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「やめて、Pierre!もう放してよ!」


Marieの叫ぶ声が聞こえて、慌てて客席のほうに走った。


「いつになったらデートしてくれるんだよ?いい加減もったいぶるのはやめろよ。」


客席に座っていた洋服屋のPierreが、Marieの腰に手を回し、膝に座らせようとしているのが見えた。酔った客に対処するのも私の仕事だ。私は気を引き締めて、真剣な顔を作り彼に近づいた。


「放せよ。みっともないぞ、Pierre!」


先にRaphaelが、間に入ってくれた。


「みっともないだと?!ホモ野郎が何抜かす!Marieに聞いたぞ。お前とシェフはいい仲らしいじゃないか。厨房に帰って続きをしたらどうだ!」


レストランの空気は、彼の大声で一瞬にして一点に集中した。私はPierreの叫ぶ言葉が、私の耳にしか届いていないことを願った。RaphaelがPierreの胸ぐらを掴んで殴りかかり、応戦するPierreともみ合いになった。厨房からJean-LucとRamonが駆けつけて、二人を引き離し店の奥に連れて行った。見たことのないRaphaelの感情の激しさに、情けない私は何もできず立ち竦んだ。


「ショウタイムは終わりよ。さぁ、みなさん、お食事を楽しんでください。今日は店からグラスワインをプレゼントします。」


私は咄嗟に思いついたことを大声で伝え、Marieを連れて店の奥に引っ込んだ。


「Marie、大丈夫?」

「えぇ大丈夫。」


Marieは突然の乱闘に気抜けしたように見えたが、怪我もなく驚いているだけだ。


「お客さんにワインを配って。」


Marieの無事を確認して、私は仕事を指示し、Pierreの様子を見に行った。酔客は既に裏口から店の外に出されていた。戻って来た三人の男たちは、疲れたような、気まずいような形相で覆われていた。


「大丈夫だった?怪我はない?」

「あぁ、大丈夫だよ。奴はよく酔っぱらっては大騒ぎするんだ。」


Jean-Lucが吐き捨てるように言って、仕事に戻っていった。RaphaelとRamonは無言で作業の続きを始めた。私もそれ以上は何も言わず、仕事に戻った。何も起こらなかったかのように、店を正常に戻す。客席に行くとMarieがほぼワインを配り終えていた。騒ぎは本当になかったかのように思えた。一人安堵する。


そして恐る恐るEdithの席に一瞥をくれてみた。彼女の席では穏やかな談笑が続いていた。Pierreの言葉を彼女は聞き取れなかったのかもしれない。僅かな疑問は残っていたが、取り敢えず何もなかったという体を取ることにして自分も落ち着いた。


しばらくして、女友達と食事を楽しむEdithの席に近づき、私は彼女の肩にそっと手を置いた。


「Edith、食事はどう?楽しんでる?」

「えぇ、ありがとう。相変わらず美味しいわ。いいシェフを雇っているのね。」


私は笑いながら、

「もちろん、Cassis一番のシェフよ。」と答えて、デザートの注文を聞いた。女友達の顔がこわばったままだったのが気になった。


「ごめんなさいね。」


Edithからの謝罪が理解できず返答に困っていると、彼女は言葉を続けた。


「今夜のこと。夫がゲイなのは知っているのよ。」


Edithの表情から一切の動きが失われた。友だちがEdithの手の甲を握る。


「随分前から知っているわ。それでも彼は彼なの。愛しているのよ。不思議に思われるかもしれないけど、Jean-Lucを愛しているの。ずっと。彼が男でも女でも。Jean-LucはJean-Lucなの。」


Edithの手に重ねられた女友達の手が、また強く握られた。私は出てこない言葉に戸惑う隙もなく、彼女の毅然とした強さに打たれていた。そして夫がゲイであるためにレストランの主人に詫びる彼女の心の内を思った。


「デザートはオランジュ・ジブレにするわ。」


女友達の注文にEdithも頷いて、私は退散を促された。すごすごと厨房に向かって歩みを始めたが、彼女の言葉はまだ私の中で響き渡っていた。他にない迫力の重低音で。



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