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08 Fabula 精神の迷宮に響く再会の声

 俺は、ルヴェリナと眠気眼のゼフィラ、それにゼフィラの監視役リリアナと共に、シルヴァーヴィスタ離宮の廊下を歩いていた。

 ゼフィラの監視役はベリスとしていたが、昨夜の就寝前にリリアナから注意をされた。

『ルヴェリナも一緒なのに、寝る時にまで元刺客をそばに置くなんて危険すぎる』と。

 頬を膨らませて怒るリリアナがあまりにもかわいく、また、普段から俺が心の中で彼女に求めていたその様子に負けて、ベリスの代わりに付いてもらった。

 リリアナが俺に注意をしているとき、後ろにはエリスもいた。

 灰色の鋭い瞳を光らせてギッと睨む彼女は、短い黒髪を逆立て、凄まじい殺気を放っていた。

 俺は、そんなかわいらしい彼女らに本気で注意をされるとうれしくなるので、つい意見を聞き入れてしまう。

 もちろん、俺も考えなしにゼフィラをそばに置いておこうというのではない。

 俺が無防備な時でも、あえてそばで過ごさせて、忠誠心を上げようとしたのだ。

 侍女らは怒りつつも、俺らしい案ではあるからと、渋々了解してくれた。

 その代わりにリリアナとエリスは、ゼフィラの体中を二人掛かりで隈なく調べたが。


「おはようございます、アールヴェリス閣下。ダルクヴァルトへいらっしゃるには軽装のようですが」


 毎度思うが、ヴォルフガングは俺がいつどこを通るのか、予知できる能力を持っているのではないだろうか。

 偶然会ったというよりは、待っていたように挨拶をしてきたヴォルフガング。

 彼の言う通り、俺の服装は、離宮内で過ごすときと変わらない軽装のままだった。

 森の探索に出かけるのなら、皮革製の防護服に頑丈なブーツ、それに帽子と手袋を身に着けているはずだ。


「先にやっておきたいことがあってね。まだ森には行かないんだ」

「やっておきたいこと、でございますか……危険なことでなければよいのですが」

「もしかしたら危ないことが起きるかもしれない。そのときは、この城の存続も危うくなるだろう」

「閣下、そのようなことを何でもないような口調でおっしゃられても、私は心配が募るばかりでございます」

「ヴォルフガングでなければ匂わせることすらしないよ。侍従長は僕の動きを知っておかねばならないだろ? ヴォルフガングの心配度は、僕からの信頼度だ。大いに心配してくれ」


 ヴォルフガングは背筋を伸ばし、手を前で重ねたまま息を強く吸い込んでから答える。


「覚悟を決めてお仕えしてはおりますが、いつか心臓を取り換えることができる能力者を迎えないといけませんな」

「これまで一度も換えることなく元気な姿を見せてくれているじゃないか。これからも……いや、これからこそ、よろしく頼むよ」


 深々と頭を下げるヴォルフガングをあとにして、俺たちは離宮の玄関へと向かった。


「リリアナ、今からの散策はここ(離宮)で待機していてくれ」

「えっ……その指示には応えたくないです」

「思った通りの返事がきたな。無論、リリアナの気持ちはわかっている。しかし――」

「『リリアナがいないことに意味があるんだ、わかってくれるだろ?』っておっしゃるんでしょ。アール様は無理をなさらないので、聞き分けがいい私は指示に従います」


 はは、全部言われてしまった。軽い言い回しで、鼻をツンと上げて勝ち誇ったような顔をしている。


「侍女がそれだけかわいいと、とても気分がいい。少しだけだから、待っていてくれ」

「はわわ……お、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 クネクネと動いているリリアナと別れて離宮から外へ出ると、ルヴェリナが肘をコツコツと当ててきた。


「最近のリリアナ、かわいらしいわよね」

「そうだな……みんないつもかわいくて楽しいよ」

「……みんな、ね。でもリリアナなら、私と同じ扱いだから問題ないかな」

「何か問題があったのか?」

「いいえ、何も。私も楽しんでいるから大丈夫よ」


 なにやら含みのあることを言う……だが、ルヴェリナが楽しんでいるのなら問題はない。


「とってもいい天気ね。アールと城内を歩くの、久しぶりだわ」

「そうだね。でも、できたらルヴェリナには、部屋で待っていて欲しいところなんだけど」

「理由なんてなんでもいいのよ。あなたと一緒の時間は、どれだけあっても困らないんだから」


 ルヴェリナと一緒にいる理由――それは、ライサリア妃殿下に現状を知らせるためだ。

 もちろん俺も、ルヴェリナと二人きりの時間を作りたいところだが、今ではない。

 何よりも守るべきであるルヴェリナと、ライサリア妃が暗殺指示をしたゼフィラを連れて歩く。

 このことが、ライサリア妃にとってどれだけの意味があるのか、もしくはないのか。

 ライサリア妃には何も響かなかったとしても、周囲の者には刺激になるかもしれない。

 どうあれ、俺の動きは何かしらの効果を生むはずだ。

 未だ周囲に漏らしていない暗殺計画についての結果も、無視はできないだろう。


「いいなあ。閣下、アタシもルヴェリナ様と同じようにお話しがしたいです!」

「ゼフィラ、今はルヴェリナと同じように僕のそばにいるから、結構話していると思うんだけど」

「ルヴェリナ様とは、話の内容が違います! アタシも王子様と温かいお話しがしたいの」

「お?」


 突然ぐいっと左腕を引っ張られ、俺の体は強制的にゼフィラへと向けられた。


「あなたね、自分の立場がわかっていないの? アールはあなたの命の恩人なのよ! 他の人ならその場で処刑されているわ。まだ反省が足りないようね。アール、この子をそばに置いておくのをやめましょう」


 ルヴェリナは、ゼフィラへの怒りを口にした。よほど我慢していたのだろう。

 彼女が怒りを露にするところなど、今までに見た記憶がない。


「ルヴェリナ、落ち着いてくれ。ルヴェリナにとって、酷な期間になることはわかっていた。だから君と離れて過ごした方がいいのかもしれないとも考えたりした――」

「なぜ私たちが離れなければならないの?」

「ルヴェリナと離れる理由などないって、すぐにそんな考えは捨てたさ。でもゼフィラにとって、僕に仕えるということがどういうことなのかをわかってもらわなければならない。それに、彼女はどうしても目を離すには危なっかしい子だから、僕の目の届くところにいてもらうしかないと思った。これはすでに説明した通りだ」


 ルヴェリナとは、おそらく初めて強い口調で言葉を交わしたのではないだろうか。

 それでも、ルヴェリナからは俺への理解が込められた言葉なのが伝わってきていて、胸が熱くなった。

 これからの俺は、相手の気持ちをわかりながらも、意図しないことを口にして行動しなければならないのだろうな。

 変わりつつある俺と、俺の周りの環境に困惑していると、目の前でゼフィラが、ふぁさっとドレスをならして跪いた。


「閣下、軽率な行動をとってしまい、失礼しました。ルヴェリナ様を不快にするつもりは一切ございません。ですが、少しでも早く閣下の心に近づきたくて、お話しがしたいと申しました。そのことがルヴェリナ様にとって不愉快であったのならば、反省いたします。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


 ゼフィラは、跪いたままで深々と頭を下げた。

 俺は、ルヴェリナの耳元へ顔を寄せ、手で口を隠して囁いた。


「ルヴェリナ、この子はもう僕のことしか頭になくなっているんだ。だから、この子から危ない目に遭うことはない。僕に仕えることが決まったとき、それは確信できている」

「それなら、なぜそばに置くの?」

「さっき言った通りだよ。この子は奔放な子だ。親友のベリスが手を焼くほどにね。だから、ゼフィラが自分の気持ちをうまく操ることができるまで、面倒をみてあげる必要がある。もう少し早く教えるべきだったね。遅くなってすまない」


 ルヴェリナは、俺の二の腕を掴んでいる手を滑り下ろし、手を握った。


「まったく……アールはすべてお見通しだものね。私もアールのことを知っていながら取り乱してしまってごめんなさい」

「君が謝る必要はないよ。僕がしっかり話しておけばよかっただけだ」


 俺は、ルヴェリナの手を握り返してから、ゼフィラへと向き直った。


「ゼフィラ、立ちなさい。普段の口調との差が激しくて、混乱してしまうよ。君の気持ちはわかっているから、思う通りに動いていい。もちろん、間違わないように動く意識を持ったうえでの話だ。思う存分動き回ってくれたら僕はとてもうれしいし、最も望んでいるゼフィラの姿だってことは伝えておく」


 ゼフィラは、勢いよく頭を上げると、俺の目を確かめるようにじっと見つめた。

 さっと立ち上がり、軽く服装を整えると、優雅なカーテシーをしてみせた。


「閣下のお心遣い、大変嬉しゅうございます。全身全霊をもって、お仕えさせていただきます」


 何だ? この届いて欲しかったところまで駆け上がる鋭い感覚――――初めてかもしれない。

 ルヴェリナ、リリアナ、エリスから、絶えず伝わるものに似ているが、何かが違う。

 そうか。まだ俺のすべてを知らないゼフィラだから得られる新鮮な思い……。

 今までわかりそうでわからなかった、自分の中に眠っているものを揺さぶられた気がした。


「アール……」


 言葉にできない高揚感が、顔を緩ませようとしたときだった。

 俺だけでなく、ルヴェリナも心を許せる、角の取れた柔らかい声が耳を撫でた。


「エレス?」

「アール、私の愛しい弟よ……また大きくなったのね。抱き上げていたころが懐かしい……」


 声の主に目を向けると、口の前で両手を合わせ、瞳を輝かせている女性がこちらを見ていた。

 俺の姉で第三王女のエレサリンだ。

 俺より二つ年上なだけだから、専属侍女たちと同じく女の子と言った方がしっくりくる。

 しかし、精神系治癒能力者という類稀なる能力を秘めているため、神秘的なオーラを纏っている。

 その妖しげな優雅さは、まだ十四という歳の子が醸し出すものではない。我が姉として誇らしく思うほどだ。


「ハグならいつでも、いくらでもできるよ」


 俺とエレスは、久しぶりに顔を合わせたのに、まるで毎日しているかのように自然な抱擁をした。

 エレスは俺を抱き上げていたと言っていたが、離宮へ遊びに来ていたのは、エレスが修道院へ通うようになるまでだった。

 四歳から六歳までの間、エレスは床に座って膝の上に俺を乗せ、抱え込んでいた。

 それでも彼女としては、俺を抱き上げていたと思っている。

 リゼッタの話では、リゼッタが俺やルヴェリナたちを次々に抱き上げて世話をしているのを見て、姉心に火が付いていたらしい。

 俺を抱えたら最後、何があっても離さなかったのを覚えている。


「目を閉じれば、アールの気配が遠くからでも心に触れるのよ。ふふ、貴方の光は私を導く……迷いない、唯一の道しるべのように」


 ほぼ同じ背丈となった今、エレスとの視線に高低差はない。

 俺が姉を守ることができるときが来たのだと実感した。


「お久しぶりです、エレス様」


 エレスの優雅さに感化されたのか、ルヴェリナはいつにも増して丁寧なカーテシーをしてみせた。


「ルヴェリナ、あなたの心も澄んで輝いているのね。まるで、あたたかな陽だまりのようだわ」

「エレス様もお元気そうでなによりです。お顔を見ることができなくて寂しく思っていました」

「私もよ、ルヴェリナ。会いに行くことはできなかったけれど、修道院へは特別にお城から通っていたから、いつも離宮から届くあなたたちの温もりに励まされていたわ」


 エレスは、ルヴェリナの髪の毛を優しく撫で、その手を後ろへと回して抱擁を交わした。

 ルヴェリナは、エレスと抱擁をしたことで、本来の落ち着きを取り戻したようだ。

 信頼を置く相手とのふれあいは、心の平静を保つには絶大な効果がある。


「それから……」


 エレスは、俺とルヴェリナとのハグに表情を緩めたあと、ゼフィラへと振り向いた。

 彼女が会いに来てくれたのは、珍しく俺とルヴェリナが城内に姿を現したことも大いにあるが、ゼフィラについて詳しく知りたい意向もあったのだろう。


「初めまして。アールヴェリス閣下の第五侍女として参りました、ゼフィラ・フウィンスフィアと申します」

「貴女が不穏な風を持ち込んだ子ね。不本意だったのだから、苦しかったでしょう。それでも、すぐに自身の力で更生したことは立派だと思うわ。今の貴女は、アールに仕える意志が確かに輝いている。迷いを払うことができてよかったわね」

「はい、これからは、アールヴェリス閣下に信頼していただけるよう、尽くして参ります」


 エレスは、事件について、すべて気付いていたようだ。

 元々霊感が強く、精神世界に傾倒しているが、それらがどのような力を秘めているのか、俺にはわからない。

 暗殺未遂事件についての情報は、まだ城内には漏れていないはずなのに、すべてを認識しているほどなのだから。


「そう……あなたの心が研ぎ澄まされていくことを、私も楽しみにしているわ。アール、貴方を支える者たちは、皆、輝いているわね」


 ゼフィラは、エレスのオーラに圧倒されているのか、俺をさらったときに見せた陽気な一面を微塵も出せず、ただ黙って頭を下げていた。

 エレスが、ふと表情を和らげ、顔を少し傾けて俺を見た。


「アール、第二王妃派の気配を感じているのね」


 一瞬、俺の心の内が見透かされた気がしたが、エレスの視線には怯むことなく答える。


「そうだよ。エレスもその動きには注意してほしい」


 するとエレスは軽やかに頷き、口元に微笑を浮かべる。


「私は大丈夫。ファエリラとは親しくさせてもらっているから。彼女には私からそれとなく話しておくわね。ファエリラも、私の気配には敏感だから……普段は人を助ける立場なのに心は弱い人なの」


 エレスの言葉に、俺は少しほっとした。

 第二王女であるファエリラは、アルステッド家の次女――つまり俺たちの姉だ。

 ファエリラとエレスが、日ごろから関わりを持っているとは知らなかった。

 修道院で医術を学んだエレスにとって、保健福祉を担当するファエリラとの交流は必然なのかもしれない。

 母親がライサリア妃であるファエリラは、第二王妃派ということになる。

 だがファエリラが、心の弱さをエレスに支えてもらっているのならば、エレス主導の関係なのだろう。

 それならエレスが、自分のことは大丈夫だとはっきり言えることに納得がいく。


「僕が背負うものに少しでも負担が減るのなら、それに越したことはない。ありがとう、エレス」

「貴方の選んだ道の雑草ぐらいは摘むから……ところでアール、他の子たちの心配が限界のようだわ。そろそろ戻ってあげて」


 エレスがそう言った瞬間、城の陰から漂う空気が一瞬で清浄に変わったような気がした。

 俺は改めて姉の存在が頼もしく感じられ、安堵を胸に、離宮へと戻ることにした。


「……それでは、また、必要な時に貴方の元へ」


 エレスは薄く微笑み、妖しい雰囲気を纏ったまま、まるで幻が消えるようにその場を立ち去った。

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