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形が手のひらで踊る

形が手のひらで踊る


踊る人形。ミステリーの世界では知らない者のいない、金字塔のようなシリーズの代表です。かの名探偵が解き明かした暗号、人形とアルファベットの変換による暗号化。それを語る小説サークルの片隅で、彼は退屈そうにあくびをしました。名探偵も名作家も、恥ずかしくて原稿を燃やしたくなるだろう。そんな作品だと言います。


「伝わらない作品なんて、大した価値はない」


……無粋なことを言い出すのは彼の日常、またか、と聞き流す者がほとんどでしたが、隣に座られた私はそうはいかない。しぶしぶですが話を聞きました。彼は、変換法則に無理があると言います。


人形の出現頻度からアルファベットを推測するのは確率論に過ぎず、暗号の段階では原文がわからない。Eが一番多いと言い切るには相当の文章量がいるが、そんな長文ではなかったはずだ。そもそもが統計をもとにする推理などお粗末としか言えず、都合よく書いただけ。これでは失敗作と言われても仕方がないとひどい言いようでした。しかし名探偵の解読した暗号は、文章として成立してストーリーは続いた。当たっていたじゃないか、と言い返すと、彼は呆れたように言いました。


「そう書いたんだよ」


……名探偵の推理は、フェイクだったと彼は語りました。どちらとも取れる暗号を用意して、偽の答えに沿ったストーリーを作る。本当の暗号は、名作家が隠したのだ、と。どんな媒体で発表するとしても、連作にするのなら完結までに必ず時間ができる。その間に、読者のうちの何人かが「本当の答え」を導く。気がつかなかった者は、手のひらの上で踊る人形のようにフェイクの答えを与えられ、一生疑わない。一人でも多くの者が気がつくように、名探偵はこんな言葉を吐く。「簡単な推理だよ」。難しいことなど何もない、気がつけば簡単なことだ。名探偵と名作家の、共同戦線のような暗号は、偽物の答えを疑わない識者によって封殺されている。恥ずかしくって原稿を燃やしたくなるだろう。そんなことを言っていました。


……なら、君は知っているのか?名探偵と名作家が出した、暗号の本当の答え。その解読が、君にできたっていうのか?……彼は、得意になる風もなく言っていました。


「結構みんなしてんだよ」


気がつく者は気がつくこの暗号は、わかってしまえば全部同じ。名作だ、と叫ぶ者には二種類の人間がいる。与えられたフェイクを声高に叫ぶ者、真実にたどり着き喝采を送る者。……自分も最近までは気づかず、人のことは言えないが……。彼は部屋の隅に戻り、しばらく黙っていました。その日の帰り際、彼から聞きました。伝わった者だけが、なぜ名作かを知っている。ここまで言ってはいけないんだが……手のひらで踊るより、よっぽど楽しいぜ?彼と別れた帰り道で、道行く人が時折人の形に見えました。


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