雷井戸
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
バリバリバリ! という音とともに輝く稲光! そのときだけ、窓などに浮かび上がる人や物の影。光がおさまると、そこにはなんにもない……というのは、ホラーでも定番の演出だよねえ。
あれ、突っ込むのは野暮かもしれないけれど、どのような理屈なんだろ? SFによくある光学迷彩的なものを張っていて、雷の光だけがそれを突き通すとか?
とはいえ見えなくするだけじゃなく、質量の創出、消失もただちに行えてしまうというのが幽霊や怪物たちに特有の能力。それらを貫いて、本質をさらけ出させるのだと思うと、稲光の帯びるパワーってものは実に強力。創作だとしても、作り手たちは多かれ少なかれ、その力を信じているのだと思う。
現実でも、雷が起こすパワーと影響力は疑いようがない。山火事など、人工的に再現するには手間のかかることでも、苦もなくもたらすことができる。
自分たちの望むことを、より手短に、より簡単にと、人間は工具の改良に力を入れ続けているけれど、自然のもたらす効率にはまだ及ばない。それは今も昔も変わらない「お恵み」の範疇なのだろう。
このお恵みは、偶然だからこそそう呼ばれる。でも、これをどうにか都合よく利用できないか……という試みは、昨今でも続けられているようだ。専門の研究施設とかでなくてもね。
その試みのひとつについて、聞いてみないかい?
いとこが前に話してくれたのだけど、いとこがかつて住んでいた地域では「雷井戸」と呼ばれるものを作っていたようだ。
昔から存在する井戸のうち、すっかり水が枯れてしまったものを、その雷井戸へと転用するのだという。
準備としては、その井戸をおおよそ深さ1メートルほどになるまで埋め立ててしまうこと。そして、その上に井戸の口をいっぺんに隠せるほどの、大きい木の蓋をこさえて栓をするんだ。
この蓋に使われる木というのは、かつて落雷のあった折に、真っ二つに裂けてしまったという、かつての木のものが使われているらしい。かの地域では木に雷が落ちることがたびたびあったようで、その木を伐り倒してのち、使える部分を木材として保管。こうして蓋を作るのにつかわれるとか。
そうしてこさえた雷井戸。利用法は実にシンプルだ。
遠くで雷の音が聞こえたならば、雷井戸の蓋を開け、埋め立てられた井戸の底をあけっぴろげにしておくんだ。それは天気が良くなり、雷の気配がなくなるまで続け、すっかり遠ざかったら蓋をしめなおす、というわけ。
この行いからおおよそ察することはできると思うけど、雷井戸は雷をそのうちへ取り込もうとする狙いがある。
この試み、歴史としては数千年も前から行われているらしい。そこに電気の概念があったとは考えづらく、純粋な雷の力ってものを蓄えようとしたのだろう。
馬鹿らしい、と思うかい?
でもまったく意味のないことだったなら、歴史のどこかで消えているはずさ。徒労でしかないのなら。
けれど今でも続いているってことは、ないがしろにしちゃいけない意味や実績がそこにあるわけだ。
いとこが直近で体験した、雷井戸の力はこのようなものだ。
雷井戸は、いったん雷があったならば通常、次の雷が発生するまでは蓋をしたままで置かれる。新鮮な雷のエネルギーと常に取り替えていくためだろう。しかし、有事の際には蓋が解かれて、中身を解き放つことがあるのだとか。
いとこの通う学校の片隅にも、雷井戸がある。雷が鳴るような天気になると、用務員さんが井戸の蓋を開閉しに動く姿が、たびたび見られたとか。
しかし、雷が迫るでもなく蓋を開けるケースをいとこは目の当たりにしたことがある。
あれは一時間目からだった。
授業の半ばあたりで、ふと教室全体が揺れる。先生はいったん黒板に書くチョークの手を止めたし、生徒もまた全員顔を見合わせたそうだ。
ただの揺れと違うのが、天井側からも「ドン!」と強い衝撃音がしたこと。普通は上の階の教室で、人やものが強烈に叩きつけられたかしたか……と想像するところだけど、いとこたちのいる階は校舎の最上。
あり得る音源は屋上からしか考えられない。そして屋上はしばらく前から完全に封鎖されて、誰も入ることができないときている。
だとしたら、いったい何者が……。
そうこうしているうちに、なお揺れは二度、三度と教室を襲い、いくらか騒ぐ子たちも出てくる。先生は、教室のみんなへ机の下に隠れるよう指示を出すものの、いつもやる避難訓練のときと比べて、やたらと裏庭を気にしていたのだそうだ。
校舎の裏庭。そこにはあの雷井戸の姿もある。ちょうど窓際の席だった友達が先生にならって視線をやったところ、井戸のそばに用務員さんの姿が見えた。
今日の空は晴れ渡り、雷のする気配はなし。されども、用務員さんは蓋へ手をかけて、それを開け放ったんだ。
いとこが机へ潜ってからほどなく、また大きい音が響き渡るも、先ほどまでの天井へ叩きつけられるような衝撃音とは違う。
間近に落ちたかと思う雷の音にそっくりで、やはりみんなが机の下ながら、空を見やってしまうものだったとか。それが鳴り響いたのち、ここまで続いた揺れも衝撃音もぱたりと止んでしまったんだ。
直後の休み時間から、雷井戸の蓋は鎖と錠によって厳重に封がされてしまった。通っていた生徒たちもはじめて見る井戸の姿に興味が湧くも、見張りの先生たちと用務員さんの手によって、必要以上の接近は許されなかったらしい。
ただし、近づいてみると焦げた焼き魚を思わせる臭いが、井戸のほうからかすかに漂ってきた。それは井戸から鎖が外される一か月程度まで、変わらなかったみたいだよ。