【完結記念SS】アヤの記録13 ――新世代のアナログ・チルドレン
お読みいただきありがとうございます! これにてサイドストーリーも完結となります。
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世界が半分オフラインになってから、十数年の歳月が流れていた。
昌平セクターの境界にあったかつての「管理の檻」は、今や野生の蔦が絡まるただの鉄骨の山となり、その足元には、電子制御に頼らない旧世代のトラクターや手動の農機具が並ぶ、のどかな耕作地が広がっていた。天網の脳髄が沈黙した世界で、人間は記号のスコアではなく、土を耕し、現物を動かす労働によって、確かな新しい秩序を完全に定着させていた。
「母さん、融着器のコア、120ヘルツで微かに発振してる。白のばあちゃんのテスターだと『正常』だけど、これインピーダンスが0.4オームズレてるよ」
秋の柔らかな陽光が差し込むジャンク・ヤード。
古いアタッシュケースの上に工具を広げ、無線機のパーツを仕分けていたアヤは、その声に顔を上げた。
そこに立っていたのは、一人の少年だった。
林の面影と、アヤの鋭い知性を受け継いだ彼らの息子――「実」。
彼は、実名スコアも、天網のIDも、デジタルな戸籍も最初から存在しない世界で生まれた、完全なる「オフライン世代」だった。
アヤは静かに目を閉じ、実が指差した古い融着器の基盤に意識を集中させた。
(……本当ね。120ヘルツの底で、銅線がかすかにきしんでる)
大気をハックしていた電磁スモッグ(高周波キャリア波)が消失して久しいこの世界で、アヤの「原初的な野生の知覚」は衰えるどころか、さらに深く世界の物理振動を捉えていた。
そして、目の前にいる息子・実もまた、天網のナノ波に脳を調律されずに育った新世代。彼は、アヤの持つ「生の周波数を聴き取る聴覚」と、父親である林の「空間構造の位相のズレを直感的に見抜くパズル脳」の両方を、生まれながらに受け継いでいた。
「よく気づいたわね、実。これは天網の古い仕様が残っているパーツだから、手動でアジャスト(調律)しなきゃダメ。お父さんに頼みましょう」
アヤが微笑むと、実は「僕、もう自分でアジャストできるよ」と、林から譲り受けたツールを器用に操作してみせた。
「大きく出たな、実。なら、昌平第十四ノードの物理回路も任せてみようか」
仕分け所の入り口のカーテンが開き、大柄な影が滑り込んできた。
中央管制室での仕事を終えた林だった。スマート社会の毒が完全に抜けきった、優しい「生身の知覚」を宿した瞳。彼はすっかり頼れるインフラ整備士の顔になっていた。
林は実の頭を撫で、それからアヤの隣に腰掛けた。
「周さんからの手紙が届いた。新体制の学校で、実を技術特待生として迎えたいそうだ。デジタルに頼らない、人間の生身の知覚によるインフラ制御を、次の世代に教えるために」
林が差し出したのは、文字が滲んだ紙の手紙だった。
アヤはその紙の手触りを指先で確かめながら、静かに林の左手の甲に、自分の手のひらを重ねた。
あの崩壊の夜、世界の嘘をオフラインにするために林の暴走する脳を繋ぎ止め続けた、アヤの純粋な生体メトロノーム。
そして今、彼らの間には、もう一つの新しいパルス――実の刻む、力強いアナログな鼓動が重なっていた。
天網のダッシュボードが騙った『美しい緑色の虚構』は、もう世界のどこにもない。
けれど、彼らの手のひらの間で同期するこの物理的な振動こそが、スコアにもIDにも決して支配されない、人間が自らの足で歩み続けるための、最も確実な未来のインデックスだった。
「私たちのパズルは、次の世代に繋がっていくのね」
アヤが林の肩にそっと頭を預けると、林はアヤの手を、そして実の手を、力強く握り返した。
窓の外には、不完全で、予測不能で、けれどどこまでも嘘のない青空が広がっていた。三人の生のパルスは、その静寂の向こう側へと、新しい時代の確かなリズムを、1秒ずつ更新し続けていた。
(サイドストーリー「スプーフィング・ホールド外伝」完結)
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拙作をお読みいただきありがとうございました!
また誤字報告も大変助かりました。御礼申し上げます。
監視社会を舞台にして描こうと思って書き始めましたが、AIで勝手に情報を作って人間が盲目的に信じてしまうことはもう既に問題になっていて恐ろしいです。
また作中でゲームや動画の描写をしましたが、これも詳細触れませんが・・・
皆様、自我を強く持ってお過ごしください。




