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クリスマスシーズンになり、大昔にGiorgioがくれたドレスを着てみることにした。
ベルベッドは見る角度によって漆黒にもブルーにも見える。彼が背伸びして三ツ星レストランに招待してくれた時に着たドレス。久しぶりに手を通す。体形も変わった。今の私を過去のドレスに詰め込む。鏡に映る姿を恐る恐る確認する。
ブラを外して、ドレスについたブラに乳房を押し込む。ジッパーを上げながら、まだドレスに体が入ることにほっとする。
乳房の下に触れる指に何か違和感がある。もう一度なぞってみる。左乳房の下側に塊を感じる。もう一度触ってみる。鏡に映してみる。見えないが、皮膚を引っ張るとひきつっている。触ると確かに何かが皮下にある。全身の血が抜けていく。
「杏奈、見て。なんかあるでしょう?」
母は自分の乳房を指差してそう言ってから、五年後に亡くなった。手術によって片方の乳房をえぐられて、心身ともに傷ついたうえに、二度の転移で命も取られてしまった。
母は最期には自分の人生に起きたことを受け入れて、微笑んで消えていった。私はいつまでも母の死に抗って苦しんだ。川の流れに逆らって泳げば疲れる。そして、決して逆行して進むことはできないことに気づく。必ず流されて行く。流れて行く。
乳癌は残酷な病だ。母が乳癌になった時、もう五十代だったが、手術によって乳房が傷つけられ奪われる痛みは、測り知れなかった。父もおり、これから新しい恋愛をするわけでもないが、女としての母は手術の日まで泣いていた。
しかし自分の人生を受け入れた母は、手術の日に生まれ変わったように元気になった。それからは辛い抗がん剤も放射線治療も弱音を吐くことなく耐えた。私は母から痛みだけは取り除いてやりたいと心から願い続けた。病状は好転と悪化を繰り返し、母の人生は終わって行った。
母と過ごした最後の数年が、寝間着と布団の間の暖かさと抗生物質の匂いにまみれて襲ってくる。
私も、もうすぐ死ぬのだ。
自分の終わりが突然目の前に現れる。Giorgioの電話を受けた時の衝撃を思い出す。それは、驚きという言葉でも、悲しみという言葉でも表現できない。もっと肉体的な反射のようだった。いつか死ぬことは理解していながら、いざ目の前に死が突き付けられると、容易に受け入れられるものではない。死が現れると人は生に気付き、手放したくなくなる。私は初めて自分の死と向き合っている。
母やGiorgioの死には力の限り抵抗して苦しんだ。彼らの生を諦めることも手放すことも、決してできなかった。苦しかった。
でも今、私は母の最期を自分の人生に重ねて、静かに予測できることを有難く思った。自分の死でありながら、自分の死であるからこそ、私はこんなにも静かでいられるのだろうか。呆気にとられたように私は私を見つめていていた。
私の意思など気にも留めず時が流れて行く。年が明ける。クリスマスの暖かい家からみな外に出て、再び日常を作っていく。カタバミの黄色い花が土塀と石畳の隙間で窮屈そうにしている。留まれる者はいない。人間も、自然も。




