねぇんだよ……通してもらおうか!」
‐‐―‐‐ドン…!
なにかが壊れる音を聞きつけて、千早は厩の入口に立ち止まった。
「じい……様?」
そこには、袈裟斬りにされた青桐と、血刀を片手にした正嗣がいた。
「青桐!? じい様、なぜ彼をっ…青桐、しっかり、青桐!」
慌ててまろび寄った千早は青桐を抱きかかえて、涙の溜まった紅い瞳できつく祖父を睨み据える。
「へっ……これしきでくたばるかよ、泣くんじゃねぇ」
厩の黒土に、ボタボタと血が滴り落ちる。彼が立ちあがったのだ。
ゆらりと起きあがると、青桐は血を吐き捨てて、千早を抱きあげた。
「や、やめろ…傷が開くだろう! 下ろせ」
「るせぇ……少し黙ってな」
血で汚れた手でそっと撫でられて、千早はなぜか大人しくなってしまった。
「き、貴様……この下郎っ、姫を離せ!」
正嗣は、再び刀を構える。
(きっ、汚い! じい様、あなたは……なんて汚いっ)
千早の瞳の奥で、紅い炎が揺らぐ。
その時、千早の中で、なにかが切れた。
「追われたっていい! あたしは青桐と行きますっ、刀をおろせ!」
その剣幕に、正嗣は気圧されて半歩下がる。
孫娘の変貌に、正嗣はいくらか驚いたようだった。
「なにを言う千早、おぬしはまだ、生まれて間もない赤子同然なのだ……誑かされてはならぬ」
千早はゆるゆると、左右に首を振る。
「それは違う、じい様……あたしの意思だよ。だから、ここにはもう戻らない」
先から曇り始めていた空は、既に暗く垂れ込めて、今にも泣き出しそうだ。
「そう簡単には逃がさぬぞ……必ずや見つけてみせる」
「……却下だ」
二人同時に言った言葉に、正嗣は苦虫を噛み殺した、なんとも渋い顔をした。
あああ……穴があったら隠れたい。(>_<)