9
私は早速Yvonneに会いに行くことにした。急な坂を上った丘の上に小さな集落がある。Yvonneに挨拶して、貸し部屋の情報をもらおうと彼女の家に向かう。
YvonneはAngelaの親友で、イタリア人の彼女をこの閉鎖的な小さな村で歓迎してくれたそうだ。随分前に夫に先立たれてからも一人でここに住んでいる。きっとAngelaの悲しみを受け止めてくれたのだろう。
なぜかミラベルの木が、この村のあちらこちらに密集して生えている。Cassisはのどかな港町だが、ここはさらにのどかな田園のようだ。Yvonneは若い時に都会で働いていたらしく、田舎の人にしてはお洒落であか抜けた印象のフランス人だ。Angelaと同年代だが、いつも化粧を欠かさず小綺麗にしている。彼女と話をするのは楽しい。
「Yvonne、久しぶり。元気だった?」
彼女は生成りのロングワンピースに、大きな淡いピンクのストールをざっくりと肩から首に巻き付けて、無造作にまとめた白髪混じりの髪で私を迎えてくれた。いつもの暖かい笑顔が懐かしく嬉しい。
「えぇ、Angelaに聞いたよ。Antonioの店を任されたんだって?」
Yvonneは私を優しく抱きしめながら話を続ける。彼女に抱きしめられるとすべての不安が消えていく。
「そうなの。任されたなんて大袈裟なんだけど、手伝うことにしたの。Angelaももうゆっくりしたいって言うから。」
「そりゃあ、大変だ。ははは・・・」
「やだ、プレッシャーをかけないでよ。」
「責任重大だよ。ははは・・・」
私の腰に当てたままの彼女の手を取り、私は尋ねた。
「体のほうはどう?」
「あちこち痛いけど仕方ないね。そういう年だもの。」
Yvonneは決して痛いとは言わないが、彼女の動作から足腰が弱っているのが見て取れる。私はいつも彼女の体が気になっていた。
「何かあったら言ってね。私、Angelaの住んでいたレストランの二階にいるから。」
「Angelaが喜んでいたよ。店を続けられるって。」
彼女の期待がまた私にのしかかってくるようで、苦笑いしながら私は今日聞きたかったことを話し始めた。
「そう、今日は聞きたいことがあって来たのよ。今、部屋を探しているの。うちで新しく働いてくれる人なんだけど、まだ部屋が見つからなくて。Yvonneなら顔が広いからどこかいいところを知っているんじゃないかと・・・」
「あの家に住めばいいじゃない。」
Yvonneが指さした先には、小さな可愛らしい家が建っている。
「息子夫婦が住んでたんだけど、子供ができて引っ越したから。その後、貸していたんだけど、今は誰も住んでいないよ。」
魔法使いのようにYvonneが簡単に指の先から家を出現させたように思えた。
「本当?本当にいいの?」
「いいさ、誰も住んでないんだから。小さい家だけど一人で済むなら十分だよ。」
「ありがとう、早速Ramonに伝えて、見せてもらうわ。」
「あぁ、いつでもいいよ。いつでもいらっしゃい。」
ミラベルの茂る緑を眺めながら丘を降りる。花はもう終わって、緑の勢いの中につるんとした小さな緑の結実が覗く。Yvonneの魔法のお陰で、あっという間に問題が解けていった。暑くなり始めた午後の日差しを遮れずに全身に受けて、Ramonに電話を掛ける。
「家探しの件だけど、まだ見つかってない?私、いい家を見つけたの。見に来ない?」
「えっ!本当?是非、見せてください。」
彼が帰ってから数時間でこんな電話を掛けるのだから、驚くのも無理はない。私も事の展開の速さに驚いていた。
「そう、よかった、じゃあ、明日少し早めに店に来てくれる?仕事の前に見に行きましょう。」
「わかりました。ありがとうございます。」
坂道を下りながら電話を切って、再び日差しを感じる。体に透過した光の熱が私の心を温める。すべてがうまくいくような気がする。




