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侍女に恋を知り、国に挑む。末っ子王子の夜と昼  作者: 沢鴨ゆうま


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06 Fabula 王子を包む無垢の絆

 ダルクヴァルトから離宮に戻り、早速使用人の中に能力者がいるのかどうか、ヴォルフガングに尋ねてみた。


「いいえ、残念ながら能力を持った使用人は一人もいません。私も採用する際の確認事項として加えてはいるのですが……能力はなくとも、仕事の質は良い者ばかりでございます」


 真っ先にヴォルフガングに尋ねたのは、離宮の使用人を採用する役目も担っているからだ。

 日ごろから作業の指図をしているし、悩みや問題について聞かれることもある。

 当然のことながら、俺よりも、使用人たちのことをよくわかっている。


「うん、僕もそう思うよ。仕事はもちろん、何より僕の居心地をよくするためにという気持ちで動いてくれる素晴らしい人たちばかりだ。外出しているときでも、離宮のことを必要以上に気にしなくていいほど安心させてもらっているよ」


 離宮を支えてくれている使用人たちは、俺に対する忠誠心がとても高い。

 俺の気が触れずにいられたのは、彼らの心紋から感じる暖かさのおかげでもある。


「それで、もしかしたら能力を使っている人がいるのかもしれない、なんて思ったのさ」

「殿下が安心できる人材を採用できているようで何よりです」

「ありがとう、ヴォルフガング」

「もったいないお言葉でございます。ところで、あの二人の処遇はいかがなされるおつもりで?」


 ヴォルフガングは、話している俺の自室前から、拘禁室のある方向に目をやって尋ねてきた。

 俺がいてもいなくても、離宮の中に主を狙った刺客が二人いる。

 俺の代わりに離宮を取り仕切るヴォルフガングは、気が気でないだろう。


「まだ話足りないことがあるんだ」

「……つまり、結論を出すにはまだ早い、ということでございますね」

「そんな心配そうな目で見ないでくれよ。わかっているよ、第二王妃派の動きが気になるんだろ?」


 ヴォルフガングは、真剣な眼差しを向けながら大きくうなずいた。


「安心してくれ、すでに僕の気持ちは固まっている。でもね、相手のある話というのは、自分の頭の中だけで決めても何も意味がない。お互いの考えや気持ちがかみ合って初めて物事は成立する。それには、どうしても時間が必要なんだ」


 ヴォルフガングは、落としていた肩を持ち上げて強めに息を吸い、俺に言葉を返した。


「私などに、はっきりとお気持ちをお話しいただき、恐れ入ります」

「……とは言ったものの、時間をくれないのが相手ってもの。今から結論を出すために、彼女たちと話をする。どんな結果になっても、第二王妃派から動きがあるはずだからね。離宮周辺には注意するよう使用人たちへの周知を頼む。些細なことでも気になったら、すぐに報告することもね」

「承知いたしました」


 心配と安堵が混ざった複雑な表情を見せ、頭を下げたヴォルフガングから離れて自室に入る。

 さて、ゼフィラとベリスについて、侍女たちの意見を聞く時間だ。


「みんな揃っているね。話をしても大丈夫かな?」


 侍女たちは、全員室内着に着替えて床に座っている。

 王家の規則を知っている者なら、こんな光景を見たら叱るだろう。

 俺の部屋以外では、到底許されないことだ。

 そろそろ椅子に座らせるべきだとは思うが、床でくつろぐ習慣を作ったのは、ほかならぬ俺だ。

 寝苦しかった夜、ふと床に寝転んだら冷たい感触が心地よかった。それが気に入ってしまったんだ。

 その後、ルヴェリナも同じように寝転び、一緒にゆっくりするようになる。

 そうなれば、リリアナとエリスも同じようにするわけで。

 日ごろ、俺のために全力を尽くす彼女たちが安らぐ姿をみたら、習慣にしたくもなる。


「もちろんよ。だって、アールが来るのを心待ちにしていたのだから」


 ルヴェリナの手が置かれている場所が、ここに座れと言わんばかりの空間になっている。

 俺は、促されるままルヴェリナの横に腰を下ろすと、注目する目線が増えたことを実感する。

 三人が五人になると、それだけで賑やかに感じるんだな。


「話というのは、ゼフィラとベリスの処遇についてだ」

「今話をすることといえば、それよね。アールが決めたのなら、大丈夫でしょう。私はかまわないわ」


 まるで、ルヴェリナから話を切り出したように、即答された。

 間を開けず、リリアナが続く。


「あの二人、私が拘束して連れて行くとき、逃げる気配はありませんでした。その態度からすると、アール様の考えに共感しているのではないかと思います。なので、私も問題ないと思います」


 後ろから斬りつけたい気持ちでいっぱいだったろうに、それでも暴走しなかったリリアナは、絶対的な安心感がある。


「エリスは?」

「今では気を張る必要がなくなっています。強いてあげるなら、ゼフィラの言葉遣いぐらいでしょうか」

「ははは、確かに気になるよな。しかし、状況に合わせて丁寧に話すことはできている。言葉の修正に教育係が必要かとも思ったが、その心配はないようだ」


 三人は、俺が結論を言うまでもなく、考えに賛成してくれた。


「まだ閣下がさらわれた瞬間を思い出してしまって、背筋がゾッとします……」


 ティアラは、言いながら交差させた両手で自分の肩を抱いている。


「僕らもこれほどの危機は初めて経験したよ。でも、ティアラとリーニアはまだこの城に馴染めていない。いきなり事件に遭遇したんだ、心の準備ができていなくて当然だよ。無理に平静を保たなくてもいい」

「これほどの危機はって……これまでに何度も危険なことがあったのですか!?」

「危険というか、驚かされたというか――」

「危険でしたよ! アール様がなぜ冷静でいられるのか、今でも不思議でなりません」


 リリアナは、俺の前でドンッと両手をつき、真剣な表情で睨んできた。

 その目には怒りというより、先が見えない不安と、それでも俺を守ろうとする決意が宿っていた。

 いつも、彼女は俺の身を案じてくれている。その強さと優しさは、能力が開花した日から変わらない。


「リリアナには、何度も助けてもらっているよ。こんな出来事もあったんだ――」


 ルヴェリナ、リリアナ、そしてエリスの能力が初めて発現したのは、城壁上の歩廊からダルクヴァルトを見たときだった。

 三人は驚くと同時に、どう扱えばいいのか全くわからず、戸惑っていた。


「七歳になって間もないある日のこと――」


 ティアラとリーニアは興味深げに耳を傾ける。

 能力者たちは、みな必死に隠して日々を過ごしている。

 その隠しごとについて、他の能力者の話を聞く機会など滅多にあることではない。


「その日、ルヴェリナとリリアナ、そしてエリスと一緒に城壁上の歩廊にいたんだ。初めて自分の意思でそこに立って、ダルクヴァルトを見下ろした。あのとき、風のように吹き抜ける何かを感じたあと、三人の力は目覚めた」


 そう、一瞬風かと思ったが、リゼッタに抱えられた感覚とも違う、毛皮を羽織ったときに感じる()()でもない。

 温かく、癒しながら背中を押してくれる、どこかで求めていた力。


「不思議な感覚に包まれる中で、ルヴェリナたちは新しい力に驚いて戸惑っていたよ。でも、すぐに力を使いこなせるようになりたいって言い出して、うずうずしていた」

「すぐに?」


 ティアラが不思議そうに尋ねてきた。


「そう、すぐにね。年相応な興味本位かもしれないし、何か本能的なものだったのかもしれない。その後、歩廊を降りて離宮のそばを歩いていると、兄たちに出くわした。彼らは僕を昔から煙たがっていてね、能力が宿った直後では一番会いたくない人たちだった」


 ティアラの顔に心配の色が浮かぶ。

 しかし、俺に仕える身となった今は、知りたいという思いも強いようで、俺から目を背けるようなことはしない。


「その日も、兄たちは嫌味を言ってきた。何を言われたかは覚えていないけど、リリアナはひどく憤慨してね、怒りを抑えきれなかった。兄たちが去ろうとしたとき、彼女は自分に宿ったばかりの能力で、護衛兵の一人に忍び寄って足元に滑り込んだんだ」


 俺は、リリアナを止めようとしたけど、リリアナの動きが速すぎて間に合わなかった。

 とんでもない結果が待っていたかもしれないのに、思い出すとなぜか笑みを浮かべてしまう。

 今なら何かできるかもしれない――俺が起こした行動ではないくせに、期待をしていた。


「リリアナの足技は見事に決まって、護衛兵は倒れた。でも、兄たちはリリアナが何をしたのか気づいていなかった。彼らは、リリアナではなく、僕が何かしたんだと思ったらしい。『妙な真似をするのであれば、ただでは済まないぞ』なんて言って、その場を去っていったよ」

「それは……大変な経験でしたね。ご無事でいらしたのは何よりですが」


 ティアラは、はぁ……とため息をついた。


「でもリリアナは、冷静に僕のそばに戻ってきて、何事もなかったかのように振る舞ったんだ。知らんぷりをしているリリアナが、わざとらしくて面白かったなあ」

「どうせ私は演技が下手ですよー」

「いや、別に演技する必要がないのにしていたことが、かわいらしかったんだよ」

「えっ、かわ……ふわぁ」


 またなんて声を出すんだよ。リリアナは時々、普段の凛々しさとは真逆の声をあげることがある。

 俺はそれもリリアナの魅力だと思っているから、もっと聞きたいし、困っている姿を見たかったりもする。


「それ以来、僕たちはこうしたことを乗り越えてきた。だから、今回の件も、必ず乗り越えられるさ」

「まだ何をどうしたらよいのかわかりませんが、閣下の描いている形になるよう、少しでもお力になれたらと思います」


 心配顔のままうなずいたティアラに代わってリーニアが答え、やんわりと微笑んでくれた。

 ティアラのように、不安と困惑を感じて言葉が出なくなるのが自然だと思うが、リーニアの笑みは驚きを隠しつつも安心感を返してきた。これが治癒系能力者の力なのだろう。

 今まで感じていたルヴェリナの能力とは、また違う温かさを感じる。


「知っての通り、僕には兄姉がいるだろ? 兄たちは第一王妃と第二王妃の子で、僕だけ第三王妃の子だ。姉たちは長女と次女がそれぞれ第一、第二王妃の子で、三女は第三王妃の子。だから、第三王女エレサリンが僕の実姉なんだ」


 再度、俺と目が合ったリーニアは、体つきと同じくしなやかな声で話に加わる。


「アルステッド家に関することは、教育の場でよく取り上げられていました。ですから、特に自分から調べなくても、自然に耳に入ってきました」

「王家は、外向けにわざと内部の情報を流していることもあるようだね。見知らぬ人々の噂を信じ込んでしまうことを避けるため、民をまとめるには必要な策だろう。ただし、人づての情報には嘘や誤りが含まれることが多い。だからそんな時は、真実をしっかり見極めるように心掛けて欲しいんだ」


 ある程度知っていても、当事者から直接話を聞くと、初めて聞いているような気分になる。

 すると、起きた事実を直接経験したかのような緊迫感に包まれ、妙な汗をかく。

 ティアラとリーニアは、そんな心境が表情に現れていて、俺は思わず顔を緩ませてしまう。


「僕の侍女として王家のことを知る必要がある。君たちは城に入ったばかりで、まだ王家の内情を詳しく知らないはずだ。それでは何も始められないだろう? 少しずつ教えていくから、疑問があれば遠慮せずにどんどん聞いてくれ。僕のそばにいるのなら、その距離だけ心も近くにいて欲しい。専属侍女は、僕に対して気兼ねは無用さ」

「お優しいお言葉、心から感謝申し上げます」


 リーニアが頭を下げたところで、ルヴェリナは、片手を口に当ててくすりと笑った。


「アールはね、安心させてくれる人が大好きなの。あなたたちはアールが襲われたとき、突然の出来事に必死で助けようとしたわ。そしてアールは無事に離宮へ戻ることができた。命の恩人がそばにいてくれるのだから、もう信頼しているのよ」

「そ、そんな……私たちは侍女として当然のことをしただけですから――」


 ティアラが小刻みに首を振って否定する。


「専属侍女は、僕の身の回りの手伝いをするだけの存在ではない、特別な立場だ。リリアナとエリスがルヴェリナと同じ扱いを受けていることを、君たちは知っているかい?」


 ティアラは、振りを止めた首を、ゆっくりと傾げた。


「閣下の許嫁であるルヴェリナ様と同等……?」


 ティアラは、眉をひそめてじっと考え込んだ。信じられない、といった様子で、もう一度ゆっくりと首を傾げる。

 俺たちからするとただの日常だが、他の人からすれば驚きになる。


「そうなの。アールが言ったように、侍女として身の回りのお世話はするわ。だけど、リリアナとエリスはそれだけじゃないのよ。二人は私と同じくらい、心の中からアールを支えているの」

「……心の中から支えている」


 ティアラは、疲れてしまいやしないか、心配になるほど首を傾げたままだ。


「不思議なことよね。侍女がそこまで寄り添えるのは、アールが心を許している証拠だもの。生まれたときから一緒なら、なるべくしてなった関係という面も否定はできないけれど」

「いやいや、ただ一緒にいただけじゃないよ。心を包み込んでくれている。彼女らの前では、僕は自然体でいられる。無理をして強がる必要も、何かを隠す必要もない。僕にとっての宝物だ」


 俺が言い終えると、エリスの隣でリリアナが顔を赤くしてモジモジしている。

 ティアラとリーニアに、専属侍女は特別な存在だということを伝えただけだから、俺は関係ないはず。

 となると、なぜリリアナは顔を赤くしているのか……最近のリリアナは、不思議な反応をすることが多くなった。

 いよいよ俺の警護が本格的になってきて、緊張しているのか?

 リリアナは唯一、近接戦闘になってしまう能力だから、しかたないのかもしれない。

 もっと気にかけてあげないと、リリアナが倒れてしまう。


「リリアナ、これからのことを思うと不安にもなるよね。足を進めることに躊躇することがあったら、いつでも僕のそばにおいで。無理は禁物だからね」

「アール、そこまでにしてあげて。これ以上あなたから優しくされたら、リリアナがどうにかなってしまうわ」

「え……なぜだ?」


 どうしてルヴェリナは俺を止めるんだ? 主として侍女を守ることの何がいけない。

 常に先頭に立ち、直接戦闘をする女の子だ。気にしないわけがないだろ。

 ルヴェリナとリーニアの治癒にも限界がある。ならば、前線であるがゆえに危険と隣り合わせだとしても、怪我一つしてほしくない。

 勝手で矛盾だらけの思いだとしても、俺に仕える子は、みな無事でなければいけない。


「わ、私も――」


 抱え込んだ膝に顔をうずめていたエリスが、訴えるような目で俺をじっと見つめてきた。


「もちろんだよ。エリスだって今まで通り、いつでもおいで」

「あのねアール、私も今すぐに抱き着きたいぐらいなの。その辺で止めてくれる? ティアラとリーニアも困惑しているし――」

「困惑?」

「と、とても親密に接していらっしゃるのがよくわかって……その、羨ましいなあなんて……あ、いえ、大丈夫です、困ってなんていません」


 ティアラは、困惑の否定を言うが早いか、リーニアと共に顔を赤らめた。

 なんだなんだ? 全員の顔が赤くなってしまったぞ。能力の使い過ぎか、魔力を吸収し過ぎたのか。


「みんな、大丈夫か? 熱があるのなら、早めに寝てもかまわないぞ」


 ティアラは、交差させた腕に力を込めたまま俯いていた。

 その様子を見て、リーニアは何も言わず、そっと隣に座る。


「大丈夫よ」


 ……何のことだ?

 俺の部屋に集まっているときは、どんなときよりも安心できるはずだ。

 ――少なくとも、俺はそう思っている。

 なぜか黙ってしまった侍女たちの代わりなのか、ルヴェリナが俺の腕を掴んで耳元でささやいた。


「今夜のアールは、息苦しい眠りに就くことになると思うわ……」

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