「殿下、その展開は没です」——前世が少女漫画編集者の悪役令嬢は、テンプレを絶対に通さない
私はクラリッサ・ローゼンハイム。
ローゼンハイム公爵家の一人娘で、今年十八歳。
……という設定の、転生者です。
前世の私は少女漫画雑誌『月刊パルフェ』の編集者でした。
担当作家十二人、毎月のネーム会議、締め切り地獄、印刷所との戦い…
年間二百本以上のネームに赤ペンを入れて、「この展開は読者に刺さらない」「ここのヒロインの感情の動線が不自然」「三話連続で泣くヒロインは飽きられます」とダメ出しし続けた。
好きだった。大好きだった。物語を作る仕事が。
でも体がついてこなかった。
三日連続の徹夜明け、校了日の朝に倒れて…気がついたらこの世界にいた。
転生先のクラリッサとしての生活は、正直に言うとすごく快適だ。
朝は侍女のマルタが起こしてくれる。朝食は温かいスープとパン。
午前中はお茶会か読書。午後は庭園の散歩か刺繍。夕方は夜会の支度。
前世で最後に食べたのがコンビニのカロリーメイトだったことを思うと、泣けてくる。
「お嬢様、今日のお茶会はフェルゼン侯爵家のご令嬢方がいらっしゃいますが」
「うん、大丈夫。いつものメンバーでしょう」
「はい。……お嬢様、最近なんだかぼんやりされていませんか」
「え、してないわ。考え事をしているだけ」
マルタが不安そうな顔をする。
この子は私のことをよく見ている。たまに怖いくらい。
考え事というのは本当だ。
私はこの世界に来てからずっと、ひとつ気になっていることがある。
そう、この世界、展開がちょっとテンプレすぎるのだ。
急に王太子アルヴィン殿下との政略婚約。
そして三ヶ月前に召喚された聖女ユーリア。
殿下がユーリア様に傾倒し始めて、私への態度が冷たくなっていること。
漫画でいうところの、これは1巻の導入だ。
お約束の展開が控えている。
婚約破棄で退場。あるいは悪役令嬢の断罪…
わかる。ネームを見た瞬間にわかる。
二百本読めば嫌でもパターンが頭に入る。
「この展開、うちの雑誌に持ち込まれたら…もうちょっと捻ってくださいって返すやつだな……」
「お嬢様?」
「何でもない」
その夜会で、それは起きた。
アルヴィン殿下が大勢の前で私に向き合った。広間が静まる。
「クラリッサ。話がある」
来ちゃった。
1話ラスト2ページとかの鉄板展開。編集者として何百回も見たやつ。
「婚約を、解消させてほしい」
ほら、言った。セリフまでテンプレ。
周囲がどよめく。令嬢たちがひそひそ話す。
ここで私が泣いて駆け出したら「悲劇のヒロイン」の完成。
そして聖女がヒロインに昇格して、私はフェードアウト。
でもね、殿下。
私は編集者なの。テンプレをそのまま通すわけにはいかないのよ。
「……承知しました」
「え」
「婚約の解消、受け入れます」
殿下が面食らった。もっと抵抗すると思っていたのだろう。
泣くとか、縋るとか、「なぜですか」と問い詰めるとか。
でもそういうのは、少女漫画では「負けヒロイン」のムーブなのだ。
読者がいちばん冷める展開。
「ただ、ひとつだけ」
「何だ」
「この展開、少し面白みに欠けませんか?」
「……何を言っている」
「失礼しました。独り言です」
私はにっこり笑って、広間を出た。
うしろで殿下が困惑しているのが気配でわかった。
心の中で呟く。
(ここで退場するのがテンプレ…だけど私は退場しない。
次のページをめくらせるために、ここから動くの)
翌日から、私は社交界に復帰した。
普通なら婚約破棄後の令嬢は引きこもるものらしい。
部屋に閉じこもって泣いて、数ヶ月後にひっそりと領地に帰る。
「悲劇のヒロインは読者に飽きられる」が編集者としての持論だ。だからここは真逆にいく。
今までと変わらず、お茶会に顔を出し、夜会にも参加し、いつもと変わらない笑顔を振りまいた。
「クラリッサ様、良かった、お元気そうで……」
「ええ、おかげさまで。紅茶がとても美味しいわ」
令嬢たちが戸惑っている。
同情するつもりで声をかけたのに、同情される隙がない。
これでいい。次の展開は私が作る。
そして私が最初にやったのは、聖女ユーリア様に会いに行くことだった。
テンプレ少女漫画なら、ここで聖女と対立する。
「あなたが殿下を奪った!」「私は何もしていません!」のやりとり。
最近はテンプレになりすぎて読者がうんざりするやつね。
もちろんそんなことやらないわ、安直すぎるもの。
ヒロイン同士を対立させるのは新人作家がよくやる失敗だから…
そんなことを考えながら会いに行った先で、なぜかユーリア様は怯えていた。
「クラリッサ様……! あの、私…本当に何もしていなくって、殿下が勝手に……」
「知ってるわ。あなたのせいじゃないでしょう」
「え……」
「殿下が一方的に舞い上がってるだけ。あなたは巻き込まれた側よね」
ユーリア様の目がみるみる潤んだ。
「……はい。私、この世界に召喚されてから、ずっと怖くて……殿下が勝手に色々決めてしまって、断れなくて……」
やっぱり。
編集を何年もやっていたから、人の顔を見れば嘘かそうでないかどうかだいたいわかるようになった。職業病というやつだ。
ユーリア様の顔は、嘘はついていない。そればかりか明らかに「助けを求めている人」の顔だった。
「ユーリア様。私と手を組みませんか」
「手を……?」
「殿下が勝手に暴走しているなら、止める側に回りましょう。
あなたは利用されているだけ、私は捨てられた側。利害は一致してる」
「で、でも……どうやって……」
「…まだわからない。でも、少なくとも一人で抱え込むよりはマシでしょう」
ユーリア様が泣きながら頷いた。
(聖女と悪役令嬢が手を組む。これなら読者も予想しないわ、連載第2話の引きとしては悪くない)
……って、なんで私は自分の人生を編集会議のノリで評価してるの。職業病が過ぎる。
それからしばらくして、もうひとりの厄介な登場人物が現れた。
騎士団のルーファスという青年。
アルヴィン殿下とは幼馴染で、でも殿下の行動には批判的らしい。
ある日、私が庭園でユーリア様と作戦会議をしていたら、ルーファスが声をかけてきた。
「クラリッサ嬢。少しいいだろうか」
「はい。何でしょう」
「俺は……殿下がやっていることは間違っていると思っている。貴女に非はない」
「あ、ありがとうございます。わかっています」
「……もし困ったことがあれば、力になりたい」
真っ直ぐな目で言う。嘘がない。
(待って。このタイミングで優しい男性が現れるの、テンプレ中のテンプレじゃない。2番手ヒーローの登場シーンそのまんま。「困った時に手を差し伸べる騎士」って、新人作家が一番使いたがる設定……)
「お気持ちはありがたいのですが、大丈夫です。自分でなんとかしますので」
「そうか……でも、無理はしないでくれ」
ルーファスが去っていく。
……なのに、胸がちょっとだけ跳ねた。
いやいやいや。これはフリ。
中盤で出てくるときめきはストーリー上の揺さぶりであって本物の恋じゃない。……よね?
「お嬢様、お顔が赤いですよ」
「あ、赤くないわ! ちょっとこの部屋が暑いだけ!」
マルタが「はあ」という顔をしている。何その顔!
そして約二ヶ月後。社交界最大の夜会の日。
ユーリア様と私は、殿下の計画を掴んでいた。
どうやら殿下は、聖女の力を利用して、王位継承レースで兄王子を出し抜こうとしているらしい。
もちろん、ユーリア様の意思は無視。
「聖女は国のために尽くすべきだ」という美名の下で、一人の少女を道具にしようとしていた。
証拠は、ユーリア様が殿下の書斎から持ち出した殿下直筆の計画書がある。
夜会の大広間。
殿下が演壇に立ち、聖女ユーリアの「功績」を称えるスピーチを始めた。
これが殿下の晴れ舞台…になるはずだった、最も多くの人が見ている場所。
(加害者が自分のために用意した舞台で、そのまま逆転される構造。
少女漫画なら見開き2ページ使う場面ね…絶対ここしかない!)
「少々よろしいでしょうか」
私が声を上げた。広間が静まる。
「クラリッサ……? 何をしている」
「殿下。聖女様の功績を称えるなら、まず聖女様ご本人のお気持ちを聞くべきではないかしら」
ユーリア様が前に出た。
手が震えている。でも、目は真っ直ぐだった。
「私は……殿下の道具ではありません。私の力をどう使うかは、私が決めます」
「ユーリア、何を言って……」
「この計画書は殿下が書いたものですね。私の力を王位継承に利用する計画」
計画書を掲げた瞬間、広間がどよめいた。
殿下の顔からどんどん血の気が引いていく。
「それは……違う、誤解だ」
「誤解かどうかは、ここにいる皆様が判断されるでしょう」
私はそう言って、一歩下がった。
ここまでは計画通り、これ以上は私の出番じゃない。主役はユーリア様だ。
編集者は裏方。物語を作るのは作家の仕事。
私はただ、舞台を整えただけ。
その後、殿下は王家から厳しい叱責を受け、王位継承レースから事実上脱落した。
数日後。庭園で一人でお茶を飲んでいたら、殿下が訪れた。
「クラリッサ……戻ってこないか」
「は?」
やっぱり来た。「捨てた男が戻ってきてくれと言ってくる」展開。
テンプレの中でも最高級にベタなやつ…個人的に私は好みじゃない。
「殿下。その展開は没です」
「……何を言っている」
「私が担当編集なら……読者がいちばん嫌う展開です、やり直してください。…って返しますね」
殿下が完全に意味がわからないという顔をしている。そりゃそうだ。
「お断りします。もう私の物語に、殿下の出番はありません」
振り返らずに歩き出した。
……ちょっとだけ、泣きそうになった。
だって三年間、一緒にいたんだもの。
その気持ちが全部嘘だったとしても、過ごした三年間は変わらない。
でもここで泣いたら、テンプレに負ける。
私は編集者…物語を、テンプレに殺させはしない。
翌日。庭園のベンチで、ルーファスと隣り合って座っていた。
「落ち着いたか」
「……まあ、一応」
「今回のこと、すごかったな。殿下の計画をあんな形で暴くなんて」
「私はほとんど何もしてない。ユーリア様が勇気を出しただけ」
「そう言うところが、お前らしいな」
お前、って。いつからそんな呼び方に。
「ルーファス。一つ聞いていい」
「何だ」
「あなたは……テンプレ通りの人なの?」
「は?」
「いや……なんでもない」
ルーファスが不思議そうに私を見た。
この人はテンプレ通りに動かない。
編集者として百何十パターンのヒーロー像を頭に入れているのに、この人だけはどの類型にも当てはまらない。
次のページがわからない。
こんな気持ちは…初めて。
「……もう少しだけ、隣にいていい?」
「ああ、いいに決まってるだろ」
風が吹いた。
桜に似た花びらが空を舞っていて、春を感じる。
(これが巻頭カラーだったら、見開きで花びらを散らして……って、もう、なんでも編集目線になるのやめなさい、私)
でもやめられなかった。
でも、この先の展開はまだ私にもわからない。
ネームもコンテもない、真っ白な次のページ。
でも不思議と、怖くはなかった。
だって、ここからの物語は私が書いていくんだから。
【完】私はクラリッサ・ローゼンハイム。
ローゼンハイム公爵家の一人娘で、今年十八歳。
……という設定の、転生者です。
前世の私は少女漫画雑誌『月刊パルフェ』の編集者でした。
担当作家十二人、毎月のネーム会議、締め切り地獄、印刷所との戦い…
年間二百本以上のネームに赤ペンを入れて、「この展開は読者に刺さらない」「ここのヒロインの感情の動線が不自然」「三話連続で泣くヒロインは飽きられます」とダメ出しし続けた。
好きだった。大好きだった。物語を作る仕事が。
でも体がついてこなかった。
三日連続の徹夜明け、校了日の朝に倒れて…気がついたらこの世界にいた。
転生先のクラリッサとしての生活は、正直に言うとすごく快適だ。
朝は侍女のマルタが起こしてくれる。朝食は温かいスープとパン。
午前中はお茶会か読書。午後は庭園の散歩か刺繍。夕方は夜会の支度。
前世で最後に食べたのがコンビニのカロリーメイトだったことを思うと、泣けてくる。
「お嬢様、今日のお茶会はフェルゼン侯爵家のご令嬢方がいらっしゃいますが」
「うん、大丈夫。いつものメンバーでしょう」
「はい。……お嬢様、最近なんだかぼんやりされていませんか」
「え、してないわ。考え事をしているだけ」
マルタが不安そうな顔をする。
この子は私のことをよく見ている。たまに怖いくらい。
考え事というのは本当だ。
私はこの世界に来てからずっと、ひとつ気になっていることがある。
そう、この世界、展開がちょっとテンプレすぎるのだ。
急に王太子アルヴィン殿下との政略婚約。
そして三ヶ月前に召喚された聖女ユーリア。
殿下がユーリア様に傾倒し始めて、私への態度が冷たくなっていること。
漫画でいうところの、これは1巻の導入だ。
お約束の展開が控えている。
婚約破棄で退場。あるいは悪役令嬢の断罪…
わかる。ネームを見た瞬間にわかる。
二百本読めば嫌でもパターンが頭に入る。
「この展開、うちの雑誌に持ち込まれたら…もうちょっと捻ってくださいって返すやつだな……」
「お嬢様?」
「何でもない」
その夜会で、それは起きた。
アルヴィン殿下が大勢の前で私に向き合った。広間が静まる。
「クラリッサ。話がある」
来ちゃった。
1話ラスト2ページとかの鉄板展開。編集者として何百回も見たやつ。
「婚約を、解消させてほしい」
ほら、言った。セリフまでテンプレ。
周囲がどよめく。令嬢たちがひそひそ話す。
ここで私が泣いて駆け出したら「悲劇のヒロイン」の完成。
そして聖女がヒロインに昇格して、私はフェードアウト。
でもね、殿下。
私は編集者なの。テンプレをそのまま通すわけにはいかないのよ。
「……承知しました」
「え」
「婚約の解消、受け入れます」
殿下が面食らった。もっと抵抗すると思っていたのだろう。
泣くとか、縋るとか、「なぜですか」と問い詰めるとか。
でもそういうのは、少女漫画では「負けヒロイン」のムーブなのだ。
読者がいちばん冷める展開。
「ただ、ひとつだけ」
「何だ」
「この展開、少し面白みに欠けませんか?」
「……何を言っている」
「失礼しました。独り言です」
私はにっこり笑って、広間を出た。
うしろで殿下が困惑しているのが気配でわかった。
心の中で呟く。
(ここで退場するのがテンプレ…だけど私は退場しない。
次のページをめくらせるために、ここから動くの)
翌日から、私は社交界に復帰した。
普通なら婚約破棄後の令嬢は引きこもるものらしい。
部屋に閉じこもって泣いて、数ヶ月後にひっそりと領地に帰る。
「悲劇のヒロインは読者に飽きられる」が編集者としての持論だ。だからここは真逆にいく。
今までと変わらず、お茶会に顔を出し、夜会にも参加し、いつもと変わらない笑顔を振りまいた。
「クラリッサ様、良かった、お元気そうで……」
「ええ、おかげさまで。紅茶がとても美味しいわ」
令嬢たちが戸惑っている。
同情するつもりで声をかけたのに、同情される隙がない。
これでいい。次の展開は私が作る。
そして私が最初にやったのは、聖女ユーリア様に会いに行くことだった。
テンプレ少女漫画なら、ここで聖女と対立する。
「あなたが殿下を奪った!」「私は何もしていません!」のやりとり。
最近はテンプレになりすぎて読者がうんざりするやつね。
もちろんそんなことやらないわ、安直すぎるもの。
ヒロイン同士を対立させるのは新人作家がよくやる失敗だから…
そんなことを考えながら会いに行った先で、なぜかユーリア様は怯えていた。
「クラリッサ様……! あの、私…本当に何もしていなくって、殿下が勝手に……」
「知ってるわ。あなたのせいじゃないでしょう」
「え……」
「殿下が一方的に舞い上がってるだけ。あなたは巻き込まれた側よね」
ユーリア様の目がみるみる潤んだ。
「……はい。私、この世界に召喚されてから、ずっと怖くて……殿下が勝手に色々決めてしまって、断れなくて……」
やっぱり。
編集を何年もやっていたから、人の顔を見れば嘘かそうでないかどうかだいたいわかるようになった。職業病というやつだ。
ユーリア様の顔は、嘘はついていない。そればかりか明らかに「助けを求めている人」の顔だった。
「ユーリア様。私と手を組みませんか」
「手を……?」
「殿下が勝手に暴走しているなら、止める側に回りましょう。
あなたは利用されているだけ、私は捨てられた側。利害は一致してる」
「で、でも……どうやって……」
「…まだわからない。でも、少なくとも一人で抱え込むよりはマシでしょう」
ユーリア様が泣きながら頷いた。
(聖女と悪役令嬢が手を組む。これなら読者も予想しないわ、連載第2話の引きとしては悪くない)
……って、なんで私は自分の人生を編集会議のノリで評価してるの。職業病が過ぎる。
それからしばらくして、もうひとりの厄介な登場人物が現れた。
騎士団のルーファスという青年。
アルヴィン殿下とは幼馴染で、でも殿下の行動には批判的らしい。
ある日、私が庭園でユーリア様と作戦会議をしていたら、ルーファスが声をかけてきた。
「クラリッサ嬢。少しいいだろうか」
「はい。何でしょう」
「俺は……殿下がやっていることは間違っていると思っている。貴女に非はない」
「あ、ありがとうございます。わかっています」
「……もし困ったことがあれば、力になりたい」
真っ直ぐな目で言う。嘘がない。
(待って。このタイミングで優しい男性が現れるの、テンプレ中のテンプレじゃない。2番手ヒーローの登場シーンそのまんま。「困った時に手を差し伸べる騎士」って、新人作家が一番使いたがる設定……)
「お気持ちはありがたいのですが、大丈夫です。自分でなんとかしますので」
「そうか……でも、無理はしないでくれ」
ルーファスが去っていく。
……なのに、胸がちょっとだけ跳ねた。
いやいやいや。これはフリ。
中盤で出てくるときめきはストーリー上の揺さぶりであって本物の恋じゃない。……よね?
「お嬢様、お顔が赤いですよ」
「あ、赤くないわ! ちょっとこの部屋が暑いだけ!」
マルタが「はあ」という顔をしている。何その顔!
そして約二ヶ月後。社交界最大の夜会の日。
ユーリア様と私は、殿下の計画を掴んでいた。
どうやら殿下は、聖女の力を利用して、王位継承レースで兄王子を出し抜こうとしているらしい。
もちろん、ユーリア様の意思は無視。
「聖女は国のために尽くすべきだ」という美名の下で、一人の少女を道具にしようとしていた。
証拠は、ユーリア様が殿下の書斎から持ち出した殿下直筆の計画書がある。
夜会の大広間。
殿下が演壇に立ち、聖女ユーリアの「功績」を称えるスピーチを始めた。
これが殿下の晴れ舞台…になるはずだった、最も多くの人が見ている場所。
(加害者が自分のために用意した舞台で、そのまま逆転される構造。
少女漫画なら見開き2ページ使う場面ね…絶対ここしかない!)
「少々よろしいでしょうか」
私が声を上げた。広間が静まる。
「クラリッサ……? 何をしている」
「殿下。聖女様の功績を称えるなら、まず聖女様ご本人のお気持ちを聞くべきではないかしら」
ユーリア様が前に出た。
手が震えている。でも、目は真っ直ぐだった。
「私は……殿下の道具ではありません。私の力をどう使うかは、私が決めます」
「ユーリア、何を言って……」
「この計画書は殿下が書いたものですね。私の力を王位継承に利用する計画」
計画書を掲げた瞬間、広間がどよめいた。
殿下の顔からどんどん血の気が引いていく。
「それは……違う、誤解だ」
「誤解かどうかは、ここにいる皆様が判断されるでしょう」
私はそう言って、一歩下がった。
ここまでは計画通り、これ以上は私の出番じゃない。主役はユーリア様だ。
編集者は裏方。物語を作るのは作家の仕事。
私はただ、舞台を整えただけ。
その後、殿下は王家から厳しい叱責を受け、王位継承レースから事実上脱落した。
数日後。庭園で一人でお茶を飲んでいたら、殿下が訪れた。
「クラリッサ……戻ってこないか」
「は?」
やっぱり来た。「捨てた男が戻ってきてくれと言ってくる」展開。
テンプレの中でも最高級にベタなやつ…個人的に私は好みじゃない。
「殿下。その展開は没です」
「……何を言っている」
「私が担当編集なら……読者がいちばん嫌う展開です、やり直してください。…って返しますね」
殿下が完全に意味がわからないという顔をしている。そりゃそうだ。
「お断りします。もう私の物語に、殿下の出番はありません」
振り返らずに歩き出した。
……ちょっとだけ、泣きそうになった。
だって三年間、一緒にいたんだもの。
その気持ちが全部嘘だったとしても、過ごした三年間は変わらない。
でもここで泣いたら、テンプレに負ける。
私は編集者…物語を、テンプレに殺させはしない。
翌日。庭園のベンチで、ルーファスと隣り合って座っていた。
「落ち着いたか」
「……まあ、一応」
「今回のこと、すごかったな。殿下の計画をあんな形で暴くなんて」
「私はほとんど何もしてない。ユーリア様が勇気を出しただけ」
「そう言うところが、お前らしいな」
お前、って。いつからそんな呼び方に。
「ルーファス。一つ聞いていい」
「何だ」
「あなたは……テンプレ通りの人なの?」
「は?」
「いや……なんでもない」
ルーファスが不思議そうに私を見た。
この人はテンプレ通りに動かない。
編集者として百何十パターンのヒーロー像を頭に入れているのに、この人だけはどの類型にも当てはまらない。
次のページがわからない。
こんな気持ちは…初めて。
「……もう少しだけ、隣にいていい?」
「ああ、いいに決まってるだろ」
風が吹いた。
桜に似た花びらが空を舞っていて、春を感じる。
(これが巻頭カラーだったら、見開きで花びらを散らして……って、もう、なんでも編集目線になるのやめなさい、私)
でもやめられなかった。
でも、この先の展開はまだ私にもわからない。
ネームもコンテもない、真っ白な次のページ。
でも不思議と、怖くはなかった。
だって、ここからの物語は私が書いていくんだから。
【完】




