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侍女に恋を知り、国に挑む。末っ子王子の夜と昼  作者: 沢鴨ゆうま


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15/15

15 Fabula 息吹く拠点と眠れる書物

 深い森の中で、長い眠りについていた空き家が、息を吹き返していく。

 俺は倒木の根株に腰をおろし、その様子をただじっと見つめていた。


「窓を拭こうか?」

「アール様はそこで休憩を。もう少しで終わりますので」


 俺を制したティアラは、傷んだ木を入れ替え、リーニアが水で汚れを落とす。

 窓もきれいにされるため、俺の手伝いなど不要だ。


「……ふむ」

「アール様、私もやることないので、一緒に待っていましょう」


 同じ根株に座り、俺の左腕に小柄な体を預けているエリスが言った。

 ティアラとリーニアは、斧などの道具を使わずに能力で共同作業をしている。


「その時々に見合った能力がありますから」


 俺の右腕に、触れそうで触れずに立つリリアナ。その言葉が妙に腑に落ちた。

 思いがけず見上げて、リリアナと目を合わせる。

 だが彼女は、ちらちらとエリスに目をやり、落ち着かない様子だ。


「ねえ、リリアナ。なんで僕と目を合わせてくれないの?」


 ハッとしたリリアナは、青い瞳を俺に向けた。

 俺は、その視線を離さないようにジッと見つめて続ける。


「僕と話すときは、ちゃんと僕だけを見てよ。いつもしていることだろ?」

「は……はいっ!」


 エリスがクスクスと笑いながら、俺の腕を抱えた。


「エリス! あなたがそういうことをするから、こっちの調子が狂うの。ほどほどにして」

「これぐらい、いつもしていること。リリアナもすればいい」


 俺は瞳を見続けたまま、剣の柄を持つリリアナの手を掴んだ。


「エリスのようにしてくれた方が、僕は安心する。だって、リリアナだから」

「もう、アール様まで……」


 頬を赤らめるリリアナを外で見られるのは新鮮だが、なぜ照れるのか。

 リリアナを見続けたまま不思議に思っていると、エリスはまたクスクスと笑いだす。

 照れるリリアナと笑うエリス……心紋を見ても理由がさっぱりわからない。

 彼女らの気分が良好なのは確かだから、それで十分ではあるが。


「それにしても、何かしたいのにできないのは困ったものだね」

「アール、みんなあなたの専属侍女なのだから、主人の手を煩わせないように動くのが仕事よ。そろそろ慣れてもらわないとね」


 背後に立っているルヴェリナが、俺の頭にそっと手を置いてゆっくり撫でる。


「アールは立場の違いを嫌うけれど、立場の違いがあるから動くことができる、という一面もあるのよ」

「なんとなくわかってはいるんだけど……自分が思っていることを他の人に任せるのって、強制だろ」


 ルヴェリナは、撫でる手からサルヴァリス(回復物質)を流し込み、俺の心まで撫で始めた。


「私たち、あなたに強制されて動いているつもりはないわ。アールが好きで、好かれたくてやっているの。少なくとも、私はそう」

「わ、私もです!」


 ルヴェリナが言い終わるなり、リリアナが急くように主張してきた。

 同時にエリスが腕の抱きしめを強めてささやく。


「私も。それは、一番わかっていて欲しいこと」

「私たちも大好きです……あっ、あっ、言っちゃった」


 両手で顔を隠すティアラを、リーニアが抱き寄せる。

 手元をベリスの光に照らされたゼフィラが、空き家から頬を膨らませて出てきた。


「あーっ、アタシの王子様を取っちゃだめ! この埃を投げつけるよ!」

「やめなさいゼフィラ。それではアール様に嫌われてしまうわ」


 ゼフィラは、空き家の中を風で掃除していたらしい。

 割れ物を扱うように慎重に両手を構え、その中で埃がクルクルと渦を巻いていた。

 ところで、彼女らは一体どうしたというんだ。


「いや、強制になっていなければいいんだ。言っておくけど、側近でもある専属侍女にしている以上、僕がみんなを嫌う理由などない。気に入らない人を側に置くほど、僕は物好きじゃないよ」


 もしかして、彼女らを不安にさせていたのだろうか。

 一緒に行動することで、俺の気持ちは届いているものだと思っていたのだが。


「不安にさせていたのなら、謝るよ。これからは、もっと安心できるようにするね」

「アールは安心できるから好きなの。でも、もっと安心させてくれるって、どうする気?」

「うーん、僕にできることと言ったら……抱きしめてあげたり、ルヴェリナのように頭を撫でたりする、とか」


 ゼフィラが、手の中の埃を森の中へそっと放ち、青い瞳を輝かせながらこちらを振り向いた。


「アタシも抱きしめてくれるの!?」

「何か不安なことがあるのならね。こうして、エリスのように抱き着いてもいいし。今ゼフィラは、森に気を遣って埃をまいたから、頭を撫でてあげてもいいかもね」


 埃を投げつけるなんて言っていたが、風で上手に散らしたことは、ゼフィラの優しい心の表れだ。

 まだ事件を拭い切るだけの時が流れていない中で、地道に信用を積み重ねていることは評価している。


「撫でて撫でて!」


 侍女の中で、一番硬いブーツを履いているリリアナが、地面を片足で一蹴りした。

 穏やかな森に響いたザッという音に、ゼフィラとベリスは、ピクリと肩を跳ねさせる。


「それぐらいでいちいち撫でていたら、アール様の手がすり減ってしまうわ。それより、家の中の様子はどうなの?」


 俺に触れている左脚とは逆の、右足を使って場を引き締めたリリアナ。

 撫でるぐらいはどうということはないが、もしするとしたら、まずティアラとリーニアだろう。

 彼女らがいなければ、今の俺は無いと言っても過言ではない。

 それが言いたかったのか、もしくはまだ、ゼフィラへの警戒が解けていないのか。

 リリアナが少しでも安心するように、俺は、ローブの裾から覗く彼女の左脚に、そっと手を添えた。


「アール様!? 何をして……」

「何って、リリアナが僕のことを心配してくれるからだよ。これもいつものことだ、驚くことじゃないだろ?」

「そ、そうですが……うう」


 リリアナは、また顔を赤くしているが、彼女が引き締めてくれた空気のおかげで、次の行動へ移ることができる。


「ベリス、暗い中でも光を放つことができる素敵な能力で、何か見つかったかい?」

「そんな素敵というほどでは……お褒めに預かり光栄です。中は、生活道具が揃っているので、拠点としてすぐに使えそうです。また、悠古の禁典のような書物もありました」

「書物か。遮域で守られていないから、おそらく禁典ではないだろう。とはいえ、森の中にある家だ。有益な情報が書かれている可能性は十分にある」


 ベリスは、緊張した面持ちで話を続ける。


「何か起きるかもしれないので、埃も払わず、まったく触れていません」

「禁典のことを思うと怖くなるよね。それでもやり遂げてくれて、二人ともありがとう」


 硬い表情しか見せていなかったベリスが、笑みを浮かべて軽く俯いた。

 俺は、隠されたものを発見したときのような感情がこみ上げた。


「柔らかい表情も素敵じゃないか。もっと見せておくれよ、ベリス」

「ひゃっ、そんな……は、い」


 ベリスは両手を前で組み、頬を赤くして肩をすくめてしまった。

 あまり触れて欲しくないことを言ってしまったのだろうか。

 ベリスの仕種を気にしている俺に、隣のゼフィラが訴えるような視線を向けている。

 手招きをすると、待っていましたと言わんばかりに、風のように飛び込んできた。


「ゼフィラはまだ俺に付いていなきゃだめだからね。ベリス、明かりを頼む」


 不満気な表情を満面の笑みに変えたゼフィラに続き、ベリスがゆっくりと歩み寄る。

 住み着いていた苔が取り払われ、建てて間もないと錯覚するほど見違えた扉を開ける。

 エリスが、腕の抱き着きから手つなぎへと変えたため、緊張することなく空き家に足を踏み入れた。

 ――と同時に、土臭さの残る木の香りが鼻をくすぐった。


「ここ、安心する。アール様は?」


 ベリスの放つ光を受け、灰色を銀色へと変えたエリスの瞳が、心地よい刺激を与えてくる。


「エリスを休ませてくれる場所は、僕にとっても落ち着く場所だよ。いい拠点になりそうだね」


 床をブーツでコツコツと鳴らし、俺の肩に体をこすり付けるようにして、リリアナが入ってきた。


「アール様の心が休まるのなら、拠点として合格です。物資の保管にも適していますね」

「むしろ、物資の保管場所として欲しかったから、大発見だよ」


 新たな居場所が手に入った喜びをかみしめるように、侍女が手入れした初めての拠点を見渡す。

 息を吹き返した空き家の中に、所々、埃をかぶったままの物が目に付く。


「アール様、机の上の本が、悠古の禁典と似ているのです」


 光に照らされた表紙は、森の湿気を吸ったはずなのに、不思議と形を保っていた。

 俺が手を伸ばすか躊躇っていると、エリスに袖をつままれた。


「アール様、ここに近づく人は誰もいない。森の気配も変わらない……だから、触っても大丈夫」


 その確信に満ちた声にうなずき、書物へ指先を滑らせた。

 乾いた紙の感触が返ってきて、胸の奥が少しだけ緊張する。

 ページを開くと、見慣れない文字が並んでいた。

 だが、俺たちが知っている文字ではない。

 パラパラとめくると、ピタリとページが止まった。


「……地図、か。空き家を中心に、周囲の地形が記されている」


 挟まっていたのは一枚の紙で、簡素な地図が描かれている。

 リリアナが俺の肩越しに覗き込み、息をのんだ。


「生活のための記録……日誌のようなものでしょうか。読めないのが惜しいですが」

「読めないからこそ、逆に確信できる。これは禁典じゃない。生活のための書物だ」


 ティアラが胸に手を当て、安堵の息をつく。


「では、この家は……以前、誰かが拠点として使っていたのでしょうか」

「おそらく、そうだろうね。修道院で聞けば、何かわかるはずだ」


 この書物を書いた者は、深い森の中で、それでも穏やかに日々を送っていたのだろう。

 禁典を発見してからは、森に対して警戒心が芽生えてしまっていた。


「この森は、僕らが間違ったことをしなければ、優しく迎えてくれると信じている」


 書物を閉じると、森の静けさが再び耳に戻ってきた。

 息を吹き返した空き家の中で、俺たちは新たな居場所を得た実感を共有した。


「修道院に行くとき、この本も持っていこう。この空き家と書物のことを聞いてみたい」


 エリスが俺の手を握り、銀色の瞳を細める。


「うん。アール様が知りたいこと、きっとわかる」


 息を吹き返した空き家は、俺たちの秘密をそっと抱きとめるように、静かにその幕を開けた。


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