表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/38

3

そして私は今ここにいる。


Angelaから預かった鍵で建付けの悪い古く頑丈な木のドアを開ける。二、三度軽くドアの隅を蹴らないと開かない。彼女のようにうまくいかない。思い切り蹴って、力づくで開ける。


閉店している今日は、テーブルが庭の隅に重ねられて片されている。庭の真ん中に生きているくぬぎの大木を見上げながら、家に向かってスーツケースを転がした。


小さな家の一階は、客席が30ほどと厨房と事務所がある。二階にはAngelaが生活していた部屋がある。リビングにキッチン、バス、トイレ、ベッドルーム。十分に暮らしていかれる。一人では広すぎる。


リビングの窓からは庭の客席が見下ろせる。スーツケースから荷物を出しもせず、客席を見渡して明日からを思う。屋根ほどの高さの庭の大木が、風に葉を揺らして涼やかな音を立てている。


日が暮れる前に荷物を整理し終えたい。スーツケースから当座の衣類を出して引き出しに入れ、Giorgioもしまい込む。明日はシェフと打ち合わせだ。というより、一から教えてもらわなければならない。新しい生活に胸躍ることはなく、葬式の延長にこの場所はある。それでも生きていく。Giorgioを愛したように静かにこの店を愛していくのだろう。


寝室のドアを叩く音が徐々に大きくなっていく。Cassisにいることを思い出す。今朝はシェフのJean-Lucと会う約束をしていた。


「今行きます。下で待っていてくれる?」


ドアの向こうのJean-Lucに声を掛ける。


「了解。」


もう約束の10時を過ぎていた。慌ててガウンを羽織って部屋を出ようとしたが、初日からこれではまずいと思い直し、ジーンズを穿いて髪を束ねたが、顔も洗わず目をこすって階段を降りた。


事務所にしている一階のリビングの大きな机には、シェフのJean-Lucが座ってノートを繰っている。白髪交じりの短髪と髭は不思議と清潔感がある。水色の麻のシャツのせいだろうか。贅肉の全くない引き締まった筋肉質の体形と白いジーンズも、60歳近いフランス人を若く爽やかにみせる。


「ごめんなさい。起きられなくて。寝坊しちゃったわ。」


Jean-Lucは立ち上がって、私の頬に挨拶のキスをする。生真面目で気難しそうに見える彼を怒らせたかと気になったが、青く透き通る瞳は微笑んで許してくれた。


「大丈夫?疲れているんじゃない?」


彼とはこのレストランで数回会ったことがあったが、最後に会ったのはGiorgioの葬式だった。


「ありがとう、大丈夫よ。昨夜寝たのが遅かったから。」


私たちは微笑み合って、Giorgioには触れずに仕事の話を始めた。


Jean-Lucは十代の時からフランス料理一筋の職人だ。娘二人はマルセイユに引っ越し、同じ年の奥さんと二人でCassisに暮らしている。Giorgioの父、Antonioとはパリで修行中に出会ったそうだ。兄のように慕っていたAntonioが病に倒れ、この店に乞われるまま手伝うようになってから、ずっとここでシェフとして働いている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ