13
「おはよう!」
珈琲片手に請求書の数字をパソコンに入力している私に、Ramonが勢いよく声をかけてきた。
「開いていたから入ってきちゃった。よかったですか?」
「おはよう、いいのよ、来ると思って開けておいたから。」
私はパソコンの手を止めて、眼鏡を外す。老眼であることを知られたくない気持ちと珈琲を片付ける。そんなことを気にも留めず、Ramonは急かす。
「行きましょう。開店に間に合わなくなるといけないから。」
「そうね。」
「外で待ってます。」
Ramonは風を巻き込みながら出て行った。私は戸締りをして、彼の後を追う。ピンクの麻のシャツに白いデニム。これくらいの普段着がちょうどいい。玄関ドアの鍵を掛け振り返ると、庭の先に開け放たれた外壁のドアから、彼がバイクにまたがっているのが見える。外壁のドアの鍵を掛け、私は少し驚いたような顔を作って見せた。
「バイクなの?バイクで行くの?」
「歩いたら遠いから。」
「そうだけど・・・」
私は車もなく、渋々Ramonからヘルメットを受け取り、バイクの後ろに乗った。
「怖い?」
「いいえ、予想していなかっただけ。」
引き締まっているけれど、厚みのある筋肉に覆われた彼の肩に捕まってみた。
「ここを持って。」
Ramonが私の手を握って自分の腰にあてがう。十代のように軽い自分の心に戸惑う。発進するバイクの反動に慌ててRamonにしがみつく。彼の背中に、柔らかい二つの乳房が押し付けられる。若い恥じらいなどもうない。
海岸沿いを、心地よい風に紛れて、私たちも流れて行く。もう夏は帰って行きそうだ。冬が足元に近づいている。海面が太陽の日差しでてらてらと白く輝いている。心が風にとろけて喜んでいるのを拒まない。
Ramonの髪か首筋から石鹸の匂いがする。香水だろうか。バイクの音で何も聞こえない。風と光と香りだけを感じていると、バイクが止まった。もっと走っていたかった。
「ここだよ。」
「素敵なお店ね。」
脱いだヘルメットをRamonに渡しながら、店の全容を眺める。砂浜に突き出すように作られたテラスには、30席くらいあるだろうか、テーブルが密集して客たちがひしめき合っている。ドアもなく、テラスには砂浜から階段で上がれる。高級店というより、カジュアルな観光客向けのレストランだ。Ramonが店に入り店員に席を頼んでいる。
「奥の席だけど、いいですよね?」
小走りに私のほうにやって来て、尋ねる。
「えぇ、構わないわ。」
Ramonは微笑んでそそくさと私の前を進んでいく。
「何にする?」
「お任せするわ。あなたのお薦めのお店なんだから。」
彼はにっこりと子供のような顔で、注文を取りに来たウェイターにいろいろ頼んでいる。
「白でいい?」
「えぇ。」
「貝だから白がいいと思う。」
Ramonはてきぱきと食事と飲み物を注文し、私の方に向き直る。私は二人だけの席で何を話したらいいのか、少しばかり緊張している自分を新しく感じた。
「お酒は大丈夫?」
子供に聞くようにRamonが私に優しく尋ねる。
「大丈夫よ。結構強いのよ。」
「よかった。僕も好きなんだ。料理に何を合わせるかって考えるのも好きだし、料理を作る時に、お酒に合わせる料理を考えたりもする。料理とは切っても切れないよ。」