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02 Fabula 秘されし力の告白

 シルヴァーヴィスタ離宮は、いつもの静かな夕方とは違い、慌ただしい空気が漂っていた。

 女中長のリゼッタ曰く、宮殿で俺の祝賀会が行われないことを、離宮に仕える者たちが不服に感じたらしく、できるだけ豪勢な料理を振る舞おうとしてくれているらしい。

 一生に一度しかない出来事なのに、王家が催さないのなら私たちがすればいい、と。

 離宮での生活が始まったころは、俺のもとで働くことに抵抗を感じている者が多かったと聞く。

 使用人とはいえ、王家に仕えることは、何よりも誇らしいはずだ。

 だが、国王から迫害ともいえる扱いを受けている王子に付き従うことが、誇るに値するか。

 ――否、だ。

 母上と接点がない者にとって、俺は王子であること以外に価値がない。

 しかし今では、離宮の使用人全員が俺を慕い、付き従うことに誇りを持っている。

 侍従長のヴォルフガング、女中長のリゼッタ、それに教育係のセルヴィンによる教えと統率の賜物だ。

 俺が赤子から物心つくまで、離宮内の環境を整えてくれていたことには、感謝しかない。


「ところで、あなたたちって能力は持っているの?」


 離宮に着いてからずっと質問攻めにされているティアラとリーニアは、ルヴェリナから俺たちにとって重要のことを聞かれていた。

 専属侍女たちは、王家に仕える者のため、貴族の娘で構成されている。

 どこのジュエリー屋には腕のいい細工職人がいるとか、最近、どこそこにあるパン職人が作るジンジャーブレッドが特に美味しいらしいなどと、二人の新人は、貴族の娘らしい話を聞かせている。

 ルヴェリナ、リリアナ、エリスの三人は、俺と共に生まれたときから離宮にいる。

 そのため、貴族の娘でありながら、その生活がどのようなものかを知らない。

 だからなおさらティアラとリーニアから聞く話には興味深々で、質問が止まらないのだ。

 その中で聞こえてきた能力についての質問に、俺も思わず聞き耳を立てた。

 ティアラとリーニアは、困惑した表情になり、互いに顔を見合わせた。


「安心して。使用人たちは忙しくて私たちのことを気にしていない。侍従長も女中長の指示出しを手伝っているからこの部屋からは離れている」


 ルヴェリナとリリアナが話に夢中になっている間、エリスは俺にそっと肩を寄せ、「秘密を話しても大丈夫」と皆に伝えた。

 エリスは、話せる状況であることを伝えると同時に、自分が能力者であることを一番に知らせた。

 ティアラとリーニアを安心させつつ、ちゃっかり甘えに来ているところがエリスらしいところだ。


「私はね、心を癒すことができるの。怪我の治癒ではなくて、精神面での治癒ね。たぶんティアラさんとリーニアさんにも効果はあると思うけれど、一番効果があるのはアールなの」

「ルヴェリナは許嫁の意識が高いから、アール様を癒す気持ちが強いんだよね。アール様を癒すことが最優先だから、それでいいのだけど。私はね、剣術とか格闘、それに馬も乗れるの。できれば女の子らしい能力がよかったけれど、アール様のお役に立ちたいと願っていたら、体を張ることばかりになってしまったわ」


 リリアナの剣術は、王室近衛隊の連中相手でも、十分に対抗できる水準にある。

 美貌と強さを兼ね備えたリリアナは、魅力の塊だ。

 俺が卑屈にならずに胸を張っていられるのは、そんな彼女から剣術を教わっていることも大いにある。

 アストレヴィア連邦には、長年にわたり一つの大きな問題があると聞く。

 それは、他国に比べて能力者が極端に少ないのだとか。


「アストレヴィアには能力者がいないと聞くけれど、ルヴェリナたちと過ごしている僕からすれば、本当の話だとは思えないよ」


 暗君が血眼になって探しているという能力者は、離宮にいるのだからな。


「確か……このサヴェルノワール城内には、不思議な力を宿した剣を扱う剣士が一人、治癒能力を使える医局長。それから土壌改良に特化した能力者の農地管理局長が、国王直属として仕えていると聞いています」


 ティアラが静かに伝えてくれた。まだ能力について話すには、周りが気になるようだ。


「いないわけではないんだね……でも、三人か」


 三人なら、ルヴェリナたちを従えている俺と同じじゃないか。

 広大な連邦において、確かに心許ない数字だな。


「本当は、そんなことないはずですが」

「おや、そうなの?」

「実は……能力をもっていることに気づいた人のほとんどは、一部の家族以外に口外せず、隠しているのです」


 そういえば、教育係のセルヴィンから、ちらりと聞いたことがある。

 能力者は千人に一人と言われる貴重な存在のため、どうしても狙われることが多く、護身することに頭を悩ましているのだとか。

 ここまでの会話で、ティアラとリーニアが能力者であることが濃厚だとわかった。

 明らかに周りを気にしているし、能力者の実情について真剣な表情で話しているからな。

 あとは、どんな能力を持っているかを聞くだけだ。


「王家が民の生活を窮屈なものにしているんだね。申し訳ない。僕の立場では何の効果もないけど、王家の端くれとして、君たちにだけでも謝らせてくれ」


 俺は立ち上がり、軽く頭を下げてみせた。

 するとティアラとリーニアは、一瞬肩を跳ねさせ、慌てて床に付くほど頭を下げた。


「滅相もございません。閣下は、とても穏やかに私たちを受け入れてくださいました。むしろ身を隠したことが実って、胸を撫でおろしているところでございます」


 やはり……あっさり能力者だと認めたな。

 母上との関係性が深く、俺に対して心紋を濁らせることもない。

 そして何より、我々に能力者が加わるのだ。下げる頭がとても愛らしく感じる。

 俺は、片膝をついてしゃがむと、二人の頭を順にゆっくりと撫でた。


「……閣下!?」

「驚くことはないだろう。君たちは、僕の専属侍女になったのだから。それに、ルヴェリナたちと同じ能力者だ。となれば、僕が能力者を守る者だと知るのは、容易いことだと思うけど」


 ティアラとリーニアは頭を上げ、互いに目を合わせると、軽くうなずいた。


「……私は植物を操ることができます。成長や退化をさせたり、その時間も調節できます」


 植物を……操る? これは戦略的な力を秘めた能力だな。

 グリーンフィール家は薬草を扱っていると言っていたが、植物そのものを操るとは。


「まあ! ティアラさんは能力を持っていたのね。リーニアさんはどう?」


 始めて聞く能力を聞いて、ルヴェリナは興奮気味だ。

 リーニアはわずかに口を引き結んだが、ゆっくりと落ち着いた声で答えた。


「私は、水の操作です。水はとても優秀で、薬にも毒にもなります。それを応用して様々な治癒ができるほか、攻撃や防御にも対応できます」


 水を操る――これもまた、彼女の落ち着いた雰囲気に合う一面を持ちつつ、戦略にまで使える能力……正直、驚いた。


「わあ! リーニアさんの能力もすてきね。治癒能力持ちが二人になるなんて、前衛役としてはとっても心強い!」


 二人とも、能力者に囲まれていることに安心したようで、あっさり自分の能力を打ち明けた。

 それも、随分と高い覚位の能力だと思われる。忠誠心に加えて優れた能力を持った逸材が手に入るとは、どうやら運は俺の味方のようだ。


「リリアナ、それはもしものときって意味だよね?」


 俺の指摘に驚いたリリアナは、肩をすくめて目をぎゅっと閉じた。


「も、もちろんですよ! でも、やむを得ない怪我を負ったときには治癒が必要で……」


 剣術だけでなく、近接格闘術まで教えてくれるリリアナが慌てる姿は、彼女のかわいらしい一面だ。


「まさかリリアナが『無理は禁物』ってことを忘れているなんてことはないよねえ」

「あ、はは……は」


 危なっかしいところを見せれば、俺が気にすると思ったのだろう。

 リリアナは、甘え方をエリスに習った方がいいかもな。


「そういえば、ティアラとリーニアの能力について、国王は知っているの?」


 ティアラとリーニアが能力者として城に呼ばれたのだとしたら、身の危険を感じているはず。

 もしそうなら、能力について話している今の状況は拷問でしかない。


「能力については一切聞かれませんでした。アールヴェリス閣下専属の侍女を募っているというお話が舞い込みまして、父からリーニアと共に城へ行きなさいと言われました」

「では、国王には能力のことを知られていないんだね?」

「おそらくそうかと……裏で調べられるなどしていなければ、ですが」


 もし国王が知っていたなら、まずルヴェリナたちが調べられているはずだ。

 でも、今までそんなことは一度もない。彼女たちは、能力を隠すことに成功しているんだろうな。


「何はともあれ、君たちはこの離宮まで無事にたどり着き、僕の専属侍女となった。これからは僕はもちろん、ルヴェリナ、リリアナ、エリスが全力で守る。君たちも、僕の誇りの一部だ」


 ティアラとリーニアは互いに視線を交わし、少しの沈黙の後、そっとほほ笑んだ。

 やはり能力者であることを口にするのが怖かったようだ。


「……閣下に仕えることができて、本当によかった。こんなに幸せなことはありません」


 ほっとしたのか、ティアラはそっと呟いた。

 俺に付いてくれる侍女はただの侍女ではない。

 ティアラとリーニアを迎えたことで、運命を共にする仲間が増えたと実感した。


「一気に根掘り葉掘り聞きっぱなしでは二人が疲れてしまう。最低限聞いておきたいことは聞かせてもらったから、能力についてはいったんここまでだ。明日からは早速ダルクヴァルトの様子を見に行くから、ご馳走をしっかり食べて明日に備えよう」

「女中長が近づいています。ちょうど支度ができたようですね」

「あれ……エリスはいつからそこにいるの?」


 今になって、エリスが俺に寄りかかっていることを知ったリリアナが聞いてきた。

 夢中になるほど会話を楽しんでいたのなら、少しでも気が楽になる時間をあげたいと思っていた俺としては、満足だ。


「この部屋に入ってからずっと……かな」

「……アールさまあ」


 リリアナが素の自分を出すということは、ティアラたちのことを警戒する必要はないということだ。

 可憐な心紋通りの子たちであることが、裏付けされたことになる。


「リリアナ、そこまでにしておいた方がいいよ、後輩たちが驚いてる」


 リリアナがハッとして顔の緩みを直したとき、部屋の扉が叩かれた。

 エリスが教えてくれた、女中長のリゼッタだろう。


「アールヴェリス殿下、お食事の用意ができました」

「ありがとう、すぐに向かうよ」


 離宮に仕える皆の温かい気持ちをもらい、明日に備えて英気を養うとしよう。

お読みいただきありがとうございます。

投稿が不安定になり、申し訳ありません。

慎重に設定するよう心掛けます。

今後ともよろしくお願いします。

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