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侍女に恋を知り、国に挑む。末っ子王子の夜と昼  作者: 沢鴨ゆうま


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14/14

14 Fabula 孤影に眠る廃家

 急遽行われたセルヴィンの講義日を挟み、一休みとなったダルクヴァルトの探索を再開する。

 妙に肩が軽い。

 探索の楽しみもあるが、久しぶりにセルヴィンの講義を聞けたことが大きい。

 俺の能力――セルヴィンはそれを、人心魅了術ではなくヴェリスカリスと名付けてくれた。

 わざわざ俺から言うつもりはないが、セルヴィン曰く、『持っていて損はありません。備えの一つとしてぜひ』とのこと。

 他国のフォルシエール(能力者)と対面したら、使うことがあるのだろうか。

 抑止力として、エレヴァニス(魔法)を扱えるのだと知らせるとか……。


「なあに、アール。また眉間にしわを寄せているわよ。最近そんな顔をすることが多いから、みんなあなたのことを心配しているわ。あなたと私たちの間に隔たりはないと認識しているのだけど、私たちに言えないことでも抱えているの?」


 ふむ……ここ最近感じることだけど、ルヴェリナから心配されることが増えたように思う。

 動きを止めて考え込んでしまうという、俺の悪いクセを止めるのは、今に始まったことではない。

 普段は静かに見守り、要所で声掛けをする形。

 それは絶妙で的確、なおかつ俺に一番近い存在であるルヴェリナだからこそ、圧倒的な説得力があり、心地いいまであった。

 ところが、だ。

 ルヴェリナに心配をかける気なんてさらさらないのに、無意識のうちに不安にさせている。


「アール? ねえ、アールってば」

「ご、ごめん。大丈夫だよ、何でもない」

「もう、それ。一番気になるやつじゃない。今は私だけだから構わないけれど、リリアナとエリスだったら執拗に聞き出そうとするわ……ちょっと、こっちに来て」


 俺たちは、リルヴァナク修道院を目指し、自分たちが行き来するうちにできた道を移動中だ。

 散策と称した探索を兼ねているため、専属侍女らは、各々が気になる箇所を調査している。

 ルヴェリナは、リルヴァナク修道院が用意してくれたローブの袖を摘まみ、俺をクイッと引っ張った。

 茂みに入れということらしいが、俺は侍女たちの様子を確かめてから、ルヴェリナの要求に従った。

 ゼフィラには、俺から離れた場所での任務に慣れてもらうため、ベリスと共に索敵の練習に行かせている。

 久しぶりに二人で歩いていることが、ルヴェリナを突き動かすきっかけになったのだろう。

 誰も俺たちに気づいてはいないようだが、エリスの隙をつくことは至難の業だと思うぞ。

 茂みに入ると、ルヴェリナは突然俺に抱き着き、耳元でささやいた。


「私って、アールの心に変化があると、すぐにわかるの。それはあなたも知っているでしょ?」


 物心つく前から一緒に過ごしてきたルヴェリナ、リリアナ、それにエリスの三人。

 相手が三人の誰かであれば無防備でいられるからと、それぞれ手を伸ばして届く相手に抱き着き、そのまま寝てしまうのも当たり前な身内の一人、ルヴェリナ。

 だけど、ルヴェリナの抱きしめは、今までの()()とは違っていた。

 上質なローブ越しでも、彼女の鼓動が伝わってくる。

 その熱だけで、身体の力がほどけていく。


「心配させてごめん、ほんとに大丈夫なんだ。久しぶりにセルヴィンと話をしたらさ、頭の中が情報の整理を始めてしまってね。考えごとというよりは、次に進むための準備中って感じ。だから、無意識にぼーっとしていたりするのかもしれない。僕自身は頭の中が賑やかだから、動きが止まっている感覚がないってのが困りものなんだけどね」

「……確かに、いろんなことが起きてばかりだものね。私も情報量が多すぎて、不安なのかも。なんだかアールとの時間が少ない気がして、寂しくなって……とにかくあなたを感じたかったの。突然こんなことをしてしまって、私の方こそごめんなさい。嫌いにならないで」


 ルヴェリナは、口にしていることとは裏腹に、俺を抱きしめる力を増した。

 俺の首元に顔をこすり付けたかと思えば、耳元で意図的に聞かせるように、深く息を吸った。


「いまさら何を言っているんだか。僕らはいつだってお互いの存在を確かめ合ってきたじゃないか。こうして気持ちを伝えてくれたら、好きになることはあっても、嫌いになんてならないよ」

「アール……好きよ、大好き」

「うん、僕もだ」


 リリアナもそうだけど、ルヴェリナもこれまで以上に、俺との距離を近づけようとしている。

 知らず知らずのうちに、彼女らとの時間が少なくなっていたようだ。

 もしくは、彼女らに使う必要がないのに、ヴェリスカリス(人心魅了術)を行使してしまっているのかだろうか。

 ルヴェリナたちとは、能力抜きで接していたいんだ。その意識を強く持っている自信はある。

 ――また、頭の中が騒がしくなってしまった。


「さあ、ルヴェリナ。そろそろみんなのところへ戻ろうか。エリスがすっ飛んで来るころだ」

「うふふ、そうだった。あの子を忘れるなんて、私の頭の中も整理した方がよさそうね」


 ――ザッ。

 茂みの中で地面の枯れ葉が揺れ、潜んでいた影が形を成し始めた。

 ははは。いつ飛び出してくるのか楽しみにしていたけれど、ルヴェリナに気を遣って、終わるのを待っていたみたいだ。

 小ぶりな革ブーツのつま先が、地表に出ている木の根に隠しているフリをして、姿を見せてしまっている。

 隠密行動を得意とする子が、わざわざ音を立て、つま先を見せるようなことをするなんて、かわいらしさしか感じられない。

 三人の中で、最初に俺との距離を縮め始めたのは、エリスだった。

 俺は、ルヴェリナの安心した気持ちを絶やさぬよう、手をつないでからエリスを呼んだ。


「もう出てきていいよ。エリスはすっかり甘えん坊を隠さなくなったね」

「あら、見ていたの? エリスったら、私たちの間では気にしなくていいでしょ」


 木に隠れていたエリスは、幹からゆっくりと顔を出し、灰色の瞳で刺すような視線を向ける。

 思わず一歩後ずさり、警戒されてしまうほど鋭い視線を持つ彼女だが、俺たちにとっては愛らしいとしか思えない。

 腐葉土でやわらかいとはいえ、枯れ葉や小枝が落ちている地面で足音を完全に消すのは、思いのほか難しいこと。

 しかしエリスは、雨音やせせらぎに紛れてしまうほどの音しか立てず、俺たちのもとへやってきた。


「エリス、アールと二人きりの時間をくれて、ありがと」


 ルヴェリナが、エリスの頬に手をやって微笑みで迎えた。


「私に感謝するのは間違い。ルヴェリナは許嫁なのだから、アール様と二人きりの時間をもっと作るべき」

「エリスも私と同じ立場でしょ。あなたとリリアナは、私に遠慮なんていらないわ。そうでしょ、アール」


 俺をじっと見つめるエリスの心紋に濁りはなく、ひたすら、俺に心を掴まれるのを望むばかりになっている。


「ああ、その通り。僕はずっと、なぜリリアナとエリスも許嫁でないのか、不思議でしかたなかった。同格だというのなら、許嫁であるべきだろって。伝えられていない理由があるのだろうけど、僕らにしてみれば、ただの迷惑でしかない。ほんと、理解できない形式だよ」


 立場というものを邪魔に思うが、統率を執るために必要なことぐらいはわかっている。

 それに、爵位があるからダルクヴァルトを自由に歩き、新たな出会いも生まれた。

 そろそろ、俺の余計なこだわりを捨てる時期がきているのだと気付かされる。


「アール様……私もルヴェリナと同じように接することは可能?」

「エリスは、確かめる前から甘えてきているじゃないか。おかげで僕は、君をかわいがることができてうれしいよ」


 つないでいる手がきつく締められる。反射的にルヴェリナを見ると、眉をひそめていた。


「エリス? 何もしていないように見えて、することはしているのね」

「そんな言い方しなくても……私はずっと変わってない」


 おっと、エリスが甘えてくるのは今に始まったことではないのに、ルヴェリナは何が気に入らないんだ?

 ――そのときだった。


「あー、私も混ぜて混ぜて! アール王子には私も必要だよ!」

「なっ、何を言い出すの……その、私もこの子を監視しなければいけないので、アール様のお傍にいる必要があります!」


 上空からの探索を指示しておいたゼフィラは、監視役のベリスを抱えているが、あっという間に一回りしたようだ。

 どうやら俺たちの頭上に戻ってからは、空から聞き耳を立てていたとみえる。


「盗み聞きをするとは、感心しないな」

「音って、上にいるとよく聞こえるの……そんなのどうでもよくって。私は、アール王子の専属侍女だから、寵愛を受けるべきだと思うの。もちろん、日が浅い私が、すぐにルヴェリナ様やエリスと同じように構ってもらえるとは思っていないわ。でも、でもね、いずれは、たーっぷりかわいがってもらえるんでしょ? そうでしょ?」


 相変わらず元気な笑みを浮かべているゼフィラは、俺たちの頭上をゆっくりと旋回している。

 ひたすら前向きな姿勢は彼女の魅力の一つだが、何より感心することは、指示を忠実にやり遂げるところだ。

 最初の出会いは最悪だった。

 でもそれは、未熟さにつけ込まれ、卑劣な強要を受けていたからだ。

 俺は、後悔からその後の思い直しまでを、直ちにおこなった彼女の思い切りの良さを気に入り、専属侍女とした。


「今でも構っていると思うけど……専属侍女は、僕の宝だからね。何よりも大切にしているよ」


 専属侍女にしてからは、彼女から俺に向けられる感情が、興味から愛情へと替わった。

 時を同じくして入城したベリスも、ゼフィラと同じ感情の流れで俺に好意を持っている。

 俺に対して、確かな能力の持ち主が、純粋に好意を持ってくれることは願ってもないことだ。


「うーん……王子様のそばにいられて、いつでもお話しはできてるんだけど……」


 ゼフィラに視線を向けている俺の懐に、エリスが潜り込んできた。

 反射的に頭を撫でると、ゼフィラはこちらに指を差して勢いよく降りてきた。


「それよ! エリスみたいにくっついたり、撫でてもらったりしたい!」

「これは、頼んでしてもらうことじゃない。ゼフィラ、あなたはアール様から十分に構ってもらっている。今あなたがすることは、専属侍女としての仕事を成し遂げ続けること」


 ゼフィラとベリスは、俺たちの目の前に静かに降り立った。

 ベリスの金色に輝く短髪からの光を受けて、瞳の青みを強くしたゼフィラは、エリスの灰色をした鋭い瞳を一瞥する。

 エリスに何か言い返すのかと思いきや、視線は俺へと向けられ、風で肩まである金髪をふわりと広げると、清々しい笑みを見せた。


「アール王子、報告があります。リルヴァナク修道院へと向かう数人を発見しました。修道院のローブを着た修道女らしき者を先頭に、すぐ後ろを深緑色をしたローブに紫のケープを纏った風格のある男性、さらに、三人の男が荷を背負って続いていました」


 ゼフィラの心紋からすると、俺に甘えるためではなく、報告するために戻ってきたようだ。

 俺とルヴェリナの大事なひとときを盗み見て、俺に甘える動きをし、エリスと言葉のやり取りをしたという流れが、まるで無かったかのように振る舞う。


「それは修道院長だね。結局、ヴァリゼンク村で一晩過ごされたのか。付いてきているのは村の人だろうから、問題は無事に解決したみたいで何よりだ」

「王子、早く院長と話したくないですか?」

「もちろんそう思っているよ。今回の修道院訪問は、院長と修道女に会うためだからね」

「それなら、ひと足先にアール王子だけ修道院に向かう、というのはどう?」

「僕だけ?」

「そそ。私ならすぐに連れていけちゃいますよ!」


 青い瞳を宝石のようにきらきらと光らせ、僕を先行させようとするゼフィラ。

 その理由をわかりながらも、話に乗ってあげたくなってしまうほどに心紋が輝いている。

 しかし近所ならまだしも、最寄とはいえ、ヴァリゼンク村は片道半日かかる距離がある。

 それも、ダルクヴァルトの細道を、自力で歩いてだ。

 修道院に戻って間もなく、大勢を目の前にするのは迷惑になるだろう。

 そのままゼフィラに伝えたらいいのだが、なぜだかルヴェリナの様子が気になって振り返ってしまった。


「戻って間もない修道院長に会うのはどうなのかしら。お休みされたあとのほうがご負担にならないと思うのだけれど」

「そっか。こっちの気持ちだけで考えちゃった。気をつけないと」


 ゼフィラは、自分の頭をかわいらしい拳でコツりと突いてみせた。

 あれだけ意気込んでいても、我を通すのではなく、注意点として捉えたゼフィラ。

 何をするにも素直で、笑顔を絶やさずにいる姿は、独特な癒しさえ感じることができる。


「修道院長がお休みできる時間を作るとなると、訪ねるのを遅らせるしかない。他の子たちは、探索で何か発見したのかな」

「発見というほどではないけど、リーニアが古い小道を見つけたみたい。所々、獣ではなくて、人が何かをした跡があったと言っていた。昔の人は、もっとダルクヴァルトを利用していたのかも」


 まだ俺の懐に収まっているエリスが、身体を預けたまま教えてくれた。

 俺は、しっかりと仲間の動きを把握しているエリスの頭を、そっと撫でた。


「森林地帯は一見、資材集めぐらいしかできないように感じられる。でも、未熟な僕らですら、楽園といってもいいほどの価値を感じている。フォルシエールだから、なおさらだ。リルヴァナク修道院がダルクヴァルトの中にあるのも、人の生活に密着しているってことだしね」


 俺たちは、生まれたときからダルクヴァルトと共に暮らしている。

 この素晴らしい森を生活の一部としていた昔の人と、同じような日々を送っているのかもしれないと思うと、心が躍る。

 リリアナが背後を守る形で、ティアラとリーニアが戻ってきたのを確認し、俺は、一つの案を伝えてみた。


「さて、と。みんな、探索の方法を少し変えるよ。修道院長は戻られたばかりだから、少し時間をおきたいと思う。だけど、ただ待っているだけなんて避けたいよね。そこで、この機会に拠点を作ろうと思うんだけど、どうかな」


 以前、ルヴェリナから提案のあった、長期の探索に備えた拠点作り。

 広大なダルクヴァルトの探索に時間が掛かることは、容易に想像がつく。

 せっかくティアラとリーニア、それにゼフィラとベリスという、自然を味方にできるフォルシエールがいる。


「拠点?」

「そう、拠点。ダルクヴァルトの中に、僕らだけの家を作るようなものさ」

「わー、楽しそう!」


 首を傾げてきょとんとしていたゼフィラは、スッと両手を合わせて満面の笑みを作る。

 俺の意見を聞いたティアラとリーニアは、ちらりと互いの顔を見合うと、笑みを浮かべてこちらを向いた。

 リーニアが口を開きかけたが、俺から先に話を切り出した。

 ごめんよリーニア。君が教えてくれるより先に、リーニアが見つけたことを俺は知ってしまっている。

 ここは先に、俺から手柄のことを褒めさせてくれ。


「リーニア、古い小道を見つけたらしいね。小道の先には、人が生活していた場所があると期待できる。新たなものを見つけてくれて、ありがとう」


 言葉を飲み込んだことで、すぐに返事をすることができなかったリーニア。

 伝えようとしたことを俺から言われて驚いたのだろう。

 常に冷静に振る舞っていた彼女は、一瞬目を見開くという表情を始めて見せてくれた。

 また一つ、俺の侍女の新たな一面を見ることができてうれしい。


「そ、そんな……なんとなく地中の水量が気になって、あちこち手をかざしていたら偶然見つけただけです」

「見つけたことに変わりはないだろ? そのおかげで次の行動を決めることができたんだ、十分にお手柄だよ」


 ティアラにポンポンと背中を叩かれたリーニアは、顔を赤らめてうつむいた。

 その後ろでリリアナは、長剣を鞘から出し入れして、俺を見つめている。


「リリアナ、小道までの案内を頼むよ。他にも何か気になることがあったら教えて」

「……はい!」


 ルヴェリナに目で合図を送ると、ふわりと微笑みが返った。

 俺の意図をくみ取ってくれたようだ。

 リリアナの沈みがちな表情には、ルヴェリナも気づいていた。

 彼女の気持ちが沈む原因は何なのか、気になってしかたがない。

 俺は、リリアナの横に並んで背中に軽く手をあて、共に一歩踏み出した。


「一緒に行こう」


 抱き寄せたわけではないが、リリアナは、腕の中に納まるように身体を付けて来た。

 彼女にしては珍しく自ら触れてきたことに、俺は素直に喜びを感じた。

 うれしい気持ちを伝えるように、リリアナの腕を軽く掴んで歩きを共にする。


「……しい」


 リリアナが微かな声を発したが、聞き取れなかった。

 何を言ったのか聞こうとしたところで、あっけなく目的の小道にたどり着いた。


「ここ……です」


 侍女たちは、俺からあまり離れずに探索をしていたため、小道まではとても近かった。

 小道は、木肌の茶色が隠れるほど緑に覆われた木々に囲まれ、注意深く観察していなければ見過ごしているはず。

 左右の木々が枝を伸ばし、優しく抱きしめるように小道を包み込んでいる。

 外の世界が遠ざかり、まるで森に迎え入れられたかのようだ。

 リリアナと目が合い、そのまま進んでみようという思いに同意を得る。

 無言のまま小道を進んでゆくと、木々とは違った気配が待ち受けていた。


「家……?」


 木々と同じく、苔むした外装の建物が目に入る。

 緑と黒い影に溶け込んでいるため、よく目を凝らすことで、ようやくその姿を認識した。

 リリアナは、反射的に一歩俺の前に出ると、長剣に手をやって身構えた。


「リリアナ、ここはただの空き家だ。人の気配が消えてから随分になる」

「でも、石碑のようなことが起きないとは限りません」

「そうだね。しかし、ここで眺めていたところで何も始まらない。みんな、この空き家の調査を始めるよ」


 石碑を見つけたときの緊張が再び蘇る。

 侍女たちは、俺が指示をするまでもなく、一度経験した配置に就いた。

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