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Yvonneの家に続く坂道を、照り付ける太陽から逃れることもできず上がって行った。Ramonと並んで歩きながら、私は彼の言葉の続きが聞きたいと一心に思っていた。
「何があって、そんな風に考えるようになったの?」
「そんな風にって?」
「人生を眺める側に立っているってこと。」
「・・・僕は悪い奴だったから、喧嘩して警察に捕まったこともあるし・・今とは別人のようでしたよ。でもこのままじゃダメだって思うようになって。」
誰にでも恩寵は与えられるのだろうか。きっと人間は恩寵を包含して生まれてくるのだが、すべての人が気づくわけではないのだろうと私は思った。彼はそれに気づいた、もしくは気づくこと自体が恩寵なのかもしれない。
「それで料理人を目指すことにしたの?」
「いえ、その前から料理の勉強はしていましたが、本気で修行して一人前のシェフを目指すようになりました。」
「そう・・」
私に向かって微笑む穏やかな顔からは、怒りを抱き喧嘩をする彼は全く想像できない。Yvonneの家までは歩いて二十分足らずだが、私たちの会話は、時間の進みとは無関係に奥深く広がっていった。いくら話しても足りることはなく、すぐにミラベルの木々が見え出したように思えた。
「ここがYvonneの家で、紹介してくれたのは向こうの家よ。」
私は心を遮るように二人の会話を遮って地に降りた。ドアをノックするとYvonneがいつもの優しい笑顔で現れた。
「Annaいらっしゃい。待ってたよ。」
「ありがとう。こちらがRamon。今日からうちの店で働いてくれるの。」
「初めまして。家を探していて、早速伺いました。」
Ramonは、しっかりとした口調で手を差し伸べ挨拶をする。彼がこの社会にうまく順応している社交的な様子を、私は予想外に受け取った。母親のように少し誇らしげにも感じた。
「ようこそ。小さいけど、一人なら十分だと思うよ。」
Yvonneは左手に鍵の束を持って、家に向かって歩き出した。
一階の中央に玄関が設えてあり、玄関の上の小さな庇が斜めに突き出している。その両脇には観音開きの木の扉のついた窓が、左右対称に備わっている。Yvonneは鍵を開けると中に入れてくれた。室内は外壁と同じように白い壁に床や天井、柱に、木材が暖かい雰囲気を作り出している。しばらく人が住んでいなかったようで、閉め切った空気に木や土や埃の混じった固まった匂いがした。
「前の人が引っ越して数か月は誰も住んでないから、ちょっと掃除したほうがいいけど、それほど汚くないだろう?」
「えぇ、大丈夫です。本当にいいんですか?」
Ramonは確かに気に入っているようだった。
「いいよ。誰も住んでないんだから。」
「よかった。じゃあ、決まりでいい?」
Ramonはその晩から荷物を運んで、その家に落ち着くことになった。