オズの魔法使い⑫企み
私(ダメだ…ここから逃げないと)
ドロシーが階段から降りて来た。
ドロシー「どうしたの?」
私「ここから逃げるよ」
ドロシー「えっ…」
私はドロシーの右手を掴んで外へと駆け出した。
私( あれ…)
違和感を覚えた。
私( 今はどうでもいい)
私(とにかくここから離れないと…)
辺りが粉のように散らばり始め、昇華するかように消え始めた。
私( まずい…)
ドロシーの手を引っ張り、向日葵畑にある出口へと向かった。
私(あれ…トトは?)
私「トトは?」
ドロシー「トト…」
ドロシーはまるで知らないかのように振り返るそぶりをしない。
私(何をすっとぼけているの…)
私(トトには申し訳ないけど、それどころじゃない…)
私「もっと早く走ってっ!」
ドロシーの手を引っ張りながら必死で走った。
絵本の形をした出口が見えてきた。
着いた時には、足元をすくわれるほどまでに辺りが消えていた。
右腕をを出口に向かって伸ばした。
すると、誰かが私の手を掴んだ。
そのまま私たちは引き上げられた。
私の手の先にいたのはメアリさんだった。
メアリ「なんだ。重いって思ったらもう一人いたのかい」
ネム「おかえりなさい」
陽葵「おかえり」
私( 間に合ったんだ…)
メアリ「おかえりっ!朱音っ!」
メアリさんはそう言って私の背中をトンっと叩いた。
メアリ「帰ってくると思っていたよ。」
私「ただいま…」
私( みんなの顔を見てとっても安心した…)
私( よかった)
メアリ「それで?この子は?」
私「あぁ…連れて来ちゃった…」
私「実はあっちの世界のヒロインのー…」
私「ドロシーさんです」
メアリ「えぇー!」
メアリ「本当にあんたって子は…」
私「いや、だってね。放っておく訳にはいかなかったの…」
陽葵「あなた誰…」
私「え…」
私「誰って…ドロシー…」
陽葵「違う…」
ドロシー「チッ…」
ドロシーが舌打ちをしたように聞こえた。
メアリ「うっ!」
突然、メアリさんが声を上げた。
私が振り返るとメアリさんはお腹を抑えていた。
腹部から血が滲み出していた。
私「メアリさんっ!」
私はメアリさんの肩を支えた。
ドロシーの右手には血のついたナイフが握られていた。
私「何て…何てことするのっ!」
陽葵「みんな彼女から離れてっ!」
陽葵「あなた誰…」
陽葵「誰なのよっ!」
陽葵「答えなさいっ!」
ドロシー「もう少し上手くいくと思ったんだけどなぁ…」
ドロシー「んー。でも、まぁいいやっ」
ドロシー「結局、この世界に来れたんだし…」
ドロシー「でも、なんで私がドロシーじゃないって分かったの?」
ドロシーは指をパチンっ!と鳴らした。
すると、ドロシーは姿を変えた。
それは、ローズさんだった。
陽葵「ドロシーはずっとトトと一緒」
陽葵「一緒じゃないなんておかしい…」
陽葵「そんなのドロシーじゃない」
ローズ「トトっ?何それ?」
ローズ「ん?あぁ…あの小汚い犬?」
ローズ「ふーん…だから気付いたって訳ね…」
ローズ「あっそうだ。ねぇ。喜んでくれた?」
ローズ「私のプレゼント…」
ローズ「ねぇ…どうだった?マリちゃん」
ローズ「フフッ…」
私「…」
ローズ「その様子じゃあ、あまり喜んでくれなかったみたいね…」
ローズ「残念…」
ローズ「まぁ、いいや。私には目的は別にあるの…」
ローズ「この世界でね」
ローズ「それじゃあ、失礼するわ」
私「待ってっ!」
私「なんでっ!なんでメアリさんを刺したの?」
ローズ「ん?」
ローズ「意味はないんだけれど…」
ローズ「刺したかったから刺した」
ローズ「それだけよ」
ローズ「だって、あの忌まわしい絵本からようやく抜け出せた訳ですから」
ローズ「誰でもよかったの…私にとって『祝杯…』みたいなものかしら」
私「酷い…」
私「…酷い…」
私「許さない…」
私「許さないっ!許さないっ!」
私「許さないんだからっ!」
私はローズに向かって殴りかかろうとした。
メアリ「ダメっ!」
私「えっ…」
メアリさんの言葉が私の動きを静止させた。
ローズ「わぁ、怖い怖い…」
ローズ「あっ!そうだ。これだけ誤解されているだろうから伝えておこうっと…」
ローズ「私実はね西の魔女…ではないの…」
ローズ「東の魔女よ…」
ローズ「あの穢れた娘の家の下敷きになった魔女」
ローズ「あー。あのお話を思い出すだけで腹が立つわ」
ローズ「私の目的はあんなクソみたいなストーリーを書いたこの世界を私の手中に収め、復讐すること」
ローズ「正体を知っているあなた達は私にとって邪魔な存在」
ローズ「ここで殺してやってもいいんだけれど…」
ローズ「それじゃあ、面白みに欠けるわー」
ローズ「だから、生かしてあげる」
ローズ「フフッ…」
ローズ「ハッハッー!」
ローズ「じゃ、あねー…」
ローズは黒い渦のような包まれて姿を消した。
陽葵「救急車っ!」
陽葵「救急車っ!」
陽葵さんは救急隊へ電話をかけてくれた。
私はメアリさんを横に寝かし、取り出したハンカチで出血を抑えた。
私「ダメっ!ダメなんだからっ!」
私「三人で…叶えるって言ったでしょっ!」
私「私たち…まだ叶えられていないんだよっ!」
私「会いたいんでしょっ!」
私「妹さんにっ!」
私「また会いたいんでしょっ!」
私「だから私たちは覚悟を決めてここまでっ!」
私「生きてっ!」
私「生きてよっ!」
私「もう…嫌だっ…」
私「人が死ぬのはもう嫌だっ!」
私「嫌なのっ!」
私「生きてっ!頼むから生きてっ!」
私「生きてよっ!」
私「ううっ…」
私「ねぇ…メアリさんっ!」
ネム「私が抑えますっ!」
ネム「代わってください!」
ネムさんは私を押し除けた。
ネム「ヒール」
ネム「ハイヒール」
ネムさんはメアリさんの腹部に向けて魔法を放つ。
ネム「朱音さんの言う通りですよ」
ネム「メアリさんっ!」
ネム「私たちはまだ何も….」
ネム「何も叶えられてないんですからっ!」
ネム「三人で叶えるって約束しましたよねっ」
ネム「三人で誓い合いましたよねっ」
ネム「私が必ず救いますからっ!」
私「ネムさん…」
陽葵「ちょっと…アンタっ!これっ!」
陽葵さんは私にスマホ画面を向けた。
ニュース「十三年前に世間を震撼させた未解決事件に関する速報です。
『ヘンゼルとグレーテル事件』と呼ばれるこの事件は、十三年前の深夜二十三時ごろ、ある住宅で夫婦と見られる男女の“生首”が玄関先で遺棄されているのを、その家の子どもたち――当時の息子と娘が発見したという衝撃的な事件です。
長年、捜査は難航し迷宮入りかと思われていましたが――
本日、特捜部による再捜査の結果、現場に残された新たな証拠から、当時被害者の娘であった篠崎朱音容疑者がこの事件に関与した疑いが強まったとして、全国指名手配されたことが、先ほど正式に発表されました。
捜査関係者によりますと、朱音容疑者の行方は現在も確認されておらず、警察は情報提供を呼びかけています。続報が入り次第お伝えします」
私「え…」
私「ええ…なんで…」
私「何でなの…」
私「私が…」
私「この私が?」
私「は?」
私「私が…お父さんとお母さんを…」
私「何の仕打ち…」
私「訳が…」
私「訳がわからない…」
ニュース「速報です!北海道で今朝、見かけたという住民からの情報がありました。駅の監視カメラにも容疑者と思わしき人物が映っており、警察は更に情報を呼びかけているとのことです」
陽葵「すぐにここを離れた方がいいっ!」
陽葵「車を前に止めるから、降りておいてっ!」
私「でも、メアリさんがっ!」
ネム「行ってください…」
私「え…」
私「いやいや、みんなを置いていけるわけないでしょ…」
ネム「行ってくださいっ!」
私「ちょっと、何言っているの…ネムさん」
ネム「ここで終わる訳にはいかないんですっ!」
ネム「あなたには私の未来が…メアリさんの未来が…」
ネム「そして、あなたの未来がかかっているんですっ!」
ネム「私は叶えたい!みんなの願いをっ!」
ネム「叶えたいんですっ!」
ネム「お願いしますっ!」
ネム「だから、どうか。今はどうか」
ネム「私のお願いを聞いて下さいっ」
私( ネムさんっ…)
私「え…いや、」
ネム「行きなさいっ!」
私「…」
ネム「ぼーっと立ってないで!早くっ!」
ネム「お願い…します」
私「…うん…」
私は頷き、急いで下に降りた。
私( ごめん。ごめんなさい…)
私( メアリさん…ネムさん…)
私( 私がもっと…慎重に…)
私( あの時、違和感に…気付いていれば…)
私( ごめん…ごめんなさい…)