白雪姫③
私は支度をしてから病院へ向かった。
病院の前に彩さんが立っていた。
私「すみません。遅くなって…」
彩「いいえ。まだ、待ち合わせの十分前なので大丈夫ですよ」
彩「じゃあ、行きましょうか」
私「はい」
鈴香さんのいる病室に向かった。
鈴香「はい、これ…」
私「あっ…」
鈴香さんから絵本を受け取った。
鈴香「必要なんでしょ…」
私「はい。ありがとうございます…」
「コンコンコンッ」
鈴香さんが部屋をノックする。
彩「お母さん…入るよー」
私「失礼します…」
鈴香さんはベッドの上で上半身を起こして座っていた。
彩「お母さん…」
鈴香「え?私?…」
鈴香「あの…すみませんが…どちら様?」
彩「彩だよ…」
鈴香「彩は…確かに私の娘ですが…」
鈴香「お嬢さんのようにこんなに大きくは…」
彩「そうですか…」
彩「今日も…か…」
彩「すみません…私の人違いでした…」
彩「私、鈴香さんのサポート役としてデイサービスから派遣された者です…」
彩「今日は鈴香さんに紹介したい人がいるので紹介させて頂きますね」
彩「こちら、篠崎朱音さん」
私(彩さんの目が赤い…我慢しているんだ…)
鈴香「あらそう…こんにちは…」
私「こんにちは…」
彩「少し席を離すね…」
私「彩さん…」
彩さんは涙を流しながら、病室を出た。
私「初めまして」
鈴香「初めまして」
鈴香さんはにこやかに挨拶した。
私「私、この絵本について鈴香さんにお話を聞きたくて…」
鈴香「それは?…」
私「ご存知…ないですか?…」
私は絵本をそっとベッドの上に置いた。
鈴香さんはそれを手に取り、ページを捲った。
鈴香「これ絵本というけれど…絵がないじゃない…」
私「そうなんです…」
私「初めて見る感じですかね?…」
鈴香「そうね…」
鈴香「私、最近物忘れが酷くて…もしかしたら知っていたのかも知らないけれど…」
鈴香「六歳の娘がいて、娘なら何か知っているかもしれないわ…」
私「そうですか…」
鈴香「ごめんなさいね…」
鈴香さんはそう言って絵本を私に手渡した。
私が絵本を受け取ろうとした瞬間、鈴香さんは大きく目を見開いた。
「…」
鈴香「マリー…」
鈴香「ロウウェル…」
鈴香「私の大切なお友だち…」
私「えっ…」
鈴香「…」
鈴香「…思い出した…」
鈴香「そう…これはもともと絵本だった…」
鈴香「何でこんなことも忘れてたの…」
鈴香さんはそう言って頭を抱えた。
彩さんが病室に入って来た。
彩「失礼しますね…」
鈴香さんは彩さんの方をばっと向いた。
鈴香「…彩…彩なのよね?」
彩「…嘘…何…」
彩「今…私のこと…彩って…」
鈴香「彩…」
彩「お母さん…お母さんっ!」
彩さんはそう言って鈴香さんを抱きしめた。
彩「お母さんっ!お母さんっ!」
彩「ぅうっ…うぅー…」
鈴香「どうしたのよ…幼い子みたいに…」
彩「だって…だって、お母さん…ぅうっ…うぅー…」
鈴香「はいはい…」
私(彩さんのこと思い出せたんだ…よかった…)
私(いいな…お母さん…か…)
鈴香「不思議ね…。この本に触ってから急に昔の記憶が蘇ってきたの…」
鈴香「この絵本には私の忘れられない体験があるからかしら…」
私「思い出されてよかったです…」
鈴香「ええ…。ありがとう…まさか、私、自分の娘のことも忘れるなんて…」
鈴香「歳をとると嫌ね…」
私「あの…すみません…私、聞きたいことがあって…」
鈴香「ええ…何でも言ってちょうだい…」
私「鈴香さんは、『迷える少女の会』のメンバーですよね?」
鈴香「ええ。そうよ…」
鈴香「その件でいらしたのね?」
私「はい」
鈴香「エリは元気?」
私「エリ?」
鈴香「あれ?ご存知でないの?有栖川エリよ」
私「あっ有栖川さんですか…」
私(有栖川さんの名前はエリだったんだ)
私「お元気にされていますよ」
鈴香「あらそう…よかった…」
私「あの…鈴香さんにお願いがありまして…」
私「私の絵本も皆さんと同じように白紙のままで…」
私はジャックの絵本を鈴香さんに見せた。
私「私はもう一度この絵本を彩らせたいんです…」
私「そのためには鈴香さんが冒険した絵本の中の記憶が必要で…」
私「お願いです!その冒険した記憶分けてもらえないでしょうか!」
私「どうかお願いします!」
私は頭を下げて頼み込んだ。
鈴香「いいわよ…」
鈴香さんはそう言って私の手を握りしめた。
鈴香「私にできることならば…なんでも」
私「ありがとうございます」
私は砂時計をカバンから取り出した。
私「鈴香さん…これの砂時計を見つめてください」
鈴香「こうかしら…」
私「はい」
私「そして、白雪姫との思い出を思い返して下さい」
鈴香「マリーのことね…」
そう言って鈴香さんは砂時計をじっと見つめた。
すると、砂時計の砂は茶色から白く変わった。
私「ありがとうございます」
鈴香「これでいいの?」
私「はい!ありがとうございます」
鈴香「よかった…」
鈴香「あなたは私の記憶の中にあるあの世界をまた旅するのね…」
私「はい」
鈴香「そう。みんなによろしくね…」
鈴香「私はスノウってみんなに呼ばれていたの」
鈴香「肌が白いからって…」
私は砂時計を見ておかしなことに気が付いた。
私「あれ…砂が勢いよく下に落ちていく…」
私「何で…」
鈴香「それはおそらく、私の命がもう尽きそうだからかも…」
彩「お母さんそんなこと言わないでっ」
鈴香「彩…お母さんはね。いつまでも生きていられないのよ」
鈴香「生きるものはやがて終わりを迎えるもの…」
鈴香「ずっとあなたの側にはいてはあげられないのよ…」
彩「そんなっ…そんなの嫌よ…お母さんっ!」
鈴香「あなた…急いだ方がいいわ…」
私「はい…」
私は鈴香さんから絵本を受け取って床に置き、その場に新聞紙を敷いて砂時計を割り、その白い砂を絵本に撒きかけた。
すると、その絵本はペラペラとページが捲りあがり、絵本から白い閃光が放たれた。
私「行ってきます!」
鈴香「ええ…行ってらっしゃい…」
鈴香さんは彩さんの頭を優しく撫でながら、にこやかにそう言った。
私は片足から絵本に乗せた。
絵本に吸い込まれた。