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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛の短編

私はあなたの「つがい」じゃないけれど

 私。ネイディーン・バロンは今、職場の相棒に熱烈に口説かれている。


「ネイディーンはなんて美人なんだ。こんな凄い筋肉と怪力を持つ女騎士なんて、他にいない。人間なんかじゃ到底、受け止められないほどだ!」


 口説かれて……いる? まるでゴリラを称えるような告白に、ネイディーンは首を傾げた。

 だが相棒ウルズは真剣な眼差しで、恍惚とネイディーンを見つめている。

 そして何かを思い出したように、ウルズは端整な顔を歪ませた。金色の瞳がギラギラと、怒りで燃え上がった。


「なのに……なんで、あの第三王子がネイディーンの婚約者になるんだよ! あんなヘナチョコ野郎の、どこがいいんだよ!」

「ウルズ。何度も説明したが、第三王子との婚約は王命だ。先の戦いで私とウルズが活躍をしたから、戦果の褒美として賜ったのだ。私だって、お会いしたこともない高貴な王子様と婚約だなんて、正直気が進まないよ」

「だったら婚約破棄すればいいだろう! 何なら俺が奴の所に乗り込んで、めっちゃくちゃにしてやろうか!」

「バカだな。ウルズが王城に乗り込んできたら、人間への叛逆(はんぎゃく)と見なされて殺されるぞ」


 ウルズは「フン」と鼻息を吐いた。

 彼の言う通り、私の婚約者となった第三王子は確かにヘナチョコである。女性のように華奢な上に臆病な性格で、正直自分と合うとは思えない。だが、戦果の褒美とあれば王の手前、騎士としてありがたく受け入れるしかない。向こうだってきっと、竜に跨る豪快な女騎士と婚約だなんて、困惑していることだろう。


「大体、俺とネイディーンが活躍したってのに、なんで褒美が王子様なんだよ! 俺とネイディーンが婚約すべきだろう!!」


 ウルズが白熱してきたので、ネイディーンはいつもの台詞で(いさ)めた。


「ウルズ。私はあなたの “つがい” じゃないよ」

「わかってるよ、そんなことは! つがいがなんだってんだよ!」

「つがいとは、運命が決めた恋人同士のことだよ。ひと目会うだけで互いにわかるらしい。ほら、あそこにつがいのカップルがいる」


 崖の上に立つウルズは、ネイディーンが指す方を向いた。

 空を挟んだ向こう側にある岩山で、二頭の竜がイチャイチャとじゃれ合っている。

 ウルズはその姿を冷めた目で見下(みおろ)した。


「フン。俺だって、ネイディーンと出会ってすぐにビビッと来たぜ?」

「でも、私は人間だ。あなたのつがいじゃない」


 何度も同じセリフを聞かされたウルズは拗ねて、鋼のように硬い首をネイディーンに寄せた。


 そう――。ウルズは竜なのである。

 まるで人間のように感情豊かで賢いが、立派な翼と爪と鋼のウロコを持った、大きな黒竜なのだ。

 ネイディーンはウルズの首を抱えるように撫でた。良い匂いがする。

 ウルズは竜なのに身だしなみに敏感で、毎日森の中にある香木に首を擦りつけては、良い香りをまとっているらしい。一度褒めたら、それからずっと。まるで香水をつける男のようである。


 ネイディーンの黒髪に鼻先を(もぐ)らせていたウルズは、器用に牙を使って、髪に絡み付いていた小枝を取った。


「ネイディーンの美しい顔に傷がついたら大変だ」


 ウルズはこの通り優しくてマメな竜だが、戦いとなれば勇敢かつ有能で、ウルズに騎乗して戦うと無敵のような気持ちにさせてくれる。女竜騎士として王国に評価されているのは、殆どウルズのおかげだとネイディーンは思っている。


「私はウルズに幸せになって欲しいんだ。竜のつがいを見つけて本当の愛を得られれば、きっと……」

「俺の本当の愛はとっくに見つかってるから、つがいなんかいらないね。ネイディーンと一緒にいるだけで、俺は幸せなんだ」


 (私もそうだよ)という言葉を、ネイディーンは飲み込んだ。

 どんなにウルズと同じ気持ちでも、彼を選ぶことはできない。

 ウルズと自分ではあまりにも種族が違いすぎる。恋愛や婚約だなんて人間社会では非常識すぎて、到底無理な話だ。


 ネイディーンは座っていた岩から立ち上がり、遠くに(かす)む隣国を見つめた。黒く(よど)んだ空には、沢山の竜が飛んでいる。


 ウルズが屈んで騎乗を促し、ネイディーンは背中に乗った。大きな翼を羽ばたかせると、ふたりは一気に上空に飛び立った。


「また戦争が始まるな。人間てほんとに戦争が好きだよな。もっと楽しく暮らせばいいのによ」

「ごもっともだな。我々が国という入れ物の中で生きる限り、戦争はずっと続くのかもしれない。人間同士の争いに竜を巻き込むなんて、申し訳のない話だ」

「だけどおかげで俺はネイディーンと出会えた。つがいを超えたラッキーだぜ!」


 喜びで滑空のスピードを上げるウルズの首に、ネイディーンはしがみついた。


「……でも、今回の戦いを終えたら私は……」


 ネイディーンの呟きは風の音にかき消されて、ウルズの耳には届かなかった。ネイディーンはその先を続けることなく、言葉を飲み込んだ。



 そうして王国はさらなる激しい戦いに巻き込まれていった。

 隣国は戦況の不利を悟ると、人間には制御が利かない弩級(どきゅう)の竜まで持ち出して、自軍に損害を出しながら玉砕戦を仕掛けてきた。

 この弩級の竜によって王軍の要であった竜騎士団は壊滅状態となり、その犠牲を()って王国は辛い勝利を上げた。


 ――ネイディーンとウルズも最前線でこの弩級の竜の石化の息吹を受け、空から地上に落下した。

 ネイディーンは急激に温度を失いながら、自分の身体が石化していくのを感じていた。地面から見上げる視界には、自分と同じく石化していくウルズが見える。泣いているのだろうか。頬に水滴が落ちてくる。


 ネイディーンは最期に、どうしてもウルズに伝えたいことがあった。

 本当は種族の垣根を超えて、ウルズのことが好きだったことを。

 竜と人間の恋が許されないのなら、すべてを捨てて王国から逃げ出して、遠い遠いどこかの地で、ふたりだけで暮らすなんて……そんな非常識な自分の夢を。この戦いが終わったらウルズに打ち明けて、彼がどう応えるのか聞いてみたかった。


 だがネイディーンの声帯はすでに石化して、一言も発することが叶わなかった。

 完全に石となっていくネイディーンを抱えたまま、ウルズは号泣して空に向かって吠えた。


 それが、死にゆくネイディーンが最期に見た光景だった。



 ◇ ◇ ◇



 ーーそれから数百年後。

 長年続いた大陸の戦争は収束し、世界に平和なひと時が訪れた。


 ここは王国の城下町にある、小さなレストラン。

 料理人の両親の娘として生まれたニーナには、不思議な前世の記憶があった。

 戦国時代のこの王国で、勇ましい女竜騎士として黒竜に乗り、空で戦っていたのだ。

 と。これを言うと両親に「本の読みすぎだよ」といつも笑われるので、ニーナはこの記憶を心に秘めるようになった。

 確かにこの王国を命懸けで守った女竜騎士ネイディーンと黒竜ウルズの伝説は有名だから、ニーナも本で読んだことがある。だが書に記されていた通り、過酷な戦いの中でネイディーンとウルズが石となって死んでいくのを、ニーナは自分の記憶として確かに覚えているのだ。


「生まれ変わり……かぁ」


 ニーナは自室の大きな鏡で、自分の姿をマジマジと見つめた。

 わずか七歳の、女の子らしく華奢(きゃしゃ)な体が映っている。色白で手足は細く、白銀の髪と薄紫色の瞳が(はかな)くて、前世の(たくま)しい姿とは対照的だった。自分に騎士的な要素が一つも無いのだから、両親が笑うのも無理はない。

 前世と同じように騎士を目指そうと体を鍛えてみたものの、虚弱な体は怪我をするばかりで、ニーナは騎士になるのを諦めた。


「ニーナ、ランチの時間だからレストランを手伝ってちょうだい」

「はーい」


 ニーナが調合したスパイスを料理人の父に提案したところ、それが評判になって我が家のレストランは連日繁盛していた。

 ニーナは騎士になるような身体能力は得られなかったが、代わりに人より嗅覚や味覚に優れていた。


「お母さん。いっぱいお手伝いしてるんだから、あの約束は必ず守ってよね?」

「ニーナは十六歳になったら、旅に出たいのでしょう? 女の子のひとり旅だなんて心配だわ」

「お小遣い貯めて、護衛を雇って行くから!」

「まったく……そこまであの伝説に影響されるなんてねぇ。その場所に本当に竜の遺体があるかなんて、わからないわよ? 何しろ何百年も前の話なんだから」


 それでもニーナはどうしても、この目で前世の事実を確かめたかった。

 事実であるなら、ウルズの亡骸(なきがら)があの場所で、ずっとひとりぼっちでいるのだ。

 ニーナは一日も早く、そんなウルズを見つけて(とむら)ってあげたかった。



 それから九年が経って、ニーナは念願の十六歳になった。

 華奢だった少女は相変わらず小柄だが、年頃らしく可愛らしい女の子に育った。だけど性格は見かけによらず豪胆で、ニーナは心配する両親を解き伏せて、宣言通りに竜の遺体を探す旅に出た。


「探すと言っても、場所はわかってるんだよね。書物には、辺境にある深い森の中だと書いてあるから」


 伝記によると、石化の息吹を浴びた黒竜は、石となった女竜騎士の遺体を抱えたまま、最期の力を振り絞って飛び、誰も踏み入れない深い森の中に石となって堕ちていったらしい。

 あまりに悲劇的な描写に、ニーナは何度読んでも胸が苦しくなる。


「かわいそうなウルズ。私が今から弔いに行くからね」


 ニーナは自宅から持ってきた布袋を大切そうに抱きしめた。


 馬車を何台も乗り継いで、夕方になる頃にようやく、ニーナは辺境近くの町までやってきた。深い森に入る前に、この町の役場で護衛を雇うのだ。

 レストランで長年働いて貯めたお小遣いを握って、ニーナは役場の扉を開けた。



「あ~、あの森は魔獣がウジャウジャいる危ない場所でねぇ。割に合わないって、護衛は断られるんだよね」


 申し訳なさそうな窓口のおじさんの前で、ニーナは絶望した。

 ここまで来て、まさか護衛を雇えないだなんて、予想外だった。

 もちろん、戦う術のない自分が独りでそんな危ない森に入るなんて無謀はありえないし、「詰んだ」としか言いようがない。


 が、後ろから来たおばさんが、窓口のおじさんに声をかけてくれた。


「あら。クラウス先生なら行ってくれるんじゃないかしら」

「あ~、あの先生か。頼めばついでに連れてってくれるかもな」


 護衛なのに「先生」を紹介されるようで、ニーナは意味がわからず閉口した。

 すると窓口のおじさんは教えてくれた。


「クラウス先生は魔法学の学者さんで、調査のためにあの森に頻繁に出入りしてるんだ」

「え、でも危険な魔獣は?」

「先生は魔法が使えるから、魔獣を退治しながら森の中を移動しているらしい」


 なんだか、異様な人物に同行を願うことになってしまった。

 だがニーナには他に手段がないので、その先生に護衛を依頼することにした。

 役場のおじさんが鳩便を飛ばしたらすぐに返事が戻ってきて、翌朝にクラウス先生が役場に来てくれることになった。



「即日に快諾してくれたのはありがたいけど、本当に変な人が来たらどうしよう」


 ……と。ニーナは宿泊した宿のベッドの中でひとり、不安になっている。

 お小遣いをドブに捨てる結果になるかもしれないし、最悪の場合、森の中で野垂れ死んでしまうかもしれない。

 ニーナは窓を覗く月を見上げて、決意が揺らがないように呟いた。


「ウルズ。必ず行くから、待っててね」



 そして翌朝。

 待ち合わせの役場には懸念の通り、変な人が現れた。


 どこぞの貴族のように麗しく長い黒髪に、切れ長の瞳で整った顔。背の高い美男子だ。エレガントな香りがする。

 だが、奇妙なのはその服装だ。

 まるでこれからピアノのコンサートにでも出るような、豪華な装いをしている。森で護衛をするような格好ではないし、高貴すぎてこの役場からも浮いていた。


「え、えっと。クラウス先生……ですか?」

「あぁ。俺が君の護衛を務める、クラウス・エンデだ」


 煌びやかなクラウスの容姿を、ニーナは凝視してしまう。

 クラウスもまた、金色の瞳でこちらをジッと見下ろしている。気圧されてしまう眼力だ。


「女の子がひとりで危険な森に行くとは。何の用があるんだ?」

「その……竜の石像にお供えをしたくて」


 クラウスはニーナが大切そうに抱えている布袋を見下ろした。


「フン。たまにいるんだよな。乙女と竜の石像を拝みに来る物好きが。大方、伝記に影響を受けているんだろうが……」


 クラウスが踵を返して役場の外に向かったので、ニーナは慌てて追いかけた。


「あの、乙女?っていうか、女竜騎士ですよね?」

「……竜にとっての乙女という意味だ。石化したまま、ふたりはずっと一緒にあの森にいる」

「じゃあ、どちらの遺体もまだ存在してるんですね!? 数百年も経ってるし、てっきり石が朽ちてるかもと……」


 背中を向けて歩きながら会話をしていたクラウスは、勢い良く振り返って大声を上げた。


「死んでなどいない!! 断じて遺体ではないぞ!!」


 あまりにムキになった返事に驚いて、ニーナはひっくり返りそうになった。

 周囲の町民たちも立ち止まって注目したので、クラウスは我に返って咳払いをした。


「強力な石化の魔法を浴びて石になってしまったが、乙女は生きているのだ。俺は石化の魔法を解くために、長年魔法学の研究をしている」

「女竜騎士を生き返らせるつもりですか?」

「あぁ。俺はそのために人生を懸けているからな」


 長年研究していると言う割に見た目は二十歳そこそこで、学者としても若いように見える。

 だけど人生を懸けていると明言するクラウスに、「私がネイディーンの生まれ変わりなのだから、その石像は遺体である」なんて、事実は言えなかった。


「少女よ、行くぞ」

「ニーナです」


 クラウスは華麗にマントを翻し、ニーナは後に従って深い森に踏み入った。


 そこからは、驚くべき快進撃で突き進むこととなった。

 深く茂る森は暗く、奥に向かうほどこちらに牙を剥く魔獣は増えていくが、蝙蝠のような空飛ぶ魔獣も、徒党を組む狼のような魔獣も、登場するや否やクラウスの魔法によって、ドン! ボガン! と、倒されていく。

「ひえぇ」と慄くニーナを振り返りもせずに、クラウスは獣道をどんどん進んでいった。

 この森に通い慣れているのは本当なのだろう。護衛並みに攻撃魔法が使えるのもよくわかった。というか、魔法って杖も無しに、こんなにポンポン出るものだろうか。


 鮮やかに倒されていく魔獣を見回すうちに、ニーナは倒木に足を取られて、前につんのめった。

 派手に転んだかと思いきや、いつの間にかクラウスが自分の体を支えていた。


「すまない。いつもの癖でサッサと進んでしまった。今日は少女がいるんだった」

「ニーナです」

「ニーナ……。軽いな。ちゃんと食べているのか?」

「十六でこれぐらいって、普通ですが……」

「え? そうなのか?」


 せっかく美男子なのに、クラウスは魔法学の研究にずっと没頭しているのだろうか。なんだか世間知らずというか、年寄りじみた子供のようで不思議な感覚だ。こういう人には素直に訴えた方が通じやすいと、ニーナは悟った。


「ねぇ、クラウス先生。休憩しよう。普通の女の子はそんなに長時間歩けないよ?」

「なんだ? もうタメ口か」

「うん。ごめん、敬語に慣れないから疲れちゃって」


 ニーナは歩き疲れて素を出すと、切り株に座った。脚に限界が来ていた。

 クラウスも隣の切り株に座ったので、ニーナは改めてクラウスの全身を眺めた。

 木漏れ日を浴びて、クラウスの艶やかな黒髪と金色の瞳が美しく輝いている。リラックスしながらも警戒を怠らない端整な横顔が、ニーナの懐かしい記憶に重なっていた。前世でもこうして、相棒の隣にいつも自分がいた。

 ニーナは少し照れて、クラウスの高貴な服に話題を振った。こんな深い森を歩いてきたというのに、全く汚れていない。


「クラウスは森に行くのに、どうしてそんなに気合を入れたオシャレをしているの?」

「乙女の石像に会うために、いつも失礼のない格好をしている」

「へ~、相変わらずマメなんだ……」


 クラウスの「はぁ?」という怪訝な顔をスルーして、ニーナは抱えていた布袋から箱を出して開けた。


「これは竜の石像にお供えしようと思って、作ってきたんだけど」


 何種類も並んだクッキーの列から、一枚を選んでクラウスに渡した。


「え? 食べていいのか?」

「疲れた時は甘いものが効くよ」


 クラウスは戸惑いながら、受け取ったクッキーを齧った。すると途端に、澄ました顔が綻んだ。


「う、うまい! こんなにうまいクッキーは初めて食べた! なんだ? この複雑なスパイスは!」

「ふふふ。私は生まれつき鼻と味覚が鋭くて、料理が得意なんだ。料理人の父に新しいスパイスの調合を提案したら、レストランの経営が王都で成功したくらい」

「へえ、すごいんだな!」


 感心しながら美味しそうにクッキーを食べるクラウスの姿を眺めて、ニーナは微笑んだ。

 前世では剣術だの戦争だので忙しく、料理などまったくできなかったので、ニーナはいつかウルズに手料理を食べさせたいという願望を心に秘めていた。それが現世で叶ってしまったような、そんな気持ちだった。


 クラウスの頬に付いたクッキーのカケラを取ろうとニーナが手を伸ばして接近すると、クラウスは赤面して仰け反った。見かけによらず、ウブなようだ。


「積極的なのに、照れ症な性格は変わらないね」

「えっ……」


 切り株の上で混乱して固まるクラウスをほったらかしたまま、ニーナは立ち上がって伸びをした。


「さぁ、行こうか。ネイディーンとウルズが眠る場所に」



 そこからの道は来た道とは違って、クラウスは口数多く質問をしながら、ニーナに(まと)わりつくように歩いた。


「なぁ、さっきのはどういう意味なんだ? 俺と君は初めて会ったのに、まるで俺を知っているような口ぶりじゃないか」


 クラウスは余裕なく捲し立てながら、背後から迫る魔獣に掌を向けて、ドン!と衝撃波で倒している。


「なぁ、相変わらずとか、変わらないとか、ニーナの言い方は妙だぞ!」


 クラウスは何かを確信したのか、一生懸命にニーナの顔を確認してくる。そして目を細めて唸ったり、否定するように首を振ったりと忙しい。かといってニーナから近づくと赤面して戸惑ったりして、挙動不審に拍車がかかっていた。


 そうこうするうちに、暗い森の中に、太陽が差している場所が見えてきた。

 ニーナはあの明るい場所に、ふたりの石像があることを直感した。


「なぁ、ニーナ! 待ってくれ! 君はもしかして……」


 後ろでクラウスが(わめ)いているが、ニーナはその場所に向かって早る足を、止めることができなかった。


 円形に拓けた野原の真ん中に、大きな黒竜の石像……ウルズの亡骸が鎮座していた。

 そして隣には、彫刻のように美しい姿で立っている、女竜騎士ネイディーンの石像もあった。まるで花の精のように、頭や首に美しい花が飾られている。


 ふたりの石像に魅入るニーナの横にクラウスは追いついて、真剣な顔でしがみついてきた。


「なぁ、君は本当にネイディーンなのか!? なぁ!」

「クラウス……私は今朝、あなたと出会った瞬間に、あなたが黒竜ウルズの生まれ変わりであるとわかったよ。だって、あの香木の香りがした。クラウスは今、あれを原料にした香水をつけているでしょ? 私は鼻がいいんだ」


 図星なのか、クラウスはギョッとして自分の体の匂いを嗅いでいる。

 そして、だんだんと涙ぐんでいた。


「そんな……石化の乙女は生きていると、ずっと信じていたのに……俺は石化する最中に、神に祈ったんだ。自分の命はくれてやるから、人間に生まれ変わらせてくれと。それから数百年の間、ネイディーンの石化の魔法を解くために、俺は三回も生まれ変わったんだ!」


 せっかく人間に生まれたのに、三度も石像のために生涯を費やすなんて、ウルズの変わらない一途さに、ニーナは胸が締めつけられた。かわいそうだが、事実を受け入れてもらうしかない。


「クラウス。この二体の石像は遺体だ。ネイディーンもウルズも、あの時死んだんだ。どちらも死んだから、こうして生まれ変わったんだよ」


 クラウスは蒼白になって地面に膝をつくと、涙声で呟いた。


「ネイディーンは本当に死んだのか……俺のせいで。俺が守れなかったから、大切な人を死なせてしまった」

「ウルズ。私はここにいる」


 クラウスは涙まみれの顔を上げると、ニーナの顔を見て、また涙を溢れさせた。


「だって……ぜんぜん顔が違うし、体だって華奢な女の子で……まるで別人なのに?」

「こんな私は嫌か?」

「い、嫌なものか! ずっと会いたかったんだ! 何百回生まれ変わっても、どんな姿になっても、ネイディーンは俺の乙女だ!」


 見かけは美男子なのに中身は不器用な子供みたいで、泣きじゃくるクラウスにニーナは微笑んだ。

 そして、ずっと伝えたかったことを告白した。


「私はあなたの ”つがい” じゃないけれど……あなたを愛しているよ」


 クラウスは号泣しながらニーナを抱きしめて、ニーナは懐かしい感覚に包まれた。


「不思議だな。数百年前の竜のウルズと、変わらない温かさだ」


「……愛の温度だよ」


 耳元で囁くクラウスの声に、ニーナは赤面した。


 互いの魂が重なる時を確かめるように、ふたりはいつまでも抱きしめあった。


最後までお読みくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
濃厚な物語でした…!! めちゃくちゃ好き!!
お互い番ではなくても「運命の人」だったんだなぁ…。
きっと切なくて。温かくて、愛しくて、泣けるような。これこそ、番ですよね。 本当に素敵なお話でした。ありがとうございました。
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