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最終回

皮肉か喜劇か、偶然Ramonのレストランの開店日が、私の入院の日になった。開店当日Ramonからは何も連絡はない。忙しいのだろう。


私は過去の地層の一部と化して考える。私に連絡をしないのは彼の優しさなのかとも思ってみる。愛した人は善人であって欲しい。


まだ二人で作った二年の思い出を、痛みなしに見ることはできない。せめて宝物として病院に持って行かれたらいいのに、私の心はそれを許さず思い出をモノクロにする。執拗に思い出させて私を苦しめる。肉体の終わりにだけ望みを持っていた。肉体が終われば苦しみも私の影も消える。それだけが頼りだ。



病院近くの葬儀屋に、火葬して散骨するように依頼して支払いを済ませた。何も残らないように。私の痕跡が何一つこの世から消えてなくなるように手配した。消えてなくなりたい。苦しみを燃やし尽くしたい。


家の前に、予約した霊柩車が時間通り到着した。運転手は私がもうすぐ死ぬことなど考えてもいないだろう。


「La Ciotatの総合病院までお願い。」

「お見舞いかい?大変だね。」

「一度行くだけだから。」


話し好きのタクシー運転手の問いに、適当に話を合わせる。Cassisの町と別れる。もう海を見ることもできないのか。車は海から離れて小さい山の間を縫うように作られた道を走る。車窓から世界とお別れする。



お別れの旅は容赦なく終わる。タクシーを降りて、数枚の下着と寝間着を入れただけのスーツケースを軽く転がす。白い外壁の病院が、前に来た時より切り立って、私に覆い被さる。私の墓石となる。墓標はない。


病院の入り口の脇に、小さな子供用の公園がある。遊具で遊ぶ子供たちをベンチで大人が見ている。僅かな芝生の場所で、サッカーボールを必死で蹴る子供の身長は、ボールの倍くらいしかないように見える。三歳くらいだろうか。金髪の巻き毛が女の子か男の子かわからなくさせる。ぷくっと丸い薔薇色の頬と生えたての小さな歯が愛らしい。動く度に揺れる髪が、お日様に煌めく。空振りしては空を見上げてけらけら笑う。命が生きている。真っ直ぐに。眩しい。


天使の取り損ねたボールが、私を目がけて転がってきた。ボールを拾い上げると、天使が輝く笑顔で無防備に近づいてくる。私の前に立ち止まると、

「放して。」と天使は言う。


「・・・?」どういう意味かわからなかった。ただボールを渡してやれば済むことなのに、私は止まってしまった。すると、

「放して。」とまた天使は言う。


「・・・」私はボールを手にしたまま固まる。天使は三歳とは思えない口調で、はっきりと、

「僕が持って行くから。」と真っ直ぐに私の目を見つめる。


「・・・」不思議な光景に、私は言葉が出ないままボールを天使にそっと渡した。


「ありがとう。」と天使は小さく微笑むと、いつ転ぶか心配になる小さな足取りで走って戻って行った。幾秒あっただろうか、光で貫かれた私は、呆然としていた。


『放して。』


私が所有できるものは何もない。私は与えることしかできない。彼を手放さなければならない。手放す。でも愛はなくならない。天使にすべて渡して、私は愛だけになった。ありがとう。体を耐え難い痛みが覆うけれど、私は満ち足りていた。


すべてうまく整理したと自己満足して、自分勝手な嘘で世界を塗り固めて、ここまで辿り着いた。もう現実と夢と幻想とが入り混じっているのかもしれない。そのことさえ確かに捉えられない。Ramonも幻想だったのかもしれない。でも愛だけがここにあることを感じる。私の芯は暖かく愛に満ち、優しさに溢れている。



全身の骨から痛みが発せられ、心臓から血が噴き出すたびに肉を痛めつける。この回廊を渡る分だけの力を最後に残して、ここに自力で立てた自分を誇らしく思う。病棟に向かう回廊は硝子張りで、太陽の光でできているようだ。


私の死が祝福されているのだろうか。私の指先から足先から徐々に光に溶けていく。この道を戻ることはもうない。この先は何も持って行かれない。私は愛だけを持って、愛になって回廊を進んだ。


カーディガンのポケットに手を突っ込むと、Ramonのくれたキーホルダーの輪に指が触れた。私はサイズの合わないぶかぶかの結婚指輪を薬指にはめて、回廊を一歩一歩進む。バージンロードの先で、彼は待っていてはくれない。誰もいない。でも私は一人ではない。


私と同じ光があちこちに輝いている。


今、彼に愛されたと信じられる。私の命は、尽きるまで彼を愛したのだから。二人の時間は愛の時間だった。私は最期まで彼を愛せたことに感謝した。最後の一瞬まで愛した。私は最期まで生きた。



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