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06 Fabula 侍女のシカク

 俺は、ダルクヴァルトへの準備を整えて早起きをした。心に高揚感が満ちている。

 ルヴェリナが何か警告めいたことを言った気もするが、それでも深い眠りにつけて目覚めた今、気分は非常に清々しい。

 小さいころから変わらず、ルヴェリナ、リリアナ、エリスと共に寝ていたが、ルヴェリナの言う()()()()なんて微塵もなかった。

 それどころか、珍しくエリスより先に動いたリリアナが、俺にしがみつくようにして腕に抱き着いて、楽しかったぐらいだ。

 リリアナは、普段あまりないほど俺をじっと見つめていて、その表情がとても気に入ったから、一言「かわいいね」と伝えておいた。

 そのまま彼女は寝てしまったが、その仕種を見ているのが心地よかったな。

 数少ない感覚が、新鮮な刺激になって深く眠ることができた。

 気の許せる彼女らがいてくれるから、俺は前を向いていられる。


「ところで……二人は、なぜ床にひれ伏しているんだ?」


 俺は、心配事を払拭するため、早々に拘禁室を訪れていた。

 部屋の扉を開けてみると、ゼフィラとベリスが並んで跪いている。

 とりあえず、持って来た朝食を机に並べ、食事をするよう促した。


「さあ、食事の時間だ。そんな恰好をしていたら食べられないし、手や服が汚れてしまうだろ。話の時間でもあるのだから、何かあるなら食事をしながら教えてくれないか」


 貴族の娘が跪く光景など、俺は見たくない。

 だからといって、偉そうな態度をして欲しいわけでもない。

 確かに彼女らは罪を犯した者たちだ。犯行直後ならば、謝罪の気持ちを表す行動として納得できる。

 でも今は、すでに囚われの身であり、俺からの問いすべてに答えるよう命じている期間だ。

 床に頭をこすり付けるには適切な時とは言えないし、そもそもそんなことを言い付けていない。


「おはようございます、アールヴェリス閣下。この度の件、誠に申し訳ございませんでした!」

「ございませんでした!」


 二人に先手を打たれてしまった。と同時に、二人の背中を見ながら笑みがこみ上げる。

 先手を打たれたと思ったのは、別に大きな駆け引きに負けたという意味ではない。

 先にこちらから本題を振ろうとしていたのに先を越されたような、自身の心の中で行っている幼稚な競争に負けたという感覚。

 そんな誰にも知られない勝負の結末など吹き飛ばす光景が、目の前で起きている。

 頬が緩まないわけもなく、至って気分は良好だ。


「君たちは面白い、うん、とてもね。とりあえず頭を上げて、顔を見せてくれないか。僕を楽しませてくれる子の顔が見たい。それに一緒に食事をしてくれないと、僕は、朝食に寂しさというスパイスをかけて味わわなければならない」


 謝罪の言葉を口にしたときとは違い、今度はゼフィラが先に動いて元気な顔を見せた。

 続いてベリスも頭を上げたが、ゼフィラと違って心配そうな表情で俺を見つめている。


「寂しいの? か、かわ……あ、あー」


 ゼフィラが何か言おうとしたが、いちいち正していたらキリがないので無視をしておく。


「ところで、体は大丈夫かい? どこか調子の悪いところがあるのなら、治癒士を呼ぶよ。体を弱らせるつもりは微塵もないからね」


 ベリスが、ゼフィラの前に手を差し出し、続けて喋ろうとするのを制止した。


「罪人でありながらも、丁重に扱っていただいているので、体調は問題ありません」

「それはよかった、ならば早速だが話がしたい。貴族の娘にふさわしくない格好はやめて、席に着いてくれ」

「御意」


 ゼフィラは、変わらず明るく奔放なままだが、ベリスの表情には陰りが見える。

 声には張りがなく、瞳もどこか遠くを見つめている。

 ほんの数日の監禁生活で、現状に参っているのだろう。

 食事が終わったら、リーニアに治癒を施してもらうよう頼んでおこう。

 机に並ぶ食事を挟んで二人と話す光景は、新鮮で楽しかったが今回で最後だ。

 俺は、早く結論を出したくて、彼女たちが朝食を食べ始めたのをきっかけに、質問を始めた。


「さて、いきなり謝られて少々困惑しているのだけど、どういうこと?」

「はい。この部屋に入ってからは、二人で気持ちを整理しつつ、今後について話し合っていました。そして昨晩、私たちなりの答えが出ました。聞いていただきたい思いが先走り、あのような形となりました」


 ベリスは、俺が質問するや否や返事をした。質問に応対するための間合いを見計らっていたようだ。

 ちらりとゼフィラを見てからだったが、先に余計なことを言わないよう気にしたのだろう。


「では、どんな答えが出たのか教えてくれ」

「私たちは、アールヴェリス閣下の専属侍女として入城したにも関わらず、主君となる方ではない人の指示に従い、閣下の命を狙うという大罪を犯しました。その後の拘束されている時間は、自分たちの本心を確かめる時間となりました。反省するしかできなかったのですが、話し合ううちに、二人ともアールヴェリス閣下に仕えたい、という思いが本意であるとわかりました。もう、あがくこともかなわないと思いますが、できることなら、改めて第五侍女ゼフィラ、第六侍女ベリスとしてお仕えさせていただきたく――」


 俺は、震えてしまう声を必死に抑えながら話すベリスに、止めるよう手のひらを向けた。

 この先、何日かけて話そうが、彼女たちから出てくる言葉はすべてこの話と同じだろう。


「そこまででいい。ベリス、君はしっかり頭を使って動いていることがすてきだよ」


 彼女たちは、元々俺の専属侍女になることしか頭になかった。

 それを覆したのは、彼女らの父親と関係の深い第二王妃ライサリアだ。

 俺が彼女たちを拘束してから数日経ったわけだが、いまだにライサリア殿下の動きはない。

 こちらの様子を伺えば、仕向けたのは自分だと教えるようなものだ。

 アストレヴィアの外交を担っているのは、伊達ではないということか。

 少しぐらい焦りを見せてくれるかもと期待していたのに、ちょっと残念だ。


「僕の考えを話そう。君たちの能力は見事だし、二人の明るさはとても眩しい。君たちがいると、僕まで気持ちが晴れてくるよ。まだベリスは明るさを出していないつもりのようだけど、性格ぐらいはひと目でわかる」


 ベリスは、見透かされたと思ったのか、肩を小さく跳ねさせた。


「率直に言うよ。僕は君たちを専属侍女として迎えたいと思っている」

「えっ!?」

「ほんとに!?」

「でも、それには覚悟が必要だ。君たちは、その覚悟を持っているか?」

「持っています!」


 少しでも迷いが見えれば、この話はなかったことにするつもりだったが、二人は理想通りの即答をした。

 彼女たちの強い意志を感じ、俺は妙にほっとした。だが、同時に――彼女たちを守るためには条件が必要だ。


「ならばよし。だが、条件はある」

「条件?」

「ベリスはゼフィラが暴走しないよう、常に見張っておくこと。それから、ゼフィラは当分の間、外出するときは僕のそばから離れないようにすること、これが条件だ」

「え……それって、私たちは王子様のそばにいられるってこと? ご褒美なのでは?」


 ゼフィラがうれしそうに尋ねてきた。彼女は、俺のそばにいることがご褒美のように思えているのだろう。

 だが、これは忠誠を意識させるための手段だ。彼女がその意味を理解するまで、俺は油断できない。

 それに、派手に動かないように意識を持たせなければならない。

 俺の思惑を壊さないようにすることこそ、専属侍女の役目だ。


「いや、違うな。条件を付ける理由は、心配事があるからだ。そしてその心配事とはゼフィラ、君のことだよ」

「アタシ? なんで? アタシは、王子様のそばにいることが夢なの。それがかなうのなら、一生何でも言うこと聞きます!」


 身のこなしもそうだけど、自分の意識まで軽く操作してしまうところが、風使いらしさを感じてしまう。

 能力というのは、性格が関係しているのかもしれないな。


「ゼフィラ、迷いなく決断できることは大いに結構なことだ。だけど、その決断に責任を持つようにしないと、せっかくの良さが台無しになる。僕はね、君たちを信じたい。でなければ、とてもじゃないが、そばには置いておけない。ベリスが言っていたように君たちは、すでに拭えない罪を犯している。その罪人を迎えようというのだから、僕と、僕に仕えている者たちは、常に君たちを疑いながら過ごすことになる」

「……はい」


 ベリスは、消え入りそうな声で返事をし、肩を落とした。


「これから君たちは、拭えないものを拭う努力をしていくんだ。その姿を見せ続け、皆の心を軽くしてくれ。そして僕に、辛い決断をさせないことを望む」


 肩を落としたままのベリスの横で、ゼフィラは立ち上がった。

 彼女の内面から届く心紋に陰りはなく、敵意がないことはわかっている。

 とはいえ、人というのはこちらの思い通りには動かないものだ。

 特にゼフィラは自由奔放な子だ。今はまだ、安易に結論を出さない方が無難だ。

 扉の外にリリアナとエリスの気配があるのを確かめつつ、短剣に手を伸ばす意識は持っておく。

 そんな警戒をする俺の前で、ゼフィラは食事前と同じように床に跪いた。

 これこそまさしく、ゼフィラを読み切ることができていない部分だ。

 情けないことに、俺は短剣に手を伸ばす準備だけでなく、取り出したあとの動きを組み立てるところまで意識してしまった。

 そして初めから……そう、あの不意を突かれて空へとさらわれたときから、ゼフィラのことを警戒し過ぎていたのだ。

 そのせいで、ゼフィラの心を掴むどころか、自分の意識を乱されてしまうという失態につながった。

 無様だ。一番見たくない俺の姿、そして感じたくなかった苦い気持ち――。

 ゼフィラ、俺をこんな気持ちにさせたんだ。悪いけど、君の心は俺の物にさせてもらうよ。

 他の誰にも振り向かない、俺しか見ない君になってもらう。


「アタシの生まれたフウィンスフイア家は、タイリン王がライサリア妃殿下を迎えてから今まで、手厚い支援を受けていました。侯爵位と領土を維持するために、ライサリア殿下の憂いはすぐに排除するよう強く教えられました。リリスヴェーア妃殿下が第三王妃へと昇格されてから、穏やかだったライサリア妃殿下は人が変わってしまったように、日々リリスヴェーア妃殿下について悪態をつくようになりました」


 ライサリア妃殿下と母の話は、俺でも耳に入れている。わざわざ知っている話を聞く必要はない。

 俺は、手っ取り早く話を進めるために、ゼフィラの口を封じた。手のひらで彼女の口を直接塞いだ。


「あふっ」

「ゼフィラ、君はベリスに賢い娘役をさせることで、自分の動きを自由にしていたね。いいかい、もう一度言う。これからは僕に仕えてもらう。君の賢さは、僕のために使うと誓いなさい。誓うのならば、僕の専属侍女として迎えよう。もちろん、ベリスもだ」


 ゼフィラは、俺に口を塞がれたまま、目を丸くしている。

 ゼフィラがどんな子なのかを熟知しているはずのベリスも、驚愕したのか、小刻みに震える両手で自分の口に手をやった。

 この程度で、話の主導権を彼女らから俺へと逆転できたのなら、俺は病まずに済みそうだ。


「本当によろしい……のですか?」


 ベリスは、口からゆっくりと手を離し、信じられないのか、状況に付いて来られていないのか、困惑した様子で聞いてきた。


「ああ。僕は、ここまで言っておいて違うと言うような無駄な時間は持ち合わせていない。今、僕のことを信じられないのなら、ここで終わりにするだけだよ」


 驚いただけなのは承知のうえで、ベリスに意地悪をしてみたくなった。

 なんだろう、今の俺は、この子たちを完全に支配したくなっている。

 どうせやるなら、他国の主君にすべきことだろうに。

 無駄な時間はないと言いながら、ゼフィラの考えを把握しきれなかったことを払拭するためだけの、半ば意地で動いているんじゃないだろうな、アールヴェリス――。

 恥ずかしさを誤魔化すように自分に問うていると、ベリスが慌てて反応した。


「申し訳ございません! 罪人である私たちが、閣下のおそばにいられるようになる――それは、夢を見るだけで終わるものと思っていたので。先ほども申しましたが、私たちは元々閣下の専属侍女として入城した身。たとえ我が家がライサリア妃殿下に従うとしても、今や暗殺を企て私たちに指示を出したライサリア妃殿下には、不信感しかありません。私は、閣下への忠誠を誓います」


 この例えようのない高揚感は何なのだ。

 今まで経験したことがなく、それでいて、どこかで求めていた感覚。

 俺は、独占欲の塊であることを気づかされることになった。

 必死なベリスと、真剣な眼差しのゼフィラを見ていると、表情が緩んでしまいそうだ。

 アールヴェリスという男は、こんな奴だったのか。

 緩もうとする顔の緊張を必死に保ち、ベリスの強い思いが込められた言葉を受け取った。


「ベリス、もう必死に伝える必要はない。条件付きではあるが、君たちの思いと命は預かる。これからは、僕の専属侍女らしく振舞ってくれれば、それでいい」


 俺は、跪いたままのゼフィラに手を差し出し、立ち上がらせた。

 そして握手をするために、再度手を差し出す。

 ゼフィラは、少し戸惑いつつも俺の手を握り、これでいいのか問うような目をしている。

 しっかりと握り返して瞳を見ると自分が映っていた。まるでゼフィラの中に入っているような気がしてしまう。


「よろしく頼むよ、ゼフィラ」


 続いてベリスにも同じように手を差し出し、握手をする。


「ベリス、ゼフィラの監視だけが仕事ではない。僕の任務であるダルクヴァルトの維持と監視で、大いに活躍してもらう」

「そ、それだけではありません。その……侍女として、閣下の身の回りのお世話もさせていただきます」

「閣下のお世話こそ、そばにいるアタシがします! ベリスは任務でがんばって」


 後ろから、ゼフィラが慌てて割り込んできた。

 話は全部聞いていて、自分にとって不利益がないか目を光らせているのか。

 自分の奔放な性格を利用して、事の要所を掴み、人の不意を衝く……やはりゼフィラは面白い。


「身の回りのことは、主にルヴェリナ、リリアナ、エリスがやってくれている。それに女中長のリゼッタもだ。だが彼女らの手が回らないときは、君たちが優先されるのは間違いない。何かあればそのときはよろしく」

「王子様のお世話……素晴らしいわ」

「ゼフィラ、僕は世話係が欲しいわけじゃない。君たちには、貴重な能力がある。それを大いに発揮してもらい、僕の任務に貢献して欲しい。風使いよ、僕に幸運の追い風を吹かせてくれ」


 ゼフィラは、きらきらとした瞳で視線を微動だにせず、俺を見つめて言う。


「吹かせます! それも王子様のお世話ですから!」


 真剣なゼフィラの様子を見たベリスは、笑みを浮かべている。

 なんにせよ、この二人は俺に仕えることとなった。

 これで一つ先へは進んだが、憂いが晴れたわけではない。

 気持ちよくダルクヴァルトの空気を吸うために、次の行動へ移るとしよう。

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