ストレンジな家族
夕方の6時頃。
俺は鍵を捻り、玄関の扉を開けた。
「ただいま」
「今日はえらい遅かったんやな勝己」
そう言いながら荷物を取ってくれる拓己。
「ありがと。笠羽先生に怒られてたんよ」
俺のクラスの担任兼数学担当の教員、Mr.笠羽はうちの学校で鬼教師として名を馳せる大物だ。
「いやあ。そりゃまた災難にあってぇ。」
「......その喋り方何」
元々こいつは関西弁訛りが強い方ではあるが今日はなんかおっちゃんみたいだ。
「久々に志保のおっちゃんとこ行ってきてさぁ。こーゆう感じの喋り方がモテるーゆうて」
「..........普通にキモイからやめて」
「ンナッ!ガーン....」
俺は階段を上り、自分の部屋に行った。
「そういや兄ちゃん。母さんは?」
「まだ帰ってないでー。スーパーでも寄っとんちゃう」
実は今日、笠羽先生の鬼説教が終わる時に勇気を出して入部届けを貰ってきたのだ。
...................ちなみに陸上の顧問は笠羽先生だ。
...........。
さて、母さんが帰ってきたら相談するつもりだがいつ頃になるかな。
「ガチャリ」
家の玄関が音を立てる。
おっと。案外早かったな。
「おかえりー」
俺は部屋を出て、玄関に向かった。
「あ、勝己。ちょっとこれ運ぶの手伝って。」
そこには両手いっぱいにビニール袋を抱えた母さんと父さんがいた。
「いやぁ聞いてよ。母さんがまたあれ買いたいこれ買いたいってわがまま言うからさ。」
「ちょっと待ってよ。最後のコーラ2Lはお父さんでしょ?」
「いやいや、それだけだよね?それに比べて母さんは」
「他にもなんかあるわよ。.........多分。」
この人らの会話は毎回こんなだ。
「わかったから、運ぶよ。」
『はーい』
ふと手に持った3つのビニール袋の中を覗いてみる。
豚バラと野菜などなど。.......あ。
「味噌ある?」
「買ってきたよお。」
そういえば七味もまだ余ってたっけ。
よし。今日は豚汁が作れそうだ。
......え?なに?お前が飯作ってんのって?
決してそんなことはない。
まあなんていうか、この家は少し変なとこが多い。それだけだ。
1週間交代で家事の役割分担をしている家とか普通見ない.........。俺は今週台所全般。.....料理や皿洗い等だ。
「今日は豚汁にしまーす」
「よっしゃ!」
鍋に野菜を入れて1分炒める。芋は山芋と迷ったが、じゃがいもにした。
そこに豚肉を入れていき、全体を2分かけてじっくり炒める。そこまで来たら、だし汁を入れ、沸騰させる。そしてあく取りをする。
味噌を少しだけ溶き入れ、もう2、3分煮込む。
前知ったんだが、豚汁は味噌を2回に分けて溶き入れると良いそうだ。
......うん。しっかり火が通っているな。
そこに最後の味噌を入れる。
これで、完成。
「兄ちゃんちょっと味見してみて。」
「おう。.......うま!やっぱ勝己は料理上手いんやね」
よし。あとは盛り付けて、空き時間で作った春雨サラダとちょうど今炊けたご飯を盛れば.........
「うおぉぉ!美味そう!………勝己の方が母さんしてるかもな。」
「確かに…………私より女子力高いかも……」
「はい。そういうのいいから…。」
俺は溜息をつきながら席に座った。
『いただきます』
俺が最初に手をつけたのは自分で調理した豚汁。
ん。我ながら美味しくできたと思います。
「父さん。そういえば今日、志保のおっちゃんとこいってさあ」
また言っとる。
「ほんと!大丈夫だった?あの人いつも変なこと吹き込んでくるからな」
うん。しっかり吹き込まれてたな。
「確かに今日も。思春期なんだからモテる喋りかってのをよぉとか言って……………そういや勝己……」
「え?」
なんか嫌な予感がする。
「ちょ、拓己やめ───」
「勝己に彼女がでっ!んんっ!!あふい!」
俺は咄嗟に拓己の口にめいっぱいじゃがいもを詰め込む。
「えホンマ!?」
「うそやん!?」
ああもーめんどくさい事しやがる。
「違うから。マジで。」
「でも友達ではあるんでしょ?」
母さんがニヤニヤしながら言う。
「んー………友達っていうか…………そう……なのかな?」
よく考えてみればほんとに分からない。たまたまあの夜会っただけだ。それだけなのに最近つるんでくれるのは一体なんなんだろう。
「そういや兄ちゃんその子知らねーんだよな。名前なんていうの。」
「嫌だよ。兄ちゃんに教えたら学校中探し回って教室にカチコむだろ。」
というか俺の場所を錦戸さんに聞かれたなら大体想像つかないか?
俺はとりあえず空気を変えるため、別の話題を探す。
なにかないか..........................あ。
「あのぉ急なんだけど........」
「なんだよぉ。僕たちは勝己に友達が出来て嬉しいんだって。」
父さん。うるせぇ。まるで俺にずっと友達がいなかったみたいじゃないか。
「ええとね。俺、部活入ることにしたんだ!」
「……えっ」
緊張した空気が流れる。母さんも父さんと拓己も手を止めて驚いた顔で止まっている。
一体どうしたんだ……。そんな反応されるとちょっと億劫になってくる……。
「そ、そう。それで……どこに入るの…?」
母さんがいつもよりゆっくり喋る。
俺は息をのんだ。……後に引いてしまいそうになってる自分の気持ちを無理やり押し込んだ。
「ええっと、............陸....上部に.....…………え...なに」
みんな目を丸くして固まった。
「そ、…そんな意…外だった?…………で、でも!俺…なんかわからんけど……入って、…頑張ってみたいって思って─────」
「ふふ!」
母さんが微笑むと父さんと拓己も一気に笑い始める。
「な、なんだよ…何も笑わなくても…」
「いや、そうじゃなくて…いやぁすごい偶然…………もしかすると偶然じゃないのかも。」
「そうやね!いつもあんな走りたがってんのにね。そりゃそうやんね。」
「まあ、いつか言い出すとは思ってたけど、アハハ!なんか感慨深いな。」
俺は一人困惑していた。
「え、えっと……何の…話をしてらっしゃる…のですか?」
「え?ああ…えっとね……そのぉ子供の時の!勝己がちっちゃい時の話だよ!」
父さんが怪しい。
俺は子供の時の事をあまり覚えていない。たぶん……物心つくのが遅かったんだと思う。
「うん!うれしいよ勝己。がんばれ!」
母さんが優しい笑顔で言う。ま、まあ、よかった…俺はてっきり否定されるのかと思っていたから…。
「はっ…………そうするともしかして彼女ってあ……」
「ん?兄ちゃんどした?」
「い、…いやあ何でも…ない……で?」
怪しい。なんなんや…奥歯に物が挟まったような言い方やな。
……………………………まあ、今日もうちはこんな感じです。
「早く食べんと俺が丹精込めて作った豚汁が冷めちゃうよー」
「あ、せや。」
「ちょっと待って、僕お替りほしい。」
「私が先よ!もらった!」
「ああちょっとぉ!」
ちょ、落ち着け落ち着け!
ああもうやっぱこの家族変や!