表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/38

14

夢中に話す彼の、お洒落な無精髭に浸食されていない頬を、私は凝視してしまう。


「そうね、料理がお酒によって、もっと美味しくなったり、逆もあるし、相乗効果もあるわね。」


慌てて返事をし、私たちは料理の話から彼の旅の話に移っていった。


「ヨーロッパの国はほぼ回ったけど、アジアには一度も行ったことがないんだ。日本はどんなところ?日本料理を食べてみたいんだよなぁ。フランスで日本食レストランに行ってみたけど、本物なのかわからないし。」

「ヨーロッパで本物の日本料理が食べられるお店は、本当に少ないわよ。」

「そうだよなぁ、やっぱり、いつか日本に行ってみたいよ。」

「行けるわよ、いつか。まだまだ若いんだから、いろんなところに行って、いろんな経験しなきゃ。」


経験豊かな老女は、すべてを知っているかのように若い男に助言する。


運ばれてきた大きな平皿には、ムール貝、ミル貝、ホタテ、何種類かの貝がトマト、セロリ、イタリアンパセリと混じり合って、盛られている。Ramonの言う通り、格別の美味しさだ。芳醇な貝の風味が、スパイスか何かでより一層深みを増している。


「なんだろう、このスパイス。」


Ramonも私と同じことを考えていた。


「そう、私も考えていたの。なんだろう、貝とすごく合っているわよね。」

「何度食べてもわからないんだ。」

「シェフに聞けばいいんじゃない?」

「レシピは教えてくれないよ。それに自分で見つけたいんだ。」


負けず嫌いの子供に私は微笑む。ふと、ある味を思い出した。


「紹興酒じゃない?」

「何それ?お酒?」

「えぇ、中国のお酒で、長年寝かせて熟成させると、味がどんどん変わるのよ。きっと紹興酒だと思う。」

「すごいな、よくわかったね。でも正解かはわからないけどね。」

「ははは、絶対正解よ!」


負けず嫌いの私はそう言い切って、笑った。楽しい。彼といることが心地よく、ここにいたいと思う。私が私でいる。


「よくある貝料理とちょっと違うでしょ?」


自分で作ったかのように得意げにRamonが言う。


「ほんと、美味しいわ。」


私の手は次々に貝を口に運んでいた。


「Annaは何でフランスに来たの?何でこんなところでレストランを?」

「う~んと、長い話よ。長~く生きているからね。」

「話したくないことなら、聞かないよ。過去なんてどうでもいいことだから。」

「話したくないわけじゃないわ。・・・日本で付き合っていた人が、イタリアに帰る時に一緒に来たの。彼は父親のレストランを継ぐためにフランスに引っ越して、その時に別れたんだけど、病気で死んじゃった。私は彼のお母さんにずっとお世話になっていて、そのお母さんの頼みでレストランを手伝うことになったの。」

「・・・その人のこと、まだ想っているの?」

「えっ、・・・もう死んじゃった人よ。」


不意の質問に、私は頭の中で自問自答していた。Giorgioは今でも私の中のどこかで生きている。愛している。触れることはできないけれど、心を温めてくれる。


「あっもう行かないと開店の時間に間に合わないわ。」


残りの白ワインを一口で飲み干して、私はグラスを空にした。Ramonは、ウェイターを呼んで会計を済ませようとする。


「私が払うわ。これも仕事の一環だからね。」

「いや、今日は仕事にしないで、僕が払うから。」


彼は手際よくカードを出して、あっという間に支払いを済ませてしまった。


「ありがとう。ご馳走様。今度は私が驕るから。」


今度があるのか、口をついて出た言葉を信じたかった。


Ramonは静かに微笑んで立ち上がり、私の腰に手を当てて私を出口に促す。彼はヘルメットを手渡してくれると、私たちはそれから一言も話さずに仕事に戻った。


昨日までのように、体を動かす。私もRamonも昨日と同じように働く。そして私は昨日までとは違う二人の視線の交差に気づいていた。おそらく彼も。お互いの意識の変化が、私に彼との距離を繋ぐ同調に気づかせる。


もう昨日には戻れない。目が合う度に作られる微笑みは意味を持つ。彼のレールに私が乗ったのか、私の狭い空間に彼が滑り込んだのか、大きな破壊が起こらなければ、分かたれる時がこないような予感がする。私は受け入れもせず、拒みもせず、流れを見ているだけにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ