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Jacquelineから届いたメールには、記事のドラフトが添付されていた。Ramonの赤と黒の一皿が美しい絵画のように、ページのトップに通常のメニューより大きく飾られている。店の雰囲気も写真から伝わってくる。Jacquelineは料理を大絶賛した記事を書いてくれた。私が彼女にお礼のメールを書いていると、電話が鳴ってJacquelineの元気な声が聞こえた。
「元気?見てくれた?記事の内容とか変えたいところがあったら修正するから言ってね。」
「すごく綺麗な写真で驚いたわ。記事も褒めてくれているし、何も変えるところなんて。ありがとう。今、返信書いていたところよ。」
「そうなの、よかった。じゃあ、これで進めるわね。出版は来月になるから、出来たら送ろうと思っていたんだけど、ちょうどその頃フランスに出張があるから、その時に持って行くわ。」
「ありがとう。楽しみにしているわ。」
彼女から送られた記事を皆に見せるために、私はラップトップを手に厨房に向かった。
「どう、とっても綺麗な写真よね。これが来月出版されるから、また忙しくなるかもね。」
私はふざけて自慢げな顔を作って見せた。
「本当、綺麗な写真ね。」
Marieはただ写真の美しさを褒め、Raphaelは黙ったまま感心した顔をしてみせた。
「これ、うちのメニューじゃないじゃないか。」
Jean-Lucの顔が険しくなっているのに気づいた。
「すみません。時間があったので、喜んでもらおうと思って。」
すぐさまRamonが謝った。
「店の紹介なのに勝手なことされたら・・・ずっと守ってきた店なんだよ。」
長年この店に尽くしてきたJean-Lucのことも考えずに行動した自分に、責任を感じた。
「ごめんなさい。私がRamonに頼んだのよ。勝手なことしてごめんなさい。」
「俺が勝手なことしたんです。すみません。」
「いや、俺が遅れたのがいけないんだよ。」
Jean-Lucは前掛けを締め直しながら、厨房の奥に背を向けて行った。急に見せた怒りは、もっと大きな寂しさになって消えていった。私はいつも見せることのない彼の感情に触れて動揺したが、店を元の軌道に戻すことに集中した。
「今日は予約が5件入っているから、人数と時間を把握しておいてね。私もすぐに降りてくるから。」
と、ラップトップを持って階段を駆け上がった。
そしてJacquelineにメールを書き始めた。うちのメニューではないから、赤と黒の一皿を外して欲しいと。しかしタイプしていることがまどろっこしく、直接電話を掛けた。
「あら、Annaどうしたの?」
「ごめんなさい、さっき話したばかりなのに。記事のことなんだけど、やっぱりトップの写真はメニューにないから外して欲しいの。」
「どうして?あんなに美味しいんだからメニューに入れればいいじゃない。それにあの写真が一番、人の目を引くのよ。編集長もとても気に入っていて、外すことはできないわ。記事にも今はメニューにないって書いたし。問題ないでしょ。」
Jean-Lucの背中を思いながらも、Jacquelineの正当性に押される。古参の意地があるなどと、内部事情を明かすことも憚られる。
「そうね・・・」
「大丈夫よ、何も問題ないわ。きっと話題になると思う。そんな予感がするのよ。自分の記事なんだけど。自画自賛ね。ははは・・・」
Jacquelineの明るい笑い声が、私を納得させ、私はJean-Lucに説明しながら進めていくことにした。
「わかったわ。ごめんなさい、時間を取らせてしまって。」
私は電話を切りながら心の中でJean-Lucに謝った。




