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二人は着替えると黒いエプロンをつけて、働く人の顔になる。各々が手慣れた様子でいつもの作業を開始した。Marieはテーブルセッティングをし始め、Raphaelは冷蔵庫を確認し始めた。遅れを取った私は、取り敢えず今日の予約客のリストに目を通し、Raphaelに尋ねた。
「Jean-Lucはどうしたの?」
見当たらないJean-Lucの居場所を聞いてみた。
「港で魚を見ていると思います。もう来るでしょう。」
「そう、わかった。」
「仕込みはもうJean-Lucがほぼ終わらせているから、大丈夫ですよ。」
「了解。」
Jean-Lucの片腕として、優秀なシェフの形相をしたRaphaelに、私は初日から信頼を寄せることができた。
予約客三組の他にも地元の客や観光客で、今夜の店は賑わった。日が暮れて薄暗くなると各テーブルのろうそくに火を付けて行く。厨房の慌ただしい動きも客席のざわめきも、ろうそくの炎がかき消して、私は一瞬Giorgioを思った。彼が笑ってくぬぎの木の上に腰かけて見ているような気がする。オカルトめいた発想に苦笑いをして、私は店の中心にある大木を見上げた。
「Anna、Pierreよ。洋服屋さんなの。大きなお店だからAnnaも行ったことあるはずよ。」
私は感傷に浸る間もなくMarieを手伝って客席を回り、地元の常連客達の名前を覚えようと懸命になった。
「漁師のMarcel。だけど船にはもう乗らないの。事務所で計算ばかりしているのよね?」
「Nina、アクセサリーショップのオーナー。自分でデザインもするのよ。」
「Anna、こっちに来て。紹介するわ・・・」
人の名前を覚えるのが得意でない私は、名前と顔を覚えるのに必死になるのを隠して笑顔を作り続けた。皿と銀食器の立てる音が、客たちの会話や笑い声の中を通り抜けて聞こえる。自分もGiorgioの隣で木の枝に腰かけて客席を見渡す。目まぐるしい一夜が、長く短く過ぎていった。
「お疲れ様。大丈夫かい?」
Jean-Lucが気遣って声を掛けてくれる。
「えぇ、なんとか。」
きっと私は疲れて見えたのだろう。彼の声かけが嬉しかった。
着替えを済ませてMarieが帰って行く。
「お疲れ様。また明日ね。これから友達の家でパーティーなの。じゃあね。」
来た時と変わらない美しい顔のまま、Marieは店を出て行った。私は目の下に崩れ落ちてきていたアイシャドウをそっと拭い取って直す。
「どう?もう一人いないときついのに気づいただろう?」
Jean-Lucが、前掛けを畳みながら話しかけてきた。
「そうね。」
「今日は少し忙しいほうだったけど、忙しい時はもっと忙しいからな。」
「早く、アシスタント見つけなきゃね。」
「じゃあ、よく眠って。ゆっくり休んで。」
「ありがとう。また明日。」
Jean-LucもRaphaelも帰って行った。初日は何をどうしたらよいのかわからず、店の中を右往左往しているうちに終わっていった。ただGiorgioに見守られているような感覚が嬉しかった。なんとかやっていけそうな気がする。




