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Ramonの渡米の前夜は支度をする彼の部屋で過ごすことにした。悲し気な私の様子に気付いたのだろう、Ramonは私の肩に手を置いて、
「僕たちには楽しかった思い出があるじゃないか。これでお別れじゃないし。」と聞き古された台詞を言う。
私は二人の二年の時間を恨んだ。前を向くRamonが憎らしくもある。次に用意された未来の中で、彼はJacquelineを胸に抱いている。私には許されない場所で、二人は見つめ合い微笑んでいる。自分の心すら綺麗ごとで塗り固めてしまうことが最善なのはわかっていながら、私は抵抗する自分を制御できず言葉を飲み込むのが精一杯だった。
「Anna。本当に楽しかった。君と過ごした二年は楽しいことばかりだったよ。絶対ニューヨークに来てね。待っているから。ずっと愛しているよ。」
彼の愛がとても軽く感じる。重さがなくて宙を舞って消えてしまう。そう、もうずっと前からなかったのかもしれない。私は自分で作り出した幻想の愛を愛していたのだろうか。私は絶望を抱いて死んでいく。
「私も愛しているわ、ずっと。」
一人先に準備を整え去って行く彼を、罵る言葉すら浮かぶ。悪態をついて喉が枯れるほど罵詈雑言を叫び散らす自分も見える。一生負い続ける傷を、深い深い傷をつけてやりたい気もする。
ただその力が私の体に残っていないだけなのか、まだ彼にいい女であったと思われたいのか、私は一言無難な想定内の返事をして彼の傍らに眠った。
最後の夜。彼の息が背中越しに寝息になったのがわかる。二年の思い出が浮かんでは消える。宝石箱であった思い出は、パンドラの箱になり、そこには不幸しか入っていない。不幸に翳った思い出が私の鳩尾を痛めつける。Ramon は私の手のひらで輝いて私を幸せにしてくれたのに、今は影を背負って私を苦しめ不幸にする。不幸の源泉でしかない。苦しい。
二人の間の繋がりがこんなに希薄であったと信じたくなかった。私は独りよがりに彼との絆を深いものと幻想していたのだろうか。彼と向き合って彼の愛を受け取って、私の愛を渡して、一つに繋がっていたのは幻覚だったのだろうか。捨てられた女を綺麗に演じて幕を閉じるのか。
翌朝、Ramonは迎えのタクシーに乗って出て行った。面と向かってサヨナラとは言えなかった。彼にはもうこの土地にも私にも何の思いも残っていないように見えた。彼は面接に行った時からニューヨークにいる。私は相手役からエキストラに降格していた。彼の次の章には私の台詞どころか、回想すらない。
一時、ほんのひと時、彼と私の人生は交差した。交差した直線は再び交わることはない。終わりはあまりにもあっけなく、それまでの時間が幻であったと思わせる。幸せの幻想は苦しみの妄想に変わる。終わった。私は愛を失った。何もかもが消えた。愛する人を失う苦しみを、もう味わわなくてよくなることに私は感謝して、人生の後片付けをする。




