04 Fabula 忠誠と裏切りの境界に立つ二人
「さて、二人に尋ねるべきことがある。まず、自分が何者なのか、一人ずつ答えてもらおう」
シルヴァーヴィスタ離宮に戻った俺たちは、ゼフィラとベリスを拘禁室に連行した。
離宮には拘禁室などないため、ヴォルフガングの采配で空き部屋を仮設の拘束部屋とした。
俺の専属侍女の選定は常に不可解な手続きで進められている。
今回は王室公式書面付きでの“差し入れ”であり、受け入れざるを得なかったらしい。
拘束された二人は、俺を襲撃する計画が失敗してからは、すっかり観念したようだ。
逃げようとして能力を使おうものなら、タイリン王に知られ、また拘束されるだけだ。
能力者として拘束した暗君は、ただの誇示道具として乱暴に扱うだろう。
……待てよ、専属侍女として入城したのなら、暗君の差し金かもしれないのか。
「じゃあアタシから話すわね! アールヴェリス閣下の第五侍女として参りました、ゼフィラ・フウィンスフィアです! よろしくお願いしまーす! えっと、歳は十一です!」
おいおい、なんだこの子は。
おとなしいどころか、妙に明るく、声にも力が満ちている。
自分のしたことや今置かれている状況を、まったく理解していないのか?
「僕の侍女として来たのはティアラとリーニアだ。君のことは聞いていない」
「そう言われても、突然父から『第七王子の侍女に選ばれたからすぐに支度しなさい』って言われてびっくりしちゃったの。でも、王子様に仕えるって聞いたらうれしくて、急いで来たのよ」
この子、本当に貴族の娘なのか? 話し方が崩れ過ぎている気がする。
「できればもっとジュエリーを持って来たかったんだけど、急かされて無理だったわ。仕方ないわよね、こればっかりは」
話始めから心紋を観察しているが、この状況下でまったく曇りがない。
自分が犯したことについて、何も感じていないかのようだ。
この手の者は稀にいるが、なぜかを追求するのは時間の無駄だ。
彼女については後回しにして、ベリスの話を聞くとしよう。
「次は君だ。ベリス、君のことを聞かせてくれるかい」
ゼフィラの様子を見ていたベリスは、ため息をついた。
どうやら彼女は、ゼフィラに対して呆れている面があるみたいだな。
「はあ……はい。私はアールヴェリス閣下の第六侍女としてお迎えていただきました、ベリス・ホークレインと申します。ゼフィラと同じ十一歳です」
「ティアラとリーニアが来た直後に、さらに二人も付けられるとはどういうことだ? 侍従長を無視して決めるなど……」
「アール、侍女や侍従長のことより、あなたの命を狙った理由が知りたいわ。ねえ、なぜこの人の侍女として来たあなたたちが、主の命を狙うなんてことをしたの?」
どんな人物かわからないからと止めたのだが、同席すると言って聞かなかったルヴェリナ。
ルヴェリナは、いつもの優しさ溢れる顔でありながら、殺気を感じるほど怒りを露にしていた。
ヴォルフガングのことや、侍女がさらに付けられたことなんて、確かに二の次でいい。
俺は、自身の未熟さを痛感させられた。
優先すべきものを間違っていては、俺に従う者たちに『無理は禁物』という心得を破らせることになる。
もっとしっかりしなければ――。
ゼフィラとベリスは、互いに顔を見合わせ、ベリスが小さくうなずいてから、こちらに向き直った。
「……もう隠し通せないのでお話しします。我がホークレイン家は、第二王妃殿下と親交が深く、父たちは、第二王妃殿下にアールヴェリス閣下の専属侍女として仕えるようお願いしたそうです。ゼフィラの家とは、長年国境を防衛するために協力関係があり、今回のお話で一緒に入城することになりました」
「となると、フウィンスフィア家も第二王妃派ということかい?」
「そうです」
ゼフィラがベリスの隣でうんうんと元気よくうなずいている。
喜ばしい話をしているわけではないんだがな。
「入城した理由はわかった。そこまで聞けば、ここに至るまでの経緯の予想はつく。だけどきちんと本人たちの口から聞いておかないと、事実はわからないままだからね。それで、僕を殺める指示をしたのは誰? もしかして、君たちが考えたことなの?」
ベリスは少し顔を伏せ、ため息をついた。
「入城してすぐ、王室近衛兵に言われました。『第二王妃殿下からの伝言だ――アールヴェリス殿下を抹殺せよ。その後は我がもとに付ける。心配は無用――とのことだ』と」
王家の者からの命令ならば、背くことなど許されるはずもない。
ベリスの声には微かな震えがあったが、それでも事実を隠すつもりはないようだ。
「だから……私たちの立場では遂行するしかなかったんです」
国境の守備を行っている侯爵家の娘が、突然自ら王家の者を殺めようとするのは考えにくい。
もちろん、傭兵にでも育てようとしていたのなら、たとえ娘でも人を殺めることに特化して教育されている可能性はある。
しかし、この子たちにはそんな教育は受けていないとわかる。
俺がどのような処分を下すのかを心配して、怯えているぐらいだからな。
なぜだか俺は、相手が気持ちを隠せば隠すほどわかってしまう。
「よく話してくれたね。ところで……ゼフィラは現状を理解できているのか、少し心配なんだ」
ゼフィラには、何か決定的に欠けているものがある気がして、念のためベリスに確認を取った。
肝心な話はベリスが話しているところをみると、ゼフィラは堅い話が苦手なように思う。
「……まるっきりわかっていない、というわけではないのですが……純粋過ぎる性格なので、言われたことは内容がどうあれ、やり遂げます」
「ふむ……あまり物事に関心がないってこと?」
ゼフィラのことなのにベリスが答え、またその答えに悩んでいる。
その隣でゼフィラは、自分の話題にもかかわらず、輝く瞳で俺を見つめ続けている。
ゼフィラはなかなか扱いの難しい子のようだな。
「ゼフィラが一番に考えていることは、その――」
「なんだか言い難そうだね。今は何もかも話してもらう時間だし、そのための場所だ。もちろん、聞いた後の扱いがどうなるかは何とも言えないけど」
「承知しています……あの、この子は……王子様が大好きなのです」
「ん?」
「王子様には目がなくって、幼いころから、常に王子様が視界にいる生活を夢見ているのです」
ふむ……そういうことか。何かがわかったわけではなく、何もわからないことがわかった。
「一応僕は、その王子様ってやつなんだけど。夢がかなうところだったのに、なぜ命を狙われたのか、なおさらわからなくなってきたぞ」
「そのことについて、彼女はこれでもずいぶん悩んでいたのです。しかし、父たちの教えも厳しく、第三王妃殿下とその子供は排除する相手だと教え込まれてきました。幼いころはゼフィラと同じく私も素直に教えを受け入れていたのですが、やはり大きくなればいろいろと知り、思うところも出てきまして――」
言いづらそうにしているベリスに、背中を押すひと言を付け加える。
「いいよ、僕はちゃんと聞いているから気にせず全部話してくれ」
「はい。いくら第二王妃殿下のおかげで家が成り立っているとはいえ、それは父たちのやり方。私たち娘は、いずれはどこかしらへ嫁いでいきます。ならばせめて、嫁ぎ先は王家であって欲しいという思いでいっぱいでした。そこでやってきたすてきなお話。しかし、喜んだ矢先にあったのは思いとは違う絶対的な指示。それでも任務を果たせば、第二王妃殿下のもとに仕えることができると……。愕然としたものの、まだ王家には仕えることができると気を持ち直した結果、あのような行動をとりました」
ベリスは、俺より一つとはいえ年下で、よくそこまで考えていたと思う。
自由奔放なゼフィラと一緒だったことが、冷静な考えを持つきっかけになったのかもしれない。
「ベリス、話はよくわかったよ。そのうえで尋ねるのだけど、本心を聞かせてくれるかい。今でも王家に仕えたい思いは変わらない?」
「……はい。しかし、こうなってしまっては、かなうものではないと思っていますが――」
「その先はこちらが判断することだ。今は正直な思いだけを知りたい。ゼフィラはどう?」
ずっと変わらず目を輝かせたまま俺を見続けているゼフィラは、話す許可をもらえたことに喜んだのか、息をしっかり吸い込んでから返事をした。
「はいっ!」
……元気で何より。侍女の中で、精神面の強さは一番だろうな。
「今日はここまでにしておこう。情報を整理していかないと、正しい判断ができないからね。君たちは当分この部屋で過ごすように」
俺は、彼女たちにそれだけ言い残し、侍女たちと共に拘禁室をあとにした。
自室に戻る途中、女中長のリゼッタに抱き着かれた。
「殿下、アールヴェリス殿下! よくご無事で! ほんとに、ほんとによかった」
思いっきり抱きしめられて少し息苦しさを感じたが、リゼッタだと実感したら、とても心地のいい安心感に包まれた。
「僕に付いている侍女たちは優秀だからね、この通り何も変わらずにいるよ。リゼッタ、みんなを褒めてあげて」
「もちろんでございます! みなさま、突然のことでしたのに殿下をお守りできたこと、素晴らしい活躍でした。まるで私たちが成し遂げたように、誇らしく思います! 殿下も、改めて安心できる環境であると感じられたのではないでしょうか」
リゼッタは、安心感に包まれている俺とは対照的に、俺の姿を見たら興奮してしまったみたいだ。
「リゼッタ、一つお願いがあるんだ、聞いてくれるかい?」
「いまさら何を。なんでも言いつけてくださいませ」
「普段なら僕の食事が終わってから、使用人たちの食事時間になるだろ? すまないけど、捕らえた二人を監禁している間は、僕の食べる時間を使用人たちと同じにして欲しい」
リゼッタは、少し首を傾げて僕の目をじっと見つめる。
「殿下、それはどういうことでしょうか」
「あの二人と食事を共にしながら話をしたいんだ。もちろん、リリアナとエリスにはそばにいてもらう。使用人たちの食事時間になったら、僕と拘禁室の二人用の食事を用意して欲しい。お願いできるかな?」
「食事をご用意するのは問題ないのですが――」
「命を狙った二人に食事を運ぶばかりか、一緒に食べるなんてと言いたいんだろ? まず、食べさせなきゃ話ができないじゃないか。貴族の娘だから、監禁された経験なんてまずない。それにまだ僕も、あの二人のことを判断できる状況ではないから、ゆっくり話すには時間が必要だ。そのためなんだよリゼッタ、わかって欲しい」
リゼッタは、俺の腕をぎゅっと握り、低い声で返答した。
「殿下がおっしゃるのなら、その通りにいたしますが……毒を仕込んでもよろしいでしょうか」
「こーら、リゼッタはそんなことする人じゃないだろ。僕の分も合わせて三人分用意してくれるかい?」
「本当に、一緒に食べるのですか!?」
「そりゃそうさ。じっと見られながら食べるなんて、動物でも嫌がるよ。持っていくのも僕がやるからね」
「それはなりません! 私が持っていきます」
「いや、僕が持っていくことに意味があるんだ。そのまま話をするからついでだよ、ついで。ちゃんと侍女は連れて行くからさ」
「はあ……何かお考えがあってのことなのですね。わかりました、そのようにいたします」
「ありがとう、リゼッタの気持ちはすごくうれしいよ」
「……殿下がご無事であることを願っているだけです」
リゼッタに掴まれたままの腕を外し、少しでも日ごろの感謝をしたくて握手をした。
まだ俺の方がリゼッタの手より小さいことが、気持ちの大きさを伝えるには物足りなさを感じてしまう。
拘禁室を後にし、自室へと戻る道すがら、俺は考えていた。
この城には、表と裏がある。俺はその裏側ばかりを見てきた――しかし、そこにどんな理があろうと、人はその表で生きていかなければならない。
ダルクヴァルトもそうだ。どれほど離宮で秘密を抱えようとも、そこには、俺の知らない世界が広がっている。
明日は、もう少し、外の風を感じてみることにしよう。