番人
門の扉がゆっくりと開く。
ブラスバンドの音色が響き渡る。
黒いハット帽を被り、尖ったクチバシのようなカラスの仮面をつけたタキシード姿の男が中から現れた。
トランペットの高らかな音が二台の馬車の先導役を務め、トロンボーンが深く力強い音で周囲を満たす。
鼓動のようにリズムを刻むドラムが、骸馬の蹄の音と調和して響く。
馬車たちはゆっくりとカーペットの上を進む。
ブラスバンドの音が鳴り止み、突如として静寂が訪れた。
カーペット中央で一行は立ち止まった。
右目に眼帯を付けたオレンジ色の髪をしたタキシード姿の男が門から出てきた。
彼はハット帽を胸にあててお辞儀した。
?「突然のご無礼をお許し下さい...」
?「私は虚無の世界の番人をしている者です」
番人「失礼ながら名前は伏せさせていただきます」
番人「術者はあなた様でしょうか?」
私「...ええ」
番人「左様でございますか」
番人「あなた様のお名前は?」
私「グレーテです」
番人「グレーテ様の覚悟しかと受け取りましたよ」
番人「それで、お送りになるお方は?」
私「あの魔王...」
番人「承知いたしました」
番人「『ブラックパレード』についてはご理解いただけているということで?」
私「ええ」
私「私も送られるのでしょう...」
番人「はい...」
番人「それではこれから行わせていただきます...」
番人「クロウ達あの魔王を馬車へ」
カラス姿の男達は各々持ち合わせた楽器を床に置き、一斉に魔王の元へ向かう。
魔王「いやいや。勘弁してくれ...」
魔王「私はグレーテの要求を呑んだのだよ」
魔王「自分で入るよ」
番人「それはそれは我々として助かります...」
番人「送られる側は大抵の場合、駄々をこねて手がかかりますから...」
ネム「魔王様!私もご一緒に!」
マーシ「魔王様!」
メアリ「魔王様!」
店の店主「魔王様...まさかお忘れではないでしょうね?」
魔王「パロ...あいつらをどうにかしろ」
パロ「承知いたしました」
パロ「ですが、本当によろしいので?」
魔王「あぁ」
パロ「仰せのままに...」
パロ「リストレイン」
従者達は紫色の触手のようなもので拘束された。
マーシ「魔王様...何を!」
メアリ「魔王様!」
魔王「今までお疲れ様」
メアリ「え...」
魔王「だから、今までお疲れ様って...」
メアリ「へへっ...魔王様...何を仰っているのでしょうか?」
魔王「キミ達はもう用を済ませてくれた」
魔王「今日までありがとう」
魔王「これからはグレーテと二人きりで...」
メアリ「そんな...」
ネム「私はあなた様の為に忠誠を...」
マーシ「裏切ったな...魔王」
魔王「裏切る?フフッ...最初からそのつもりだったが...」
魔王「だって俺は魔王だろ?」
メアリ「許さない!」
メアリ「私たちとの約束は!」
魔王「黙らせろ」
パロ「ええ...」
パロ「仰せのままに」
ネム「魔王様...」
ネム「私は別に...」
ネム「ん...んー...」
従者達は口を触手のようなもので塞がれた。
魔王「さぁ、行こうかグレーテ」
魔王「僕ら二人きりの世界へ」
私「ええ...」
私 (改めて安心した。あなたを送ることへの私のためらいはもうない...)
私 (魔王...逆に私があなたをあっちの世界で諦めさせるわ)
私 (私が絶望しないってことでね)
魔王は前方の馬車へ、私は後方の馬車へそれぞれ乗り込んだ。
番人「グレーテ様これで本当によろしいので?」
番人「あちらの世界へ送られた魂は生まれ変わることはありません」
番人「永遠に...」
番人「こちらに関してもご理解いただけていますでしょうか?」
私「そう...それは初耳」
私 (そっか...)
私 (本当に一人ぼっちになっちゃうんだ...)
私 (でも...いいのよね?それで...)
私 (いいのよね?私...)
私 (欲を言えば、みんなと一緒にこの世界で平穏に暮らしたかった...)
私 (みんなと一緒に未来を歩みたかった...)
私 (今思うと、みんなと一緒に平穏に暮らせていた過去の自分が羨ましい...)
私 (あの時、私幸せだったんだ...)
私 (でも、ジャックの言う通りみんなは救えない...)
私 (だから、この世界だけはなんとしてでも残したい)
私 (ジャック...ミリアちゃん...バーバラさん...グリフォン...マリナちゃん...そして...お兄ちゃん)
私 (私の選択は正しくないって...みんなは言うかもしれない...)
私 (でもね。みんな...私は自分らしく恥じない自分でいたいの!)
私 (ごめんね。こんなわがままな私で...)
私「ええ...これでいいわ」
番人「扉を閉じればもう中からは開けることができませんが...」
私「ええ...お願い...」
番人「承知いたしました」
番人「それでは...」
私 (さようなら...みんな...)
私 (今度は温かい家庭に生まれて何不自由なく幸せに生きるんだよ)
私 (愛してる)
二つの馬車の扉が閉められた。