15. 来客の知らせ
今回はうまく話を分割できずに、個人的にはほぼ2話分の分量で少々長めです。
情報、てんこ盛りです。
昼食後にグスタフが執務を再開して間もなく、レオンから一通の封書が届いた。商会の見習いが急ぎだと言って届けに来たのだという。そのまま帰ったというから、返事は必要ないが、急ぎ知らせたいことができたということのようだ。
レオンは普段からよくグスタフに手紙を送ってくれていた。モリンベル家お抱え商会の会長として仕事に関わることだけでなく、自分が知りえた情報の中からグスタフに役に立ちそうな、また知っておくべき事柄などをこまめにしたためてくれるのだ。特に王都にいる間は、小耳に挟んだうわさ話や貴族のちょっとした動向など些細な内容であっても知らせてくれるので、王都で過ごしていることに意義を見いだしている貴族から「王都(の事情に)に疎い領地(田舎)貴族」と揶揄われるのを避けられていた。
返事が必要ないのであれば、特に対応するほどのことでもない些細なことなのだろう。もしかしたら、料理店に関連して何かあったのかもしれないが、急ぎ対応が必要ないのであればトラブルの類ではないはずだ。そう思いつつ、何の気なしに封を切って中の手紙を読んだグスタフは、思わず目を見開き声が出た。
「うげぇっ!」
封書を取り次いで、内容によっては何かを指示されることもあるかとその場に待機していたケルナーは、常ならぬ主の様子によほどのことがあったかと心配になって、一歩前に踏み出した。
「旦那様? なにか……」
「あ、いや。すまん」
片手を上げてケルナーを制したグスタフは、ため息をついて、頭から手紙を読み直した。
『料理店のことがノルデン翁に知られました。今宵、翁と一緒に伺います。
また、新たに雇っていただきたい料理人がいます。レティシア様にもご同席いただきたくお願い申し上げます』
王都には、いくつかの酒卸の商会がある。多くの料理店や食堂、居酒屋などが酒を仕入れるのは近くの酒屋からだが、それらの酒屋を束ね、国中、ときには国外からも酒を仕入れて流通させているのが酒卸の商会である。その中でもノルデン商会は大きな部類に入る。ライマー・ノルデン翁は、そのノルデン商会の前会長であり、グスタフやレオンたちが王立学院時代に知己を得た王都の有力者であった。
元々、料理店を開くからにはノルデン翁に挨拶をして酒の仕入れで協力を仰ぐ予定であった。だがそれは、もう少し先、開店場所や料理内容を含めてもう少し店のカタチが明確になってからで、自信を持って計画を披露し、仕入れ先を紹介してもらうためにこちらからノルデン翁を訪ねるつもりだったのだ。ノルデン翁に認められることが、王都の飲食業での成功のカギになる。かつての知り合いだからと甘えるつもりはなかった。
だからノルデン翁に会うのは、今宵ではなかったはずなのだ。しかもノルデン翁から訪ねられるとは……。
それに、新しい料理人? ノルデン翁の紹介だろうか……。
しばらく悩んだグスタフは、レティシアを呼ぶようケルナーに伝えた。
その頃、レティシアは唸っていた。
王都に行くとなった際、レティシアには、ヘルミーネと家庭教師のアバッツ氏からその間の勉強が中断してしまう代わりに王都にいる間にこなすよう課題が与えられた。
今年、一緒に王立学院に入学する貴族家の領地について、その特徴や主要産業とともに、グランツ王国の歴史の中で各家がどんな役割を果たしたかをまとめるというものだ。
「レティシア様は、王立学院で学ぶ分の歴史はすでに一通り習得なさっておられますが、もう一歩進んで、王国の歴史を別の角度から見てみることも意義のあることですぞ」
アッバス氏は、好々爺の顔をして言った。
「知識は武器なの。他の人と同様のことを知っているだけじゃダメなのよ。いろいろな知識は関連付けられてこそ力になるの」
ヘルミーネは、真剣な目で訴えてきた。
「もぅ! 普通の貴族令嬢にそこまでの知識が必要なわけないじゃない! お母様ってば、私に一体何と戦えっていうのよぉ……」
ヘルミーネの言うことが無茶ぶりだと承知して文句を言いつつも、貴族年鑑や地図、歴史本と首っ引きで四苦八苦していたのだった。
そこにケルナーが呼びに来たので、これ幸いと、グスタフの元から戻っても今日はもうおしまいにするという決意を込めて。デスクの上をきれいに片づけた。
「夕食に客が来ることになった。レオンが連れてくる」
レティシアを執務室に呼び出したグスタフは、組んだ指で口元を隠してどこか不安げな目でそう言った。
「お客様? レオンおじ様のお知り合いの方?」
「いや、俺たちの知り合い、というか、学院時代にフェリクスと俺とレオンが世話になった昔馴染みというか……」
「とう様も⁈」
フェリクス・モリンベル。先代のモリンベル子爵であり、グスタフの兄であり、レティシアの実の父親でもあった。7年前の災害で妻のヴァーレリーと共に命を落とした後、遺された一人娘のレティシアは、祖父母の先々代子爵夫妻に引き取られていたのだが、グスタフがヘルミーネと結婚したのを機に正式に当代子爵家の長女として迎えられていた。
グスタフとしては、レティシアが叔父として生まれたときから可愛がってきた自分より、元は他人である妻のヘルミーネに懐いていることにどこか納得がいかないところもあった。だが、両親を亡くして茫然自失だったレティシアが屈託なく笑えるようになったのはヘルミーネの細やかな気遣いがあったからこそとわかっているので、子どもに甘い父親としての存在に甘んじていたのだった。
レティシアは、いつの間にか実の両親を幼少時と同様にとう様、かあ様と呼び、自分たちのことをお父様、お母様と呼ぶようになったが、目を輝かせて喜色を浮かべるレティシアに、領地の立て直しに忙しくしていて実の両親のことについてあまり話してやれていなかったことに、いまさらながらグスタフは気が付いた。そう思えば、恨めしく思っていた今宵やってくる客人のことも、フェリクスたちのことをレティシアに話すいいきっかけになるのかもしれない。
「あぁ、まぁ、そうだな。久しぶりに会うんだが、いつも通りのウチの食事を用意して同席してくれ」
グスタフは、先ほどの不安を打ち消して、朗らかに言った。
「⁈」
それを聞いたレティシアは、目を瞠って合わせた両手を唇に持っていった。
通常、貴族家の食事では普段でも子どもは同席しない。大人は大人、子どもは子どもで食事をするのだ。後継ぎの嫡男はその限りではないが、子どもはナニーやメイド、侍女などが介添えして子ども部屋で食事をする慣習があった。
しかし、モリンベル家では、レティシアが一人で食事をすることをヘルミーネが善しとせず、「食事は家族そろって」が当たり前であった。クリストフも離乳食が始まる頃から朝食と昼食はナニーの介添えの下で同じテーブルについた。夕食は、仕事が忙しい両親の都合がつかなければ先に子どもたちだけで済ませることはあったが、場所は食堂であった。
レオンや親しい者を招いた際には子どもたちが同席する“モリンベル流”だが、それ以外の場合は、“大人の邪魔にならないよう”レティシアとクリストフはクリストフの部屋で食事をすることになっていた。自分たちだけでおしゃべりしながらする食事は、2人にとって“たまのお楽しみ”であったが、モリンベル夫妻にとっては非常に迷惑なことであった。モリンベル家の料理を広く知られたくないグスタフは、親しくはない大人だけの食事の際に「ウチらしい料理は出すな。最低限のレベルでいい」と言うので、いつも通りに子供たちの食事を用意する傍ら、そうした大人用の食事を別に用意しなければならないロッコもジークも逆の方向に苦労していた。また、グスタフの言うことに理解を示しつつもそんな食事に不満だったヘルミーネは、ホストとして出した料理を完食しなければならないグスタフと違って食事にあまり手を付けなかった。そのため、一部の間には「小食のモリンベル夫人は貴族夫人らしい嗜みがある」という評価が定着していた。他家で出される食事にもそうであったから、疑う者はいなかったが、家族や親しい者たちにとって、ヘルミーネはグスタフと同様の肉好きで健啖家である。そうした気に沿わない食事会の後には、子どもたちと同じメニューで1人前の食事を平らげていたのだった。
さて、レティシアは「客が来る」と言ったときのグスタフの様子から、招かれざる客が来るので夕食は別々の知らせかと思った。だが、それが旧知の人物で、実の父とも親しかったという。とはいえ、大人の男たちが旧交を温めるのであれば、子どもの自分は邪魔になるだろう。父の話を聞いてみたかったが、挨拶だけして1人で食事するのかと考えていたら、食事に同席していいと言われたのだ。
(学院生の頃のとう様やお父様たちの話が聞けるかもしれない!)
レティシアは一気に舞い上がった。
「それに、レオンが雇ってほしい料理人がいるそうだ。たぶん、その話が出る」
「えっ?」
レティシアの思考が停止した。
何を考えているのかわからない呆然と見開いた目で、じっとグスタフを見つめた。
(しまった! いきなり情報量が多すぎたか……)
グスタフは客が来るから料理を差配して食事に同席してくれと伝えるだけのつもりだったので、自分はデスクに付いたまま、レティシアをデスクの前に立たせていた。そこでグスタフは立ち上がってデスクを回り、レティシアの肩に手をかけてそっとソファに促した。
「レティシア、掛けなさい」
レティシアは操り人形のように促されるままにソファに腰を下ろした。
それを確かめて、グスタフは自分も向かいのソファに座った。
「レティシア、レオンが昔の知り合いを連れて夕食に来るから、ウチらしい料理でもてなしてほしい。それと、食事の時にレオンから新しい料理人の話があると思うので、一緒に聞いてほしい。分かるか?」
グスタフがレティシアの目を見てゆっくりと話すと、レティシアはようやく何度か瞬きをした後、コクコクと頷いた。
そしてその目に徐々に興奮の色を浮かべると、はしゃぎ始めた。
「まぁ! まぁ、まぁ、まぁ‼ なんてこと。大変だわ!」
来客のもてなしは、その家の女主人の仕事である。ヘルミーネが同行していない現状、タウンハウスの女主人に当たるのは自分になるので、レティシアはホステスとして初めて客をもてなすことになる。しかも、父親たちの若い頃を知る人物である。会話の流れ次第で昔話をたくさん聞くことができるかもしれない。その上、その場で新しい料理人の話が出るということは、料理店についても協力してくれるということなのだろう。料理店についていろいろ思うところがあったレティシアは、グスタフやレオン以外の意見を聞けるかもしれないことに狂喜したのだ。
(料理人のことは、新しく開く料理店の問題の中では小さいほうだけど、何か一つでも解決できれば先が開けるかもしれないし、お父様たち以外でウチの計画に好意的な方の意見を聞きたかった! じゃなきゃ、きっと問題山積みで反対されるに違いないもの!)
「それで、お客様はどんな方なの? とう様やレオンおじ様の同級生? それともお父様の?」
レティシアは胸の前で両手を組んで嬉々としてグスタフに尋ねた。もてなすからには、相手のことを知らなければならない。「世話になった」「昔馴染み」という言葉から、学院生活を共に送った仲間を想像した。初めてレオンと会ったときに実の父親と同級生だったことを聞いていたので、フェリクスかグスタフのどちらかの同級生かと思ったのだ。
「いや、王都にある酒卸商のノルデン商会の元会長だ。学院時代、いろいろ酒を教わったよ」
「まぁ。じゃあ、お父様たちよりずっと年上の方ね」
「商売柄、上手い酒も料理も飽きるほど飲み食いしてきただろうが、ウチの料理で驚かせてやってくれ」
「そうねぇ……。ねぇ、その方とのお付き合いの中で、何か食べ物に関係した思い出はない? 急なことだからどこまでできるかわからないけれど、思い出にまつわる素材を使った料理なら旧交を温めるきっかけくらいになると思うの」
「そうだなぁ……。食べ物ねぇ……」
自分たちがまだ若く、向こう見ずな頃に知り合った大人である。頭が上がらないようなことは数限りなくあったが、そこに食べ物に関わるものがあっただろうか。
グスタフが腕を組んで、ノルデン翁と酒を飲んだときのことをあれこれ思い出してみると、ふと浮かび上がってきた出来事があった。
「そういえば、昔、とても人が口に入れるものとは思えない臭いがする干物を食べさせられた覚えがある……」
「えっ? なに、それ?」
「確か、遠い東の方にある国の郷土料理とか言っていたな。後にも先にも、あんな悪臭がする食べ物は見たことも聞いたこともない」
グスタフは当時を思い出してか、嫌そうな顔で肩をすくめた。
「えー、そんなの、急には手に入らないし、今から調べても間に合わないじゃない。何か他には?」
「無理を言うな。今日来るというのも、さっきレオンから連絡があったばかりなんだから。それに俺には俺で、長年会っていない親父さんに会う心の準備が必要なんだ。後は任せた。よろしく頼むよ」
半ば投げやりに言うグスタフに、レティシアは素直に従うことにした。グスタフはグスタフで、突然のことに戸惑っていることを理解したのだ。
「はぁい。わかりました。後は、料理に合わせるお酒は……。お酒?」
レティシアの言葉が突然途切れた。グスタフが気付くと、遠くを見るような、焦点が合っていない目でレティシアが固まっていた。
(まずい!)
レティシアが自分の思考に没頭して突拍子もないことを思い付くときの前兆だった。
「レティシア! 落ち着け!」
そう叫んで、レティシアの目の前でパンっと手を打った。
「へっ? え、あれ? なに?」
我に返ったレティシアに、グスタフはほっと息をついた。
「料理に合わせる酒は、ケルナーに任せろ。適当なところを選んでくれるはずだ」
「あ、はい……。じゃぁ、この後はエルマンとケルナーと相談してくるわね」
そう言って、思考を中断させられたことを微塵も気にせず、足取りも軽く執務室を出ていくレティシアを見送ったグスタフは、大きく息を吐いて頭を抱えた。
「一体、今度は何を考えていた? ヘルミーネもいないここで暴走されたらどうしたものか……」




