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01 Fabula 命運の刻印と新たなる忠誠

 十二歳になってから見る天井は、物心がついたころと何ら変わらない、と思っていた。

 アストレヴィア連邦を統治する王家、アルステッド家の居城サヴェルノワール城。

 その一角にある離宮、シルヴァーヴィスタでの変わらぬ日々も。

 叙爵式当日の朝、鼓動の高鳴りに起こされ、自室の天井を見て今までを思い返した。

 今は、宮殿の大広間で立膝をつき、じっと天井を睨みつける。

 離宮とは比べ物にならない装飾がされていて、生活環境の差を思い知らされる。

 こんなときだけ呼び出して、国民の好感度維持に使われるなど、まっぴらゴメンだ。


「お二人とも、陛下に続いてお入りください」


 王室近衛隊の兵士に促され、二人の少女が緊張した面持ちで部屋に入ってきた。

 てっきり、近衛兵が父であるタイリン王の両側に付くものだと思っていたが、違ったようだ。


「ふむ、アールヴェリスか……大きくなったな」


 収穫祭や建国記念、その他の恒例行事で姿を見た程度なのに、よく言えるな。

 行事に出された幼少のころ、民への印象操作の道具にされているとわかって、不愉快だった。

 話すのなんて今回が初めてだろ。どの口が言ってんだ。

 ここで暴れようと思えば暴れられる。離宮に軟禁されていても、剣術は習得済みだ。

 あんたが、赤子のときから俺に付けた第一侍女のリリアナが優秀でね、彼女は惜しみなく剣術を叩き込んでくれたよ。

 俺は男だというのに、侍従ではなく侍女を付けられている。

 なぜだ――他のヤツならそう考えただろう。だが、俺は違う。

 リリアナと一緒に第二侍女として付いたエリス、そして、許嫁のルヴェリナ。

 彼女らは皆、赤子のときから俺と生活を共にし、それぞれ能力を持って育った。

 今目の前にいる国王は、この国には能力者がいないと嘆いているが、俺は能力者に囲まれている。

 思わず口角が上がりそうになるのを抑え、世間知らずの末っ子王子として返事をしてやる。


「ご無沙汰しております、陛下。私に仕えてくれる者たちのおかげで、無事に過ごしております」


 タイリン王は、しっかりと口角を上げ、にやりと笑いやがった。

 侍従ではなく侍女を二人付け、ダメ押しで許嫁まで用意し、俺の動きを封じていると思っている。

 間抜けなやつは嫌いだ……こいつの心紋は小さい上に形がいびつで、胸くそが悪い。

 人の心を形として見られるのは楽しいが、それは美しいものに限っての話だ。

 できの悪い心紋など、その場で壊してこの世から消し去りたい。


「陛下、こちらを」


 王室近衛隊の兵士が、一枚の書面を持って進み出る。

 受け取ったタイリン王は、書面を一瞥し、内容を読み上げた。


「アールヴェリス・フォン・アルステッド。お前は十二歳を迎えた。よって役職と爵位を与える」


 アルステッド家の子どもは、十二歳になると爵位と役職が与えられる。

 これは、能力者がほぼいないアストレヴィア連邦を危惧したタイリン王の方針だ。

 領土を管轄する者を身内で固めることで、統治の安定を図ろうとした。

 しかし、彼にとって俺は要らない存在だ。生まれるなり、母上の前で言い放ったそうだ。


 ――こいつは必要ない、と。


 そのときの母上を思うと心が痛む。さぞかし悔しく、つらかっただろう。

 離宮の使用人たちは、皆気を遣ってくれているのか、俺の立場について触れるものはいない。

 軟禁では、城壁から出られないうえ、居館への出入りも制限がある。

 赤子のときから、ルヴェリナ、リリアナ、そしてエリスと一緒に、シルヴァーヴィスタ離宮で過ごしているだけだった。

 だが、爵位と役職を得るこの日から軟禁は解かれ、ついに俺は、外へ出られるようになる。

 これが何を意味するのか、タイリン王はわかっていないだろう。

 適当に、感謝の意でも口にしようとしたが、暗君は話を続けた。


「お前は、シルヴァーヴィスタ離宮で暮らしているが、城壁の外を見たことがあるか」


 こいつ、自分が軟禁を指示したことすら覚えていないのか?

 その程度の指示で、俺の生活が縛られていただなんて、まったく笑えない。

 そもそも、俺が叙爵すること自体、軟禁されている身からすれば意味がわからない。

 どうせこれも、貴族や民への印象操作でしかないのだろう……くだらない。


「はい。離宮は城壁に併設されているので、胸壁からダルクヴァルト(森林地帯)を眺めるのが日課となっています」

「ほう。胸壁までは出た、ということか。所詮子どものやることだ、まあいいだろう」


 軟禁している意識はあったのか。となると、なおさら印象操作の線が濃厚だな。


「役職についてだが、ダルクヴァルト全域を管轄し、その維持および監視を命ずる。それに伴い、王家の慣例に従って公爵位を授与する。今後はグリーンシェイド公として任を遂行せよ」

「承知いたしました。必ずやご期待に応えてみせます」


 ダルクヴァルト全域の維持監視……正直、震えた。


 ダルクヴァルトは、ルヴェリナ、リリアナ、エリスの能力を開花させてくれた場所だ。

 幼少のころ、離宮の使用人たちにたっぷり構ってもらっていたが、好奇心が芽生えた俺たちは、どうしても外の空気が吸いたくなった。

 シルヴァーヴィスタ離宮は、もともと城壁に常駐する兵士が待機する場所として用意されたものだ。

 そのため城壁に併設されているわけで、内装も簡素で味気なく、一般生活にはあまり向いていない。

 それだけに、胸壁から望むダルクヴァルトの緑と漂う空気は、格別の癒しとなっている。

 目に映し息をするだけで、体内に不思議な力が流れ込み、やさしく包み込んでくれる場所。

 そんな、かけがえのない場所ダルクヴァルトが、俺のモノになった。

 これから、ダルクヴァルトを詳しく知ることができる――身体が歓喜で震えるのは当然だ。


「それから……お前には、新たに二人の侍女を付ける。職務の遂行において大きな力となるだろう。では、以上だ」


 二人の少女は、俺の侍女だったのか。また、侍女……。

 あの暗君は、爵位を授与したにもかかわらず、まだ俺を抑え込みたいのか。

 いったい何を考えているのか……いや、あいつのことを気にするのは時間の無駄だ。

 今後俺の頭の中は、自分のやりたいことで満たされるのだから、あんなヤツに割く余裕などない。


「これからは、アールヴェリス閣下の指示に従ってください」


 王室近衛隊の兵士が、俺にお辞儀をしたままの少女たちに声を掛けた。

 貴族の娘であるのは確かだが、身なりからすると、伯爵か子爵あたりの娘のようだ。

 何でも格付けしたがる民ってのは、格相応にしていないと納得しないからな。

 二人とも、きれいな心紋の持ち主だというのに、もったいない。


「ようこそ、サヴェルノワール城へ。聞いてのとおり、グリーンシェイド公となった第七王子、アールヴェリス・フォン・アルステッドだ」


 俺が名乗ると、二人とも姿勢を正し、揃ってカーテシーで挨拶をしてくれた。

 間を開けずに、向かって右側に立つ小柄な子が口を開いた。


「この度、アールヴェリス閣下の第三侍女としてお仕えすることになりました、ティアラ・グリーンフィールと申します」


 緑色の目と長い茶色の髪が、穏やかな雰囲気を醸し出している。

 ダルクヴァルトの眺めを思い起こさせる、やさしい心紋の持ち主だ。


「ファミリーネームに僕の公爵名と同じグリーンが入っているね。植物に詳しい家系なのかな?」

「はい。グリーンフィール家は代々薬草を扱ってきました」

「薬草か、とても興味深い分野だ。ぜひ色々と教えてもらいたいな。森林地帯の管理をすることになったから植物に詳しい人がいると、とても心強いよ」


 名乗りが終わってほっとしたような表情をしたティアラから、隣の子へと視線を移した。

 深い青色の目と波打つ青髪で、妖艶とも取れるような色気を感じさせる子だ。

 この子も、とても澄んだ心紋の持ち主だ。ルヴェリナに似た癒しを持っていて、接しやすい。


「アールヴェリス閣下の第四侍女として迎えていただきました、リーニア・ブルーミアと申します。専属侍女として、誠心誠意務めてまいります」

「ありがとう。でも無理をしてはいけないよ。常に良い調子でいられるように動いて欲しい。ティアラもだけど、僕に付き従ってくれる者には『無理は禁物』を心得にしてもらっている。君たちにもぜひ守ってもらいたい、いいね」


 ティアラとリーニアは、片膝を軽く曲げると、申し合わせたように同じ言葉を口にした。


「御意」

「では、僕の住むシルヴァーヴィスタ離宮へ行こうか」


 叙爵式、あっけなかったな。あいつの気持ちが表れ過ぎていて、むしろ清々しいまである。

 新人二人の心紋が、ルヴェリナたちに似て可憐でよかった。

 初めて侍女を迎えるようなものだから、どう扱ったらいいのか悩むところだ。

 とはいえ、俺の専属侍女なわけだから、ルヴェリナたちと同じように接していればいいだろう。


「それにしても、君たちが僕に付くことは知らされていなかったから驚いたよ。実はね、爵位の叙爵と役職の任命すら聞いていなかったんだ」

「えっ!? まさかそんな――」

「うん、離宮にいるからか、僕がまだ若いからなのか、普段からあまり情報がなくてね。アルステッド家の慣例だからあるはずだ、とは思っていたけど」

「叙爵式ほどの大事を知らせないだなんて……閣下に対して無礼ではないですか」


 こうして話しかけてみると、ある程度、相手がどんな人なのかを知ることができる。

 ティアラは、穏やかで静かにみえるが、とても素直だ。穏やかな人は思ったことを内に秘めがちだが、思いを口に出せるのならば、行動力もあるはずだ。

 リーニアは、話しぶりからするとティアラの穏やかさとは違って、冷静で慎重そうにみえる。

 おそらく、ほとんどの人はそう感じていることだろう。

 だが俺の見立てでは、冷静さの裏側に熱いものを持っていると感じた。

 俺の言葉への反応に、感情的な一面を見せているからだ。

 心の中で想定外の専属侍女増員に舌打ちをしたが、上質な贈り物として受け取らせてもらう。

 どうやら今回も、暗君の失態となったようだな。じわじわと笑いがこみ上げてくる。


「ほほう、これは珍しいヤツに出会ったな。アールヴェリス、だろ?」


 どうやって笑いをこらえようかと困ったが、聞き覚えのある声に耳を突かれ、一転、不愉快な気分へと落とされた。


「お久しぶりです、アレリオン閣下」

「ははっ、なんだかくすぐったいねえ。アールヴェリスもそんな言い方ができるようになったってわけか。おっと、その様子だと叙爵したところなんだろう。ならばこちらも相応にしなければならないね」


 このワザとらしい言い回しをする下品な男は、三つ年上の第六王子アレリオンだ。

 末っ子第七王子の俺からすると兄ということになるが、母親は第二王妃のライサリア。

 俺は第三王妃リリスヴェーアの子だから、アレリオンは腹違いの兄である。

 この男が、ボウ・アンド・スクレープをするのに合わせ、両側に従えている侍従も礼をした。


「この度は爵位と役職を授けられたこと、心からお喜び申し上げます。ところで、役職は何をお受けになったのですか?」

「ダルクヴァルト全域の維持管理と監視です」

「――な、なんだって!?」


 俺の役職を聞いた兄は、表情を一変させて大きな声を出した。


「なんで……なんでお前なんかに任せるんだ!」

「……閣下?」

「うるさい! お前に閣下と呼ばれるなど虫唾が走るからやめろ! なぜだなぜだなぜだ……いや、待てよ……エラリオン連邦とは一触即発の状況だと聞いているが――」


 猛烈な勢いでまくし立てたアレリオンは、突然言葉を止め、口角をゆっくりと上げて息を落ち着かせた。

 こっちは、意味のわからない感情の起伏など見ている暇はないんだが。

 何が気に入らないのか。俺がダルクヴァルトを任されるとマズいことでもあるのか?

 それなら初めから俺に任せはしないだろうに。


「そうか! ふむふむ。アールヴェリス、少々見苦しいところを見せてしまったが、今日は君の門出だ……宴への呼び出しは届いていたか?」


 アレリオンは、視線だけ侍従へと向けると、大げさに息を整えてから侍従に尋ねた。


「いいえ、そのような連絡はございません」

「離れ……離宮に戻って使用人と祝いの宴でもするといい。では、僕はこの辺で失礼するよ。王家の恥を晒さないように、せいぜい頑張るんだな」


 アレリオンは、俺が口を挟む間もないまま話を終えて、侍従と共にその場を去った。

 恥を晒しかねないのは、お前の方だろうに。

 何がなんだかわからないまま話が終わってしまい、侍女たちを不安にさせたかもしれない。


「すまない、いきなり変な空気になってしまって」

「……突然のことで驚きましたが、アールヴェリス閣下が落ち着いていらしたので、不安が募ることはありませんでした――」

「アレリオン閣下は何を納得されたのでしょうか。あれだけ激高されたのに、急に落ち着きを取り戻して……そのことを不思議に思った以外は、特に何も――」


 どうやら俺が思うより、二人は冷静のようだ。

 突発な出来事を前にしても、落ち着きを維持できる……素晴らしい侍女じゃないか。

 早くルヴェリナたちに会わせたい、そう思うと自然に離宮へと足を向けていた。

 新たな侍女たちは、俺とアレリオンとのやり取りを目の当たりにしたからか、歩いている間、城外でのことを教えてくれる。


「城外では、アールヴェリス閣下が公爵位を得ることに疑問を持つ人々が多いようでした。皆さん、過去に起きたあの陰謀やスキャンダルを根に持っているのでしょうか……アールヴェリス閣下がその影響を受けるのは理不尽です――あっ、すみません、余計なことを口走ってしまって……」

「ティアラはその真相を知っているの?」

「いいえ、知りません。私だけでなく、ほとんどの人たちは噂に対して私的感情から好き勝手なことを言っていると思われます」


 陰謀やスキャンダル……それは俺の母である第三王妃、リリスヴェーアが仕組んだとされているものだった。

 母上にまつわる出来事の真相は、俺の教育係であるセルヴィン・トルバスから聞いている。

 すべては、側室から王妃へと昇位したことが気に入らない否定派が拡散したデマだ。


「僕を悪く思っていない口ぶりからすると、ティアラは否定派じゃないんだね」

「グリーンフィール家は、第三王妃殿下が側室でいらしたころから交流があり、よくしていただいていたので肯定派なのです」

「それはうれしいな。城外の話が聞けるのも助かるし、時々教えてくれるかい」

「はい!」


 ティアラは、とてもかわいらしい笑顔を見せてくれる。

 ティアラが話している間、何か言いたそうにしているリーニアにも発言の機会を与えてみる。


「リーニアも城外でのことを教えてくれるかい?」


 リーニアは、話したい気持ちを悟られたと思ったのか、一瞬肩をビクつかせた。


「は、はい。私もティアラと同じようなことを……。失礼を承知で申し上げますと、アールヴェリス閣下が公爵位に就かれることに驚いている人が多いようです。『彼に何ができるんだ』などという声がちらほらと聞こえていました。他にも勝手なことを言う人たちがいて、そのたびに胸が締め付けられて――」

「……もしかして、リーニアも肯定派なのかな?」

「はい。ブルーミア家も第三王妃殿下とは何度か良き取引をさせていただいたと聞いています。なので、アールヴェリス閣下に仕えることが決まったときは、宴が開かれたぐらいでして。あまりにはしゃぐ父を見て少々恥ずかしい思いをしたほどです」

「そんなに喜んでくれる人がいたなんて……感謝しかないよ」

「こちらこそ、迎えていただき感謝の極みでございます」


 ティアラとリーニアが、真相を知らないにも関わらず母上の肯定派でいてくれるのは、母上との関係性の深さによるものだろう。

 この二人なら、ルヴェリナたちとすぐに仲良くなれそうで安心した。

 揺さぶられた気持ちを整えたところで、我が家であるシルヴァーヴィスタ離宮に到着した。


「アール! おかえりなさい。エリスが入城に気づいた侍女って、アールの侍女だったのね」

「かわいらしい子と知的な雰囲気のお姉さまだ。待って、もしかして、同じ歳だったりする?」


 ルヴェリナとリリアナは、離宮の玄関で待ち構えていた。

 ティアラとリーニアを見るなり、うれしさがこみ上げてきたらしく、口が開きっぱなしになってしまった。

 毎日話している三人ではない、同じ年ごろの子と話したがっていたからな。


「おかえりなさいませ、アールヴェリス閣下。思うように連絡ができず、いつも申し訳ございません」


 女の子たちの明るい声を相殺するような、低く落ち着いた男性の声が耳に入ってきた。

 声の主である離宮の侍従長ヴォルフガングは、キリっとした立ち姿で出迎えてくれた。


「閣下と呼ばれることにも慣れないといけないね。とてもくすぐったく感じるよ」


 普段、俺の身のまわりを任せているのは、専属侍女と女中長のリゼッタである。

 しかし、肝心なときにはしっかりとそばにいてくれるのが、侍従長のヴォルフガングだ。


「ヴォルフガングにも連絡は来ていないんだよね? それなら僕が『なぜ伝えない!』だなんて言わないのは知っているくせに」

「それでも重要事項をお伝えできていないのは事実。アールヴェリス殿下からお咎めがないと思うのは、私の甘えであります。立場をわきまえて行動しなければなりません」

「ははは、怒られないのはわかっているんだね。ヴォルフガングは面白いなあ」


 新たな侍女たちは、ルヴェリナとリリアナに捕まってしまったから二人に任せておく。

 俺は、苦笑いをしているヴォルフガングと共に離宮へと入った。

 すると今度は、見慣れた黒髪が目に入る。

 反射的に視線を下げると、鋭い目で上目遣いをするエリスがいた。


「アールヴェリス殿下、やはり授与式だったのですね。お疲れでしょう、お傍でお話しをお聞きします」

「エリスまで殿下って言うの?」

「もちろんです。今までとはお立場が違うのですから」

「それなら立場が変わった僕から言うね。エリスは、今まで通りに僕と接すること。じゃないと何も聞かない」

「い、嫌です! わかりました、今まで通りにしますから、無視はしないで!」


 少し脅かしすぎたか。でもこれぐらいしないと、なかなかエリスの本音が聞けない。


「はいはい、冗談だよ。ルヴェリナとリリアナの隙をついて僕に近づいてくるのは、諜報が得意なエリスらしくていつも感心しているんだから」

「気づいていたんですか!?」

「二人きりになれるときだけ来られたら、そりゃ気づくよ。でもいいんじゃない? 自分の能力を生かしているだけだからさ」

「そうやって私を受け入れてくださるから……私、今まで通りにしますね!」


 エリスは、また目を潤ませて喜んでいる。俺が、目つきの鋭さを気にしないってわかってからは、安心して甘えるようになった。

 それだけで涙を浮かべて喜ぶほど、劣等感を強く持ってしまっている。

 視線が気になって周囲に意識を集中させ続けたことが、監視能力を持つきっかけになったと思われる。

 俺は、ずっとエリスに対して好意的に接してきているが、いまだに彼女は少し躊躇してから動く。

 俺の気を引くためにしているようだが、そんな必要はまったくない。

 だが俺も、彼女を構いたい気持ちは常にあるから、茶番に付き合うようにしている。

 気付けば、ヴォルフガングは静かに去り、俺とエリスの二人きりになっていた。

 エリスに手伝ってもらいながら正装から軽装へと着替えて、心も体も力を抜く。

 椅子に座ってなんとなく天井を見上げると、ダルクヴァルトの監視が職務になったことを思い出した。

 兄姉たちがまったく手を付けていない領域であり、ルヴェリナたちと毎日眺めていた場所。

 俺にしてみれば、理想的な職務を任されたってわけだ。

 爵位まであれば、多少難しいことでもできるようになる。今まで四人で語っていた夢を試すときがきた。

 ようやく、生きていることを楽しむときがきたようだ。

小説家になろうへ、久しぶりの投稿です。

気軽に楽しんでいただけたら幸いです。

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